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“ラップトップ監督”を後押しするサッカー×テクノロジーの最前線

2017.10.31

ドイツ発、若手監督の台頭は止まらない

ドイツで起こっている若手監督たちの台頭は、急激に進歩するテクノロジーの存在を抜きには語れない。今はまだドイツ国内でも“旧世代”からの反発が根強くあるようだが、デジタルネイティブ世代である彼ら“ラップトップ監督”の活躍がサッカーとテクノロジーとの繋がりを深め、サッカーの進歩をさらに加速させていくに違いない。

 2015年9月、バイエルンの元人気選手で現在もドイツ国営第一放送局『ARD』のコメンテーターとして抜群の知名度を誇るメーメット・ショルの批判的なコメントが波紋を呼んだ。自身を「情熱的な監督」と評するショルは、その対極としてドイツサッカー連盟(DFB)のライセンス試験のための研修の際に、常にノートパソコンを携帯し、優秀な成績で卒業する優等生のような無名の若い指導者たちを指し、「戦術を何よりも重要視する輩、そいつらが“ラップトップ監督”なんだ」と挑発的に発言したのだ。確かに、ペップ・グアルディオラがドイツに到来して以来、ドイツ国内でも本格的に「戦術」や「コンセプト」、「マッチプラン」といった言葉が一般のメディアにも躍るようになり、それが流行のようになっていたことは事実である。とはいえ、例えば今季シャルケの監督に就任したドメニコ・テデスコのように、一般人として大学を卒業するような現在の30歳前後の人々にとって、学習の場でノートパソコンを携帯するのは、むしろ当然なことであろう。

台頭する“ラップトップ監督”を批判したメーメット・ショル

「言葉」よりも「映像」

 現在のサッカーにおいて、もはやコンピューターやテクノロジーは欠かせない。脈拍、走行距離の観測、乳酸値の計測まで、細分化すればキリがないが、何よりもゲーム分析や戦術分析の領域では、コンピューターがなければ何も始まらない。ホッフェンハイムのようにドローンを飛ばしたり、大型スクリーンを設置したりするような実験パフォーマンスは別にしても、アマチュアレベルでさえその存在は不可欠だ。とりわけ、「視覚化」の領域において、映像処理の技術がもはや指導者の現場で必要不可欠なインフラになっている。百聞は一見にしかず。時間をかけて説明するぐらいなら、その意図を解説する試合中の映像を見せた方が圧倒的に効率的だからだ。

 ホッフェンハイムの分析担当官であるベンヤミン・グリュックは、クラブのホームページの中で「選手に見せる映像は多過ぎてもいけない。重要な部分だけを短く、印象強く見せなければなりません。本当に重要なシーンだけに絞らないといけないのです」と明かしている。監督の考えに沿って、次の試合に向けて行われる週のトレーニングに必要な映像をピンポイントで作るセンスが問われるということである。さらに、今ではブンデスリーガの公式戦におけるハーフタイム中の指示にも、試合中に編集した映像が使われている。前半の2、3の重要なシーンを選び出し、改善点やマッチプランとは完全に食い違っている部分を指摘するのだ。前半終了の笛が鳴ると同時にロッカールームに向かい、ナーゲルスマン監督に選んだシーンを見せ、どの映像を選手に見せるのか、最終的には監督が決定を下すという。「映像を見せて主に話す内容は、本来なら使うべきスペースがどこに空いているのかや、いかに相手の守備を突破するのかという部分」と同氏は言う。時間が限られた状況の中で、監督が求めるピンポイントの映像を抜き出し、編集する技術が必要になるわけだ。

タブレットを見ながら選手に指示を与えるコーチ。こんな光景が当たり前となるのも、そう遠くはなさそうだ

 一方で、ドイツの戦術解説サイト『シュピールフェアラーゲルング』を立ち上げた一人であり、現在は心理学を学ぶ学生でありながらレッドブル・ザルツブルクのアシスタントコーチを務めるレネ・マリッチは、自身の著書の中で視覚化についてこう書いている。

 「視覚化を使えば使うほど、トレーニングはますます高い効果を発揮するようになる。トレーニングの最中にプレーを止めるのは、その特定の状況をしっかりと視覚を通じて認識させるためだ。イメージを実行に移せるようにするためには、視覚化と実行を交互に行うことで効率的なトレーニングとなる」

選手の周辺視野を鍛えることを目的に開発されたトレーニング装置「ヘリックス」の紹介動画

 彼の上司でもある「ラングニックの片腕」ヘルムート・グロースは「科学的な証明」を重視しているが、学生でもあるマリッチの著作は実に学術的なスタイルとなっている。

「ツール」を創造する

 「テクノロジー」とは端末機器を指すのみならず、実用可能な「ツール」を製造するための科学でもある。戦術の領域において、グロースは「5秒ルール」や「ハイプレスからのカウンターまでの10秒ルール」の有効性を証明することでツールとして実用化し、マリッチはトレーニングや戦術における効果的なツールを心理学やスポーツ科学の学術的な領域から実用可能な理論を体系化し、ツール化している。その意味で、様々な方法で理論を実験し、証明することでツールとして実践しているレッドブル・グループは、フィジカル的にも理論的にもハイテクノロジー化の最先端を行っていると言える。

 また、ブラジルW杯制覇時にスポットライトを浴びたドイツ代表の最先端テクノロジーはますます発展を遂げている。コンフェデレーションズカップの際、『シュポルト・ビルト』誌が紹介していたのが「ヨギ・アプリ」と呼ばれるドイツ代表チーム内で使われるアプリ。レーブ監督自らがスタートアップ企業にプログラミングの設計を依頼し、チームに導入したアプリだ。このアプリは『LINE』のようにスタッフや選手が直接コンタクトを取れるだけでなく、分析担当やコーチ陣らテクニカルスタッフが作成した、詳細な対戦相手の分析映像をいつでも再生することができる。これにより、選手たちは自身のスケジュールの確認や試合前のチームミーティングで対戦相手について話される内容をそれぞれ自分のペースで予習・確認ができるようになった。

 先述の視覚化を自身のスマートフォンを通じて行うと同時に、長期の滞在の際に発生するミーティングの繰り返しによるストレスを最小限に抑えながら、その効果を最大限に生かせるように工夫したのだ。現代の若手選手の問題点として挙げられるスマートフォンの使用を、むしろ武器にしようというアイディアや柔軟な発想は、レーブという監督が変化の激しい現代サッカーで結果を出し続けられる理由の一つであることは疑いようがない。

ドイツ代表のテクノロジー活用を紹介した動画

「人間」が必要な領域は?

 「どんなにライセンスや知識があっても、選手たちに伝わらなければ、何の意味もない」と昔気質の指導者はいまだに口をそろえて言う。先のショルのように、肝心なのは人間同士の交流であり、ハートであり、情熱だと。だが、それは間違いなく欺瞞(ぎまん)だ。現代のトップレベルの監督たちは、現代の選手たちが圧倒的に知識を蓄えており、指導の良し悪しに対して批評的な感覚を備えていることを良く知っている。「理に適っている」と判断すれば選手はキャリアの有無にかかわらず監督に従い、そう感じなければ離れていく。「戦術ブロガー」と呼ばれていたマリッチは、マインツ時代のトゥヘルやロジャー・シュミットと共同作業をし、その活躍が認められてレッドブル・ザルツブルクユースのアシスタントコーチに抜擢された。そして、UEFAユースリーグで優勝した実績を評価され、今ではプロの舞台で活動している。そういう時代に情熱があるのなら、できる限り最先端のテクノロジーを駆使する方が理性的だろう。

 ただ、一つだけ昔から変わらず重要なものがあるとすれば、それは監督とスタッフの良好な関係である。ホッフェンハイムのグリュックは、ナーゲルスマン監督との関係を「親密で良い友好関係」だと認めている。分析官や分析を担当するコーチは、監督が試合を見る基準で分析しなければならない。この共通認識がなければ、テクノロジーも使いものにならないのだ。そのためには、互いに長い時間をともに過ごし、ストレスなく話し合える必要がある。こうしたパートナーとの出会いが成功の鍵となるということはつまり、しっかりとしたコミュニケーション能力が不可欠ということである。どこまでテクノロジーが進んでも、その点においては人間的な部分が残り続けるのだろう。

Photos: Bongarts/Getty Images, Getty Images

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テクノロジードイツブンデスリーガラップトップ監督

Profile

鈴木 達朗

宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。