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アスリートと睡眠の切れない関係。 正しい眠りがプレーを高める

2017.10.19

ロナウド、ベイルの習慣を変えた“スリープコーチ”

近年サッカー界で注目を集める「眠り」のエキスパートがいる。「エリート・スポーツ・スリープ・コーチ」という肩書きでマンチェスター・ユナイテッドやイングランド代表、レアル・マドリーなどでコンサルタントを務めるニック・リトルヘイルズだ。睡眠の基本を徹底することで、パフォーマンスは確実に向上する。意外とこの領域は、未開のフロンティアなのかもしれない。

 トップアスリートは「快眠」にこだわりを持っている。そんなイメージがここ数年で一般にも広く定着したのは、日本が誇る老舗寝具メーカー『東京西川』が開発したマットレスの広告に、ネイマールや三浦知良らが姿を見せ始めた頃からだろうか。

 「質の悪い睡眠は、反応速度や意思決定に悪影響を及ぼす。身体的にはもちろん、精神的にもしっかりとした回復が必要だ。ちゃんと注意すれば、良質な睡眠はポテンシャルをフルに開放する秘訣になり得る」

 そう語るのは、「エリート・スポーツ・スリープ・コーチ」の肩書きで欧州各地を渡り歩くニック・リトルヘイルズ。もともとはプロゴルファーで、後に英国の伝統ある寝具メーカー『スランバーランド』社のセールス&マーケティング・ディレクターを務めた彼は、およそ20年前からスポーツと睡眠の関係に着目し、マンチェスター・ユナイテッドやマンチェスター・シティ、イングランド代表、レアル・マドリーなどでコンサルタントを任されてきたこの道の第一人者だ。

「エリート・スポーツ・スリープ・コーチ」のニック・リトルヘイルズ

ファーガソンが認めた男

 きっかけは1998年、地元クラブだったマンチェスターUのアレックス・ファーガソン監督に自身の理論をプレゼンする手紙を出したことだった。興味を持ったファーガソンがクラブのフィジオに引き合わせると、すぐに当時ベテランだったDFギャリー・パリスターの寝る姿勢を矯正し、慢性的な腰の痛みを緩和させた。さらにライアン・ギグスの自宅を訪れて就寝環境をチェックし、当時の彼が家族の“お古”のベッドで寝ていたことを知ると、身体に合ったものに変えるよう勧めた。そうやって徐々に認められていき、最終的にはクラブがキャリントンの練習場に設置したスリープルーム(仮眠室)の設計に関わった。「眠りの質を高めることで選手のクオリティが最大化し、パフォーマンス全体の向上に繋がる」というファーギーのコメントが、“お墨付き”の証だった。

 その後もアーセン・ベンゲルやサム・アラーダイスなどに誘われ、様々なチームに眠りのノウハウを教える伝道師となった。例えばEURO2004に臨むイングランド代表では、各選手のニーズや特徴に合わせて滞在するホテルのベッドをすべて入れ替えた。「ホテルのスタッフは、FAは気が狂ったのか? と思ったみたいだよ(笑)」というのは本人の回顧である。2014年に新たな練習場を建てたマンチェスターCはホームゲーム前に選手が前泊する“チーム専用ホテル”を施設内に作ったが、その部屋にもリトルヘイルズのアイディアが取り入れられたという。また欧州カップ戦からスポンサー関係のイベントまで、選手の移動や仕事量が特に多いレアル・マドリーでは、飛行機やバス、ホテルの部屋でも安眠できる照明や寝具、湿度や温度をアドバイスすると同時に、ロナウドやベイルと個人面談をして生活習慣から家族構成まで聞き出し、個々に適した快眠法を伝授した。

壊滅的だった睡眠事情

 彼が説く内容は、何も特別なものではない。自分の遺伝的体質が“ヒバリ(朝型)”なのか“フクロウ(夜型)”なのかを知り、それぞれに合った適応法を理解すること。就寝、起床の時間をルーティン化すること。就寝90分前からプレルーティンを開始し、電子機器をオフにし、シャワーを浴び、温かいミルクを飲むこと。寝室には身体に合った寝具を置き、室温は16~18℃に保つこと。“90分サイクル”を意識して「90分×5」の7時間半睡眠をベストとし、やむなく「×4」「×3」になって寝不足になった場合も、日中の自然睡眠期(13~15時、17~19時の間)のどこかで20分程度の昼寝をしてカバーすればいいこと。彼のメソッドはいたってオーソドックスだ。

 ただ、選手の多くはこれまで、その基本をまったく意識していなかったという。妻の好みで、派手で豪華だが身体に合わないベッドで眠る者。サウナのように暑い32℃の部屋で眠り、脱水症状寸前の状態で起きてくる者。カフェインの過剰摂取で眠れず、睡眠薬に手を出す者。深夜までTVゲームに興じ、そのままソファで眠る者。これらはすべて、近年のトップチームで彼が見てきたケースだそうだ。

 快眠が疲労回復を促し、運動能力やケガの耐性を上昇させることは言わずもがな。加えてメンタル面に及ぼす影響も少なくないとリトルヘイルズは強調する。事実、2011年にスタンフォード大学が発表した研究によれば、眠りの質を上げることでバスケットボール選手のシュート成功率が9~10%上昇するなど、集中力の向上が顕著に見られたという。

 質の高い睡眠の徹底とハイパフォーマンスには、大きな相互関係がある。近年まで見向きもされなかった領域だが、今後は新常識となっていくかもしれない。

Photos: Getty Images

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Profile

寺沢 薫

1984年生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』編集部を経て、2006年からスポーツコメンテイター西岡明彦が代表を務めるスポーツメディア専門集団『フットメディア』に所属。編集、翻訳をメインに『スポーツナビ』や『footballista』『Number』など各媒体に寄稿するかたわら、『J SPORTS』のプレミアリーグ中継製作にも携わった。