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北朝鮮の俊英ハン・クァンソン。国籍に翻弄されるカルチョの新星

2017.07.13

セリエA契約が国連決議違反に?

2017年4月13日、カリアリは育成強化選手としてトップチームに帯同していた北朝鮮U-17代表ハン・クァンソン(18)と、2022年までのプロ契約を結んだと発表した。契約の発効は7月1日、つまり17-18シーズンから。北朝鮮国籍のプレーヤーがヨーロッパの5大リーグでプレーするのは、これが史上初めてである。

わずか2カ月のシンデレラストーリー

 ハンはすでに4月2日のセリエA第30節パレルモ戦でセリエAにデビューしており、続く第31節トリノ戦でも81分に途中出場するとアディショナルタイムにヘディングで初ゴールを挙げるという活躍を見せて大きな話題を集めていた。カリアリはさっそくカルチョの世界に突然現れたこの新星を、ぬかりなく自らの懐に抱え込んだというわけだ。

 ちなみにカリアリは、2014年にトンマーゾ・ジュリーニ会長(サルデーニャ島に本拠を置く世界的なフッ素採掘・加工会社のオーナー)がクラブを買収して以降、キエーボ、パルマ、シエナ、レッチェなどで監督を務めたマリオ・ベレッタを育成部門責任者に招へいして育成に力を入れており、その取り組みが注目されているクラブだ。

 驚かされるのは、ハンがカリアリの一員となったのはデビューのほんの1カ月前に過ぎなかったということ。代理人のジョバンニ・ステンペリーニの売り込みを受け、1月末からテスト生としてハンを受け入れていたカリアリは、すぐにそのタレントを認めて獲得を決めると、北朝鮮サッカー協会との間で移籍手続きを交わして、ジョバネ・ディ・セリエ(19歳以下の育成強化選手。アマチュア扱い)として選手登録した。これが3月10日のことだった。

 ハンは、ちょうど同じ時期に開催されたU-19年代の重要な国際トーナメント「ビアレッジョ・カップ」でデビューすると、初戦から派手なバイシクルシュートでネットを揺らす活躍を見せる。そして3月19日の第29節ラツィオ戦からはトップチームに招集され、ベンチ入り2試合目のパレルモ戦でセリエAデビュー、続くトリノ戦でセリエA初ゴールを挙げ、その勢いでプロ契約まで勝ち取った。1月末にテスト生としてプリマベーラに参加してからわずか2カ月強で、一気に階段を駆け上がったのだから、これはもう「シンデレラストーリー」と呼んでもいいくらいのスピードである。しかしもちろん、これは偶然と幸運だけで出せる結果ではない。つまりこのハン・クァンソンはそれだけ傑出した才能の持ち主であり、また戦術やメンタルといった側面においてもセリエAでプレーするだけの準備ができていたということだ。

 事実ハンは、この年代では北朝鮮でも指折りのタレントと評価されている。2014年のU-16アジア選手権ではキャプテンとして背番号9を背負い、6試合で4ゴールを決めて優勝に貢献。翌年のU-17W杯でもこの大会で準優勝したマリにラウンド16で敗れるまで4試合に出場して1ゴールを挙げた。この大会後には英『ガーディアン』紙の「世界で最も才能あるU-18フットボーラー50人」のリストに選ばれている。爆発的なスピードと左右両足を自在に使いこなすテクニックを備え、180cmに満たない身長にもかかわらず傑出したジャンプ力を生かして空中戦でも強さを発揮する現代的なセンターフォワード――というのが、様々なところで紹介されているプロフィールだ。

 初ゴールを献上したトリノのアシスタントコーチで本誌でもおなじみのレナート・バルディは、事前のスカウティングと試合での印象を合わせて、次のように語ってくれた。

 「非常にスピードがあり、技術も高い。驚かされるのは、ポジショニングやプレー選択が的確なこと。タイミング良くマークを外してパスを引き出す動き、ボールを持ち過ぎることなくシンプルにはたいて動き直す状況判断など、18歳とは思えないほどインテリジェントなプレーを見せる。ゴールの場面でも、CBとSBのゾーンの切れ目にポジションを取って、2人のどちらが行くか迷った隙を突いてフリーでヘディングを決めた」

記念すべき初ゴール後、MFイオニツァ(右)やDFブルーノ・アルベス(左)らチームメイトから祝福を受けるハン。本人はもちろん、世界のサッカー史にとっても歴史的なシーンとなった

欧州の提携先に送り込むエリート教育

 しかし、いくら才能にあふれていたとしても、北朝鮮という世界から孤立した国で生まれ育った18歳が、言葉も違えば生活環境も異なり、何よりプレーヤーに求められる技術的・戦術的素養のレベルが段違いに高いヨーロッパ、しかも戦術大国イタリアにやって来て、すぐにこれだけのパフォーマンスを発揮するというのは、ほとんどあり得ない話である。

 それもそのはず。実のところ、ハンはつい最近ヨーロッパにやって来たわけではない。すでに今から3年前、まだ15歳だった2013年から1年間を、スペイン・バルセロナの育成アカデミー「フンダシオン・マルセット」で、続く2年あまりをイタリア・ペルージャにあるアカデミー「インターナショナル・サッカー・マネジメント」(ISM)で過ごしており、ヨーロッパ生活は足かけ4年に及んでいる。トップチームにデビューし活躍できるだけの「戦術的下地」ができていた理由も、まさにそこにある。

 北朝鮮サッカー協会は、2013年からこのフンダシオン・マルセット、翌14年からはISMと提携して、U-15世代(1998年、99年生まれ)のエリート候補をこの2つのアカデミーに送り込み、英才教育を施すという代表強化を行ってきた。

 ISMを経営するアレッサンドロ・ドメニチは、かつてペルージャの育成部門でスカウティング責任者を務め、中田英寿や安貞桓の獲得にも絡んでいた人物。2005年にルチャーノ・ガウッチ会長(当時)の放漫経営によってクラブが破綻したのを契機に、世界各国からプロを目指すサッカー選手を集めたアカデミー(トレーニングだけでなく学校教育の機会も提供する)としてISMを立ち上げた。北朝鮮とのパイプは、2014年に国会議員とともに訪朝した際にできたもので、ハンと同じ98年生まれ、そして1年下の99年生まれを合わせて20人以上の選手を預かっている。

 ハンは13-14シーズンにフンダシオン・マルセットのトップチームであるテクノフットボルに登録してカタルーニャ州1部リーグに出場、12試合3得点という記録を残している(他にU-19カテゴリーでも9試合8得点)。当時まだ15歳だったことを考えれば、かなりの数字だと言えるだろう。しかしスペインでの生活はこの1年だけで終わり、2014年9月のアジアU-16選手権の後にペルージャに移動、それ以降はチーム登録はせず、トレーニングと学校だけで2シーズンあまりを過ごしている(滞在許可は学生ビザ)。これには、2014年にFIFAが未成年の国際移籍を禁じた移籍規程19条の適用を厳しくしたこと(バルセロナが選手獲得禁止処分を受けたのもこの時)が関係している可能性がある。

「北朝鮮」は外交案件?

 18歳の誕生日(2016年9月)を目前に控えた2016年夏には、マンチェスター・シティ、リバプール、アヤックスとの競合を制したフィオレンティーナが、ハンに加えてもう1人のFWチェ・ソンヒョクと99年生まれのDFキム・ホギョン、計3人の獲得を決めた。しかしスポーツディレクターの交代で補強戦略が変わったのに伴ってすべてが白紙に戻され、3人は16-17シーズンもそのままISMに残ることになった。

 ハンの代理人となったアレッサンドロ・ステンペリーニが、自らの顧客であるジョアン・ペドロ、ラファエルが所属するというつてをたどってカリアリに売り込みを図ったのが今年の1月。そこから先の急展開と飛躍はすでに見た通りである。

 リバプールやアヤックスのように若いタレントの発掘に関してはヨーロッパでもトップレベルのクラブが獲得に乗り出したにもかかわらず、18歳の誕生日を迎えてもすぐに移籍が成立しなかった背景には、北朝鮮国籍という特殊事情が絡んでいる可能性もある。

 北朝鮮は、外国(中国、ロシア、ポーランドなど)に多くの労働者を派遣して現場で厳しい管理下に置き、給料の大半をピンハネして外貨獲得を行っており、それが国際的な人権問題として強い非難の対象になっている。イタリアは国連決議による北朝鮮への経済制裁にも参加していることから、昨年フィオレンティーナが2月に18歳を迎えたチェ・ソンヒョクを選手登録してプリマベーラの試合に出場させた時には、「サッカー選手への給与支払いは北朝鮮に外貨をもたらすことになるため、国連決議に違反するのではないか」という突拍子もない国会質問が行われたほど。フィオレンティーナが昨夏、チェに約束していたプロ契約を反故(ほご)にして選手登録までを白紙に戻した本当の理由も、契約に伴って外交的な案件が発生する可能性を嫌ったためではないか、という憶測も当時ささやかれた。

 もしそうだとすれば、今回カリアリがハンとのプロ契約に踏み切ったのは、なかなか勇気のある行為だということになる。フィオレンティーナのようにある程度の格と資金力があるビッグクラブとは異なり、売上高5000万ユーロ(約65億円)程度の弱小クラブであるカリアリにとって、将来的に主力に育つ可能性のある若きタレントを移籍金ゼロで獲得できるというのは願ってもないチャンスであり、多少のリスクを冒す価値はあるということなのだろう。

 ちなみに、セリエAの規程による初回プロ契約の最低年俸は税込みで3万ユーロ強(約360万円)、手取りでは2万1000ユーロ(約270万円)ほどと、サラリーマンの年収とほとんど変わらない水準だ。そして、リーグの規程によって給料は必ず選手名義の口座に振り込まれることになっている。とはいえ、もし期待通りに成長してブレイクすれば、年俸もすぐにゼロが1ケタ違う金額になる。その時にはまた何らかの外交的な案件が発生しないとは限らない。

 とはいえ、それはその時になってからの話。今はとりあえず、東アジアから生まれた新たなタレントが今後どのように開花するのかを見守ることにしよう。

Photos: Getty Images

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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