SPECIAL

「WE’RE WITH YOU, DAICHI」。全治未定の大ケガ、田上大地を支える岡山の仲間たちの絆

2026.10.26

10月18日のヴィッセル神戸戦、ファジアーノ岡山の選手たちは「WE’RE WITH YOU, DAICHI」のメッセージが入ったTシャツを着てピッチに入場。2日前に大怪我が発表されたDF田上大地を励ますためだった。神戸戦から3日後の水戸ホーリーホック戦では、江坂任がゴール後に田上のユニフォームを掲げ、大学の後輩を勇気づけた。地道な努力を重ね、クラブの歴史を切り拓いてきた背番号18。ピッチに立てない今も、彼は決して1人ではない。チームメイトたちの言葉と行動から、田上大地が岡山にもたらしてきたものを辿る。

「後悔は何ひとつありません」。大怪我に直面した田上大地の覚悟

 カップ戦を含むアウェイ4連戦を終えて、ファジアーノ岡山が「JFE晴れの国スタジアム」に帰還し迎えた10月下旬のホーム2連戦。スタジアムで目を引いたのは、メンバー表には載っていない18番という数字だった。

 10月18日に行われたJ1リーグ第10節のヴィッセル神戸戦。約1カ月ぶりにJスタのピッチへ入ってきた選手たちは、白色を身にまとっていた。ホームゲームにもかかわらず、チームカラーのファジレッドのユニフォームは見えない。防寒対策で使用されるジャケットを上から羽織っているわけではない。11人全員がホームユニフォームの上から着ていたのは、白色の半袖Tシャツ。胸には「WE’RE WITH YOU , DAICHI」の文字と、背中にはチームカラーの「18」。神戸戦の2日前に大怪我が発表されたDF田上大地を励ますための、メッセージTシャツだった。

 田上は在籍3年目にして、クラブ史にその名を刻んだDFだ。

 加入1年目に不動のDFリーダーとして史上初のJ1昇格に導き、翌年には開幕戦で岡山のJ1初ゴールを記録。そして、J1初年度での残留にも貢献した。しかし、明治安田J1百年構想リーグと2026-27シーズンでは、コンディション不良の影響もあって出場機会が減少。チームが成長していく中で、悔しさを募らせながら闘志を燃やしていた。

 「単純に自分が試合に出てない悔しさがあった中で、(百年構想リーグでは)チームがすごく良いパフォーマンスをしていた。自分も出てチームの力になりたい思いはより大きくなりましたし、そう思わせてくれた選手のみんなには感謝というか。チームは高め合っていくべきだと思うんで、自分が次に出た時は良いパフォーマンスをして、(他の選手に)『自分も頑張らないと』とか『自分もやってやんないと』と思わせられるようなプレーをしたいなと思います」

 チャンスを得たのは、天皇杯だった。今シーズンにおける公式戦初の先発出場は、8月26日に中国リーグ所属のベルガロッソいわみと対戦した天皇杯2回戦。3バックの中央に入ると、18分に先制点を挙げて無失点に抑え、3-0での勝利の立役者となった。

田上大地(右)

 迎えた10月7日の3回戦。地元・千葉県のフクダ電子アリーナに乗り込んだジェフユナイテッド千葉戦で、今季2度目の先発を果たす。強い思いを持って臨んだが、自陣ボックス内で相手選手と接触し、そのまま立ち上がれなくなってしまう。駆けつけたチームメイトからすぐにバツ印が出され、前半18分に無念の負傷退場となった。それを境に、メンバーリストから名前が消えた。

 練習場でも姿が見えない日々が続くなか、10月17日にクラブからとあるリリースが届く。「田上大地選手の怪我について」。診断名は、前十字靭帯損傷、外側半月板損傷、内側側副靱帯損傷。全治は未定だった。

「WE’RE WITH YOU, DAICHI」仲間たちが背番号18に示した思い

 練習場に一番早く行き、帰宅時間は最も遅い。練習の前後にクラブハウスで入念なケアを行い、自宅では妻の手厚いサポートを受け栄養に配慮した食事を摂る。すべては良いパフォーマンスを発揮するため。その徹底ぶりはチームメイトが「すごい」と認めるほどだった。にもかかわらず、3箇所同時の損傷。サッカーの神様に「酷すぎる」と文句を言いたくなるような仕打ちだ。

 それでも、田上は前を向いた。自身のSNSで負傷時を振り返りつつ、こう言葉を紡ぐ。

……

残り:2,285文字/全文:3,993文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

難波 拓未

2000年4月14日生まれ。岡山県岡山市出身。8歳の時に当時JFLのファジアーノ岡山に憧れて応援するようになり、高校3年生からサッカーメディアの仕事を志すなか、大学在学中の2022年にファジアーノ岡山の取材と撮影を開始。2024年からは同クラブのマッチデープログラムを担当し、現在は様々な媒体にも取材記事を寄稿している。東京のスポーツメディア会社に約2年勤務し、2026年からは地元の岡山でフリーランスとして活動。モットーは、「魂を込めて、クラブや選手の魅力を伝える」こと。

関連記事

RANKING

関連記事