FEATURE

UEFA PRO同期のバルディに聞くセスク論(後編): なぜコモは進化し続けるのか。戦術の遂行ではないトレーニングメソッドと「学習する文化」

2026.10.22

【特集】セリエAを革新するコモのビジョン#6

セスク・ファブレガス監督がピッチ上に植えつけるプレー哲学と、コモ湖を背景に街をプロデュースする独自のブランド戦略。2024-25シーズンのセリエA昇格からわずか2年でCLに初参戦しているコモ1907は今、欧州サッカーで最もユニークな存在だ。イタリアのプロビンチャーレだったクラブがなぜ、この短期間で異彩を放ちつつあるのか。その答えは、目の前の試合結果だけを追うのではなく、先を見据えた未来から逆算してチームを作る「ビジョン」にある。人材獲得と育成、移籍戦略、トップチームの戦術――それぞれの取り組みは別々に見えて、実は一つの思想によってつながっている。その革新のDNAを読み解く。

第5&6回は、UEFA PROライセンス講習でセスク・ファブレガスと同期だったレナート・バルディの視点から、その監督哲学とゲームモデルを読み解く。後編のテーマは、セスクのアイディアをピッチ上で実現するための方法論だ。アカデミーからトップチームまで一貫した選手育成、専門スタッフとデータを駆使した準備、選手のゲーム理解と自律性を高めるトレーニング。セスクはピッチ上の戦術だけでなく、経営陣との意思疎通やスタッフの専門性の統合まで担う「マネージャー」を目指している。CL参戦によって新たな課題にも直面する中、コモはいかにして成長を続けるのか。

←前編へ

「監督」ではなく「マネージャー」。セスクがコモを選んだ理由

――これもスワルソ会長がポッドキャストの中で言っていたことですが、コモでは毎試合、監督が試合前にゲームプランを経営陣とオーナーに提示しなければならないそうです。そして試合後には、データなどを使ってその通りになったか、どこが狙いと異なっていたかを検証し、改善していく。通常はテクニカルスタッフの内部だけで行われていることだと思いますが、コモではそれをクラブの上層部全体で共有しているそうです。

 「セスクが自分のクラブの経営陣に対しても、教育的な役割を果たしているということですね。これはおそらく、イタリアサッカーにはこれまで欠けてきた部分だと思います。クラブのトップマネージメントには、経営という観点では非常に優秀でも、サッカーについてはそれほどではない経営者も少なくありませんし、その逆もいるからです。経営陣に対してもピッチ上で起こっていることを理解する術を与え、伝えることができれば、ガバナンスにおける意思決定の質も向上させることができると思います。そういう観点からも、セスクは並外れた仕事をしていると思います」

――それがここまで筋が通った形で実現されているのは、何よりもミルワン・スワルソ会長という存在があってこそだと思います。彼はセスクの中に大きな可能性を見出しただけでなく、自身が描いたコモというクラブのビジョンとビジネスプランの中に、セスクのサッカーに対するビジョンを融和的に組み込んで、より大きなプロジェクトを作り出した。コモは、これまでどのサッカークラブも形にしたことがないようなビジネスをすごいスピードで展開しています。そのベースにあるのは、スワルソ会長のビジネスセンスとクリエイティビティだと思います。

 「セスクがインテルやローマ、レバークーゼンといった、少なくとも表面的にはもっと大きなクラブのオファーを断ってコモに残った最大の理由もそこにあると思います。コモのような環境を見つけるのは非常に難しいですからね」

――自分のアイディアを思った通りに形にできるというだけでなく、周りがそれにドライブをかけてくれるような環境ですからね。彼のようにピッチ上だけでなく、それこそ360度の視野で監督という仕事、サッカークラブという現場を捉えている人物にとっては、理想的な環境だと思います。

 「私は、セスクの最終的な目標は、バルセロナかアーセナルの監督になることだろうと思っています。この2つのクラブからオファーがあって、機が熟したと考えれば、彼は断らないでしょう。しかし、それ以外のクラブからのオファーについては、それを受け入れてコモを去るかどうか、非常に慎重に考えるでしょうね」

――コモに5年、6年、7年と残って、他の誰も作り上げることができなかったクラブを築くというのも、非常に大きな挑戦ですよね。

 「ええ。セスクは、自分自身の利益という観点からも、監督になってまだ日が浅いこと、そしてコモでは失敗が許されていることをわかっていると思います。その意味で、コモという環境は彼にとって成長の場であり、一種学校のようなものだとも思います。彼の知性はこうした選択にも表れています。監督という仕事のキャリアは長く、自分にはまだ十分な時間があることがわかっている。自分の能力に自信があるからこそ、例えば今シーズンや来シーズンに、コモでそれほどいい結果を出せなかったとしても、多くのトップクラブから関心を集める存在であることに変わりはないと知っている。だからチャンスを逃すことを恐れていないのです」

――例えば、シャビ・アロンソはレバークーゼンで3年のサイクルを終えた後、直接レアル・マドリーにステップアップして失敗しましたよね。あの時点でレバークーゼンにチームとして、あるいはクラブとして、まだ改善と向上の余地があったのかどうかはわかりませんが、いずれにしてもまだ可能性は残されていたような気がします。

 「残るかどうかという選択はともかく、どこに行くかという選択に関しては、自分がどのような環境で仕事をすることになるのかを知ることも重要です。例えば、組織、文化、権限といった観点から、監督がピッチ外であまり影響力を発揮できないクラブもあります。そういうところでは、自分の明確な哲学やビジョンを持っている監督ほど、苦労することになりがちです。例えばセスクがバルセロナやアーセナルに行けば、すでに知っているその環境に適応したり、自分のやり方を導入したりすることがしやすいでしょう。逆に例えばレアル・マドリーのようなクラブでは、自分の裁量で決められる範囲が狭過ぎて、非常に窮屈な思いをするのではないかと思います」

――単にピッチ上だけの仕事をする監督ではなく、クラブとしてのビジョンや哲学まで含めて360度にわたって関与する監督でありたいと考えているとしたら、間違いなくそうなりますよね。

 「セスクは、監督としてアレナトーレ(トレーナー)ではなくマネージャーでありたいと考えていますからね」

勝利だけでなく、個人の成長。アカデミーから貫くサッカー哲学

――トップチームだけでなくアカデミーにも、育てるべき選手像やトレーニングメソッドなどの面で、彼のアイディアが強く反映されていると聞きます。

 「さっき(前編で)話したような、セスクのサッカー観、コモというクラブのサッカー哲学に沿った形でゲームを理解し解釈できる能力を持った選手を育てようとしています。コモのアカデミーは、ここ1、2年で優秀なイタリア人のタレントを数多く獲得しています。これから3、4年の間に、そこから何人かの選手がトップチームに上がってくるのではないかと思います。すでに育成年代のイタリア代表には何人も送り込んでいますが、遠からずA代表にもコモで育った選手が入ってくることを期待しています」

――セスクの考え方は、(ロベルト・)マンチーニ監督のイタリア代表のサッカー観とも親和性がありますか。

 「もちろんです。マンチーニ監督も中盤、ピッチ中央のゾーンでは技術が高くインテリジェンスを備えた選手を好みます。(ニコロ・)ファジョーリを抜擢したのはその一例です。彼のようにパスをつなぐ能力に優れ、ゲームを読むことができる選手を好んでいます。ちょうど今のイタリア代表には、純粋なレジスタ、プレーメイカーが欠けています」

――おそらく現時点では(ニコロ・)ロベッラくらいでしょうか。(マヌエル・)ロカテッリもちょっと違いますよね。

 「はい。ですからイタリア代表のためにも、そうした選手が育ってくることは重要です」

――コモから育ってくる可能性もありそうですね。

 「そう期待しています。セスクは、プレースタイルやある種の能力は国籍の問題ではなく文化の問題だと捉えています。現時点で彼が『自分の求めることを実現するためには、イタリア人選手よりもスペイン人選手に働きかける方が時間がかからない』と言っているのはその通りだと思います。ただ、もちろんイタリア人選手も、育成年代からそうしたゲームの理解と解釈を身につけるように育てられ、サポートされていれば、数年後にはコモのピッチ上にもっと多くのイタリア人選手がいるようになる可能性は高くなります。

……

残り:6,730文字/全文:10,280文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

RANKING