日本代表デビュー戦で、いきなりゴールを決めてしまう。まさに「持っている」としか言いようのないセンセーショナルな活躍を披露してみせたが、もちろんここまでの道のりはすべてが順調だったわけではない。サウサンプトンでプレーする23歳の確かな実力者。松木玖生にとって、今回の代表活動はようやくたどり着いた目標の場所でもあり、多くのことを吸収できる学びの場所でもあった。
初めて取材という形で会話を交わす機会に恵まれたのは、2019年の春。青森山田高校に入学したばかりの15歳は、ピッチでの振る舞いと同じような堂々とした態度で、力強い言葉を紡いでいく。
「スタメンで出ている以上は、自分もチームのリーダーとしてやっていかないといけないですし、山田は全員がリーダーシップを取ってプレーするチームだと思うので、1年生だとか、そういうことは関係なくやっています」
こちらが少し気圧されるくらいだった出会いから、7年近い時間が経過した。青森山田では高校年代三冠を達成し、ルーキーイヤーから開幕スタメンを勝ち獲ったFC東京でも、10代のうちに不動のレギュラーに定着。満を持して挑んだ海外挑戦も、地道に、着実に、ステップを踏み、とうとう日本代表にたどり着いたが、この人の本質は何ひとつ変わっていない。いつだって松木玖生は、信念の人である。

立ちはだかる壁は、鮮やかに打ち破る
9月から10月にかけて4連戦が組まれた、北中米ワールドカップ後は初の活動となる日本代表の『キリンチャレンジカップ』シリーズ。新戦力の台頭も望まれていた中で、松木はそのメンバーリストに名を連ねる。
プロ5年目のA代表初招集。とりわけ2024年の夏にサウサンプトンへ移籍してからの2年近い時期は、決して順調な道のりを歩んできたわけではないだけに、本人も強い感慨がなかったはずはないが、そのことを問われて答えた言葉も、やはりこの人らしい。
「ようやくという感じもありますけど、ここまでの道筋で、他の選手にはないような経験をしてきたので、そこが自分の今の強みになっていると思いますし、やっぱり反骨心のようなものがもっと自分を強くしてくれるというか、そういう実感はあります」
実は青森山田でも、タイトルに一歩届かないような時間を過ごしていた。キャプテンを務めた中学3年時には、全国中学校サッカー大会の決勝で敗れ、チームの大会5連覇を逃してしまう。
高校進学後も、1年時にプレミアリーグ制覇は達成したものの、高校選手権では2年続けて全国準優勝を突き付けられただけに、3年時のインターハイで日本一に輝いた時には、人目をはばからず号泣。「言葉じゃ表せないですね、本当に。ずっと3年間こうやって取り組んできても、ダメで、ダメで。それがやっと実って、嬉しい気持ちが一番です」と涙に濡れた目で語った表情は、今でも強く記憶に残っている。
海外挑戦1年目も、期限付き移籍で加わったトルコのギョズテペSKでは、慣れない環境に悪戦苦闘。なかなかレギュラーを奪えず、途中出場でのフォワード起用が続く時期も長かったが、少しずつゴールやアシストという明確な結果を叩き出し、チームの中で存在感を高めていく。
「自分の目標に向かってステップアップできている実感もありますし、その中でも自分が成長していることも感じています。またさらに、自分がトップレベルの選手になっていくためには、足りないところもまだ多くあるので、そこをしっかりと求めていきたいと思います」
そう話してくれたのは、トルコで半年近くプレーしたタイミングでのこと。現在地を正確に見極め、直面した課題を1つずつ、丁寧に乗り越えていく。いつだって松木はそのやり方で、ちゃんとステップアップを遂げ、新たなステージを手繰り寄せてきた。
デビュー戦で叩き込んだゴラッソ。持っている男の面目躍如
「A代表に入って1試合目でデビューするというのは、本当にアイツらしいなと思いましたし、それこそデビュー戦で点を決めるのも、アイツらしいなという印象が強かったです」
青森山田でともに高校年代三冠を勝ち獲り、今年からFC今治でJリーガーになった丸山大和は、“同級生”がA代表デビュー戦でいきなり記録したゴールを、自宅のモニターの前で見つめていたという。
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Profile
土屋 雅史
1979年8月18日生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社。学生時代からヘビーな視聴者だった「Foot!」ではAD、ディレクター、プロデューサーとすべてを経験。2021年からフリーランスとして活動中。昔は現場、TV中継含めて年間1000試合ぐらい見ていたこともありました。サッカー大好き!
