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【対談】高橋秀人×山口遼(前編):「しちゃいけない」が日本を強くし、「したいこと」が人を育てる。ニュージーランドで見えたもう一つの育成論

2026.07.21

現役引退後、ニュージーランドで育成年代の指導者となった元日本代表の高橋秀人。異文化からサッカーを考え続けてきた山口遼。2人の対話から浮かび上がったのは、日本を強くしてきた「規律」が、同時に選手や指導者を縛っているかもしれないという1つの仮説だった。「しちゃいけない」と「したいこと」。サッカーを入り口に、日本という社会そのものを見つめ直す。

Aライセンスでの出会いと、それぞれの個性

――今回は一見すると異色な組み合わせの2人の対談となりますが、まずはお二人の関係性から教えてもらってもいいでしょうか?

高橋「直接の出会いは、昨年のJFAのAライセンス関東コースでご一緒させていただいたタイミングになります。ただ、その前から遼君のことは一方的に知ってはいて、記事やSNSでの投稿を見て、人とは違うユニークな感性を持っている人だなとフォローはしていました。まさか同じコースになるとは驚きでした。そこから仲良くさせていただいております」

山口「東大1年の時の監督の星さんが『高橋秀人は俺の最高傑作だ』と聞かされていたのもありますし、大学サッカー出身という共通点もあって僕ももちろん、ヒデさんのことは知っていました。そんな人が突然、自分のSNSをフォローしてくれて驚いた記憶があります(笑)。指導者講習会で一緒になって僕もびっくりしましたし、さらに長谷部誠さんも同じコースで濃いメンツでした」

――指導者講習でのお互いの印象はどんな感じだったんですか?

高橋「お互いのサッカー観を指導の現場でどう出していくかを実践したり、議論する場があるのですが、遼君は自身の確固たるサッカー観があって、方向性やコンセプトの提示の仕方がよどみなく、自信を持って指導していく姿が印象的でした。他の受講生やサポートしてくれた学生たちが、遼君の話に引き込まれていくのがよくわかりました。同期メンバーへのフィードバックも鋭くて、くさびのパスをぶつけるかのように質問をバシバシ入れてくれるのでそれぞれの考えを深める、いいきっかけになっていたと感じました」

山口「ヒデさんはメタで考える人だなと感じました。全体の流れを見て、今まではこういう形でやっていたので、自分はあえて逆の形でやってみる。ヒデさんのサッカー観どうこうではなく、講習会全体に気づきを与えるためにあえてそういう振る舞いを意識しているように見えましたし、大人だなと。あとは長谷部さんもそうでしたが、お二人とも日本代表を経験しているトップトップの選手じゃないですか。そんな人が誰にも分け隔てなく、参加者を1人のサッカー人として尊重しているパーソナリティが素晴らしいと思いました。もともと自分は自己主張するタイプですが、自由な議論を許してくれる雰囲気を周りの皆さんが作ってくれていたと感謝しています」

――高橋さんはPROライセンスも受講予定ですよね?

高橋「今年9月からの後期コースで受講予定です。今はニュージーランドにいるので、その期間だけ帰国して受けます」

山口「Aライセンスの時もニュージーランドと日本を往復されていて、大変そうでしたね」

高橋「もともとは海外でライセンスを取得したいと考えていました。語学の問題や仕事、家庭もありどう折り合いをつけるか考えていたら、縁やタイミングがちょうどよく合って、Aライセンスを日本で受けることができ、そのままPROライセンスも今年受講させていただくことになりました。1週間日本に帰ってニュージーランドに数週間いて、また戻って来るとか、3週間日本に滞在して、また1カ月ほど戻るなど大変な1年になりそうですが、楽しみです」

「しちゃいけない」より「したいこと」。ニュージーランドで学んだ自由

――高橋さんは今、ニュージーランドのオークランド・ユナイテッドFCのアカデミーで監督をされているんですよね?

高橋「はい。僕がニュージーランドに渡った4年前は国内はアマチュアリーグのみで、唯一のプロクラブは長澤和輝選手も所属しているウェリントン・フェニックスのみで、彼らはAリーグ(オーストラリアリーグ)に参戦しています。当時の僕の周りの選手や子どもたちがプロを意識するのは難しく、フットボールは大きなやりがいではありますが仕事をしながらプレーするもの。全力は尽くしますがプロのように勝ち負けが全てではないというカルチャーでした。試合が終わればノーサイド。相手選手とビールを飲むこともあります。そこから3年前にオークランドFCというもう1つのプロクラブができて、そこに酒井宏樹選手がキャプテンとして加わりました。今、ニュージーランドからはその2クラブがAリーグに所属しています。それとは別に去年からオセアニアのプロリーグができて、オークランドFCのサテライトチームやニュージーランドから数チームが参加しています。そのオセアニアリーグのベスト11に日本人選手が2人入っているように、日本人に少し馴染み深くなっているように見えます。オセアニアサッカーは今、急速に変化していて、日本人選手の活躍ももっと増えていくと思います。

 僕が所属しているオークランド・ユナイテッドFCはそのオセアニアリーグのさらに下のカテゴリーのアマチュアリーグで、僕はそのU-23チームとU-17チームの監督を務めています。オークランドFCにはアカデミーがないということもあり、アカデミーの教え子やトップチームのチームメイトが結果的にオークランドFCに昇格しているので、当面の目標はプロの価値を見出し、オークランドFCに選手を輩出することです。あとは直近で僕の教え子の3人がU-16ニュージーランド代表に選ばれています。3年間ここで指導させていただいて、将来のA代表へつながる活動ができているのが大きなモチベーションになっています。ただ、スカウト活動からビブスやユニフォームの洗濯も何でも自分でやるという環境で楽ではないですが、海外で指導者として活躍できる人材になるためのチャレンジをさせていただいているというのが現状です」

山口「おそらく文化的な部分、生活や価値観が全く違うので、ピュアなフットボールの競技面以外の学びが大きいということですよね?」

高橋「まさしくそうです。カルチャーが違う。今回のW杯を見ていても感じるものがあるかもしれませんが、国によってフットボールの捉え方が全く違うというのを日々学んでいます。日本には挨拶、礼儀、規律を守るなどの価値観がありますが、こっちの選手は自己表現が一番大事。指導者としてはそこを尊重してあげたいですが、『言ったことと全く違うことをやっているな』というのはいっぱいありますね(笑)」

山口「ヒデさんはそもそも、なぜニュージーランドに渡ったんですか?」

……

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Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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