近年、トッテナム・ホットスパー・スタジアム、ヒル・ディッキンソン・スタジアムと最先端のスタジアムが新設されてきたイングランドで、新たに打ち上げられた壮大なプロジェクトをご存知だろうか。11月20日にベールを脱いだ、バーミンガム・シティの新本拠構想のことだ。最大約30億ポンドと見込まれる総工費をかけて12本もの煙突がそびえ立つスポーツ・クォーターを2030年までに完成させる大計画の全貌を、現地取材した秋吉圭(EFLから見るフットボール)氏が読み解く。
「我われは『決して建設されることのないスタジアム』に多大な時間と金額を費やしている」。現本拠セント・アンドリュースの程近くで行われたプレゼンテーションの席上、オーナーのトム・ワグナーはそう皮肉たっぷりに切り出した。
バーミンガム・シティが6万2000人収容の新スタジアム、またマンチェスター・シティのエティハド・キャンパスをも上回る規模のスポーツクォーターを建設する。今、この2025年を生きる我われにとって、それは到底現実的な話であるようには思われない。3部からの昇格初年度で予想外の苦戦を強いられ、鳴り物入りで加わった古橋亨梧はいまだリーグ戦無得点。執筆時点で2部15位、世界的な関心を惹きつけるには論外と言っていい順位だ。
トム・ブレイディが現れ、ジュード・ベリンガムが現れ、世界中の誰しもが見たこともない煙突型のデザインが日の目を見た2025年11月20日。このバーミンガム・シティの現状は一方で、将来的に極めて重要な比較対象となる可能性がある。
クラブとの関わりを持たない誰しもが「無理だ」と直感する壮大な計画は、ワグナーらが言い表したところの「慎し深き狂気」とともに、三次元の物体へと進化を遂げようとしている。

見た目とは真逆の「史上最もエコフレンドリーなスタジアム」へ
来たるネーミングライツの売却を待つ中で、この巨大スタジアムには「バーミンガム・シティ・パワーハウス」という仮称が授けられた。後段の大胆すぎるワードセンスはさておくとして、前段の「バーミンガム・シティ」はダブルミーニングだ。1つはもちろんクラブ名、そしてもう1つは読んで字のごとく、「バーミンガム市」である。
「パワーハウスはこの街の偉大で歴史的に価値ある過去を体現する生きた記念碑だ。同時にエキサイティングな未来に何が可能かを示す意思表示でもある。私と同様にこの街と人々、そしてフットボールクラブに惚れ込んだボードメンバーやナイトヘッド(オーナーグループ)にとって、この国で最も素晴らしく、時に見過ごされてきた地域にユニークで特徴的なものを作る機会だ」
「パワーハウスの美しいイメージを背に、今日ここに立てることを誇りに思う。もう二度とこの街が見過ごされることはない」

雄弁なワグナーがバーミンガム・シティの買収に成功したのが2023年7月。そしてこの計画の用地となる旧バーミンガム・ホイールズ・パーク(モーターレース場)の取得、スポーツ・クォーター構想の発表を行ったのが2024年4月。この新スタジアム案件は、彼らがこのクラブで推し進める「プロジェクト」の両輪と言っていい。
過去記事「監督6人誕生の迷走劇で英3部降格…なのにお祭り騒ぎ!?(後編)クラブ年間最優秀サポーターの日本人がバーミンガムで深めた愛」でも言及したように、ナイトヘッドが長年財政問題に苦しみ2部の下位に沈み続けていたバーミンガム・シティの買収に動いた最大の理由が、その地理的条件だった。イングランド第2の都市でありながら市議会が財政破綻に陥り、グローバルどころかイギリス国内での存在感も薄く、フットボール界でのプレゼンスも低い。そんなバーミンガムという街そのものの停滞ぶりに着目し、ヘッジファンドとしてその価値向上を目指す中で、都市名をそのまま冠するクラブ名をはじめとした様々な条件がそろったバーミンガム・シティをその第一ハブとして選んだのだ。
ワグナーは釘を刺すように、「誤解なきように言うが、これは『フットボール・ファースト』のスタジアムだ」と規定する。デザインの権利を獲得したヘザウィック・スタジオ(ロンドンオリンピックの聖火台、Google新社屋などのデザインで有名)のエリオット・ポストマが地元紙バーミンガム・メールのポッドキャストに対して語ったところによれば、設計コンペのRFPには「6万人規模」、「バーミンガムのランドマーク」といった条件の他に、「ホームファンに驚くべき誇りを感じさせると同時に、アウェイファンには威圧感を与えること」という記述があったという。開閉式のピッチはイースト・スタンドの下にトラス構造の収納スペースが設けられる予定で、格納時は巨大なグロウライトに照らされながらピッチの状態保全が図られる。

しかしやはり、それ以上に目を引くのがその周囲のディテールだ。
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Profile
秋吉 圭(EFLから見るフットボール)
1996年生まれ。高校時代にEFL(英2、3、4部)についての発信活動を開始し、社会学的な視点やUnderlying Dataを用いた独自の角度を意識しながら、「世界最高の下部リーグ」と信じるEFLの幅広い魅力を伝えるべく執筆を行う。小学5年生からのバーミンガムファンで、2023-24シーズンには1年間現地に移住しカップ戦も含めた全試合観戦を達成し、クラブが選ぶ同季の年間最優秀サポーター賞を受賞した。X:@Japanesethe72
