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「さらに上を目指す上で足りないもの」を問いかける―関東学院大学×横浜F・マリノスの提携から考えるポストユース世代の育成論

2024.05.17

2023シーズン、関東学院大学サッカー部は創部以来初となる関東大学サッカーリーグ1部への昇格を決めた。2部リーグで12勝3分7敗(勝ち点39)の成績を収め、準優勝。55得点(33失点)はリーグ最多得点チームだった。そして、今春の卒業生からは5人のJリーガーを輩出(2022年度卒業生からは6人)。大学サッカー界での存在感が年々高まっている。

躍進の要因として、2006年から続く横浜F・マリノスと提携を挙げる大学関係者は多い。指導者派遣を柱とした両者の提携はどのような経緯で開始され、何をもたらしたのか。本記事では両者の目線から考察する。

関東学院大学サッカー部からは狩野満GMと奈良安剛監督(横浜F・マリノスからの派遣)、横浜F・マリノスからは本提携の主幹部署であるスポーツ事業本部スポーツ事業部の黒川祐部長に登場いただき、提携の意義、大学生年代の育成について話を聞いた。

コーチが授業参観!?成績表を提出!?横浜F・マリノスの指導方針

――昨シーズンの話になりますが、あらためて関東大学サッカーリーグ1部昇格おめでとうございます。2023年度の卒業生からはJリーガーを5人輩出するなど、近年の関東学院大学サッカー部の躍進について所感を聞かせてください。

狩野GM「1部昇格に関しては、普段お世話になっている方が喜んでくれたのが嬉しかったですね。関東学院大学の教職員の方々をはじめ、試合を観に来てくれる地域の方々、そして歴代のOBOGたち。特にOBOGたちは現役の部員であるかのように皆が純粋に喜んでくれました。長年継続して取り組んできたことが昨シーズン実を結んだと思っているので『ちゃんと繋げたよ』と報告できました」

奈良監督「私も同じ想いを持っていて、前任の石村(大)監督が長年指導されていたベースがあってこその1部昇格だと思っています。私が就任したタイミングでは選手たちが本気でプロを目指すことを公言していて、1部昇格を現実的な目標として見据えている状態でした。近年は卒業生からJリーガーの輩出は普通のことになっていましたし、良い連鎖を生んでいたというか、プロを目指すこと、1部昇格を目指すことが身近なものとして(選手たちが)認識していたのは大きかったですね」

――お名前が挙がった石村前監督(現 横浜F・マリノスジュニアユース追浜コーチ)も、奈良現監督も横浜F・マリノスからの派遣です。2006年から開始された指導者派遣を柱とした提携関係のキッカケは何だったのですか?

黒川部長「(提携が開始された)2006年はクラブの変革期でした。翌年にみなとみらい(マリノスタウン)にクラブハウス等々の活動拠点を移すことを控える中で、よりクラブの事業を大きくするアプローチの1つとして指導者育成をテーマとした(関東学院大学との)提携のアイデアが出たと聞いていますし、私も当時は違う部署に所属する社員として、そのように見ていました」

――つまり、横浜F・マリノスのメリットとしては、指導者に大学生を指導する場・経験を提供できるということですね。

黒川部長「そうですね。例えば、奈良監督は育成年代の指導経験は積まれている中で、もう一皮むけてもらうために、大学での指導環境を提供できるのはクラブの人材育成の面で大きなこと。あと、プライオリティを付けるのは難しいですが、ユースを卒業した選手たちの進路先として大学と太いパイプを持てるのも魅力です」

――逆に関東学院大学は横浜F・マリノスからの指導者派遣をどのように評価されていますか?

狩野GM「結論から先に言うと、限られた予算で学生や部の成長を最大限促せる持続可能な提携であるということが大きいです。うちは他の関東大学サッカーリーグに所属する大学と比較すると、大金を投資した施設がある訳ではないですし、専用グラウンドもない。寮もないし、特待生制度を使った選手獲得も行っていないし、部費も安い。F・マリノスさんとの提携も大きなお金が動くビジネスとしてではなく、お互いにメリットがあり、足りない部分を補い合える形で成り立っているので、関係性が強いのは特徴だと思います」

――大学とプロサッカークラブ。同じサッカーを扱うとはいえ、指導方針など考え方が違う部分もあるかと思います。

狩野GM「おっしゃる通り、教育機関におけるサッカーの指導はプレー面だけに留まりません。ただ、F・マリノスさんにはその意義を強く理解していただいています。そのことが長く提携を継続できている理由でもあります。例えば、F・マリノスユースでは選手に学校の成績表を提出させるなど、ピッチ外の活動も重視しつづけきた伝統があるので、奈良監督をはじめ、歴代の監督たちが学業や就職活動など、多角的に学生を指導することに対する順応が早かったです」

奈良監督「大学生を指導するにあたって意識を変えたというより、F・マリノスのアカデミーで指導している時も学校の先生と選手の指導について意見交換していましたし、授業参観に行くこともありました(笑)。サッカー選手としての成長は学校、家庭の環境とリンクしているのは経験的にも理解しているので、選手を人として成長することをサポートするのは当たり前であり、僕たちの仕事の楽しみでもあります」

――そうした指導方針は、奈良監督が中学生時代に所属した横浜マリノスジュニアユース追浜時代から続くものですか?

奈良監督「そうですね。僕がジュニアユースでプレーしていた頃からサッカーだけではなく、生活面に対しても指導があったので、(オフザピッチを含めた指導は)当たり前という感覚です。ただ、『右向け右』という指導ではなく、選手と目線を合わせて一緒に課題に向き合ってくれた記憶もあります」

――さきほど狩野GMから伺った特待生制度がないという話にも繋がると思いますが、所属する大半の選手が大学卒業後はプロサッカー選手ではない社会人キャリアをスタートする意味でも重要な指導方針ですね。

奈良監督「僕が監督に就任して以降、選手のリクルーティングにおいてハッキリと相手に伝えているのは、サッカー選手として成長する強い意欲を持っていることは当然として、『関東学院大学の環境をフル活用して欲しい』ということ。つまり、サッカーも学業も全力で取り組むこと。だから、サッカー部に所属している学生は自身が興味をもった学部に所属していますし、今後も学費を免除して選手を獲得するようなことはないと思います」

2022年より関東学院大学サッカー部の監督を務める奈良安剛氏

「あれ?また勘違いしていない?」

――現在、関東学院大学サッカー部には4名の横浜F・マリノスユース出身の選手たちが所属しています。さきほど黒川部長が言及されていた『ユースを卒業した選手たちの進路先』としての役割についての考え方についても聞かせてください。

奈良監督「前提として『F・マリノスに加入した際にスムーズにプレーできるように』といった意識で選手を指導することはありません。システムも選手の個性で変更しますし、指導する上での優先順位は『選手が少しでも長くキャリアを続けられるために』ということが高いです。ただ、選手がF・マリノスのトレーニングに参加させてもらう機会もありますし、身近なクラブであることは間違いないので、練習でF・マリノスのエッセンスを入れるようなアプローチを行うことはあります」

――実際、卒業後にプロサッカー選手になる選手も横浜F・マリノス以外のクラブでキャリアをスタートする選手の方が多いですしね。

奈良監督「サッカー選手としてのキャリアを続ける上で、どのような監督、どのようなスタイルでも反応できる選手であって欲しい。だから『関東学院大学ではこうだったとか絶対卒業後には言うなよ』と伝えています」

――関東学院大学サッカー部にはJクラブのユースをはじめ、高校時代に強豪チームに所属していたエリートと呼んでいい選手たちが多く所属しています。良くも悪くも確立されたサッカー観や高いプライドを持つ選手もいると思いますが、そうした選手たちへのアプローチで意識していることはありますか?

奈良監督「入部直後のミーティングで『君たちは18歳でプロになれなかった選手だよ』とハッキリと伝えます。『日本サッカー界も、元所属チームも、君たちがプロサッカー選手になれなかったことで、困ることはない』と。18歳までに積み重ねてきた実績も、指導も否定しませんし、魅力があるからこそ入部してもらった上で『さらに上を目指す上で足りないものは何?』と問いかけます。……いや、入部直後のミーティングと言いましたけど、これは気になる態度やプレーを見た時には定期的に言うかもしれませんね。『あれ?また勘違いしてない?』って(笑)」

――関東学院大学サッカー部がスローガンの一つ として掲げる「雑草魂」の精神ですね。

奈良監督「出身チームを考えると決して雑草とは言えない選手も多いのですが、昨年まで(関東大学サッカーリーグ)2部で戦う関東学院大学の立場を考えると、自分たちが置かれている現状を自覚した上で表現する必要性はあるよねとそれまでずっと使用してきた 『雑草魂』というスローガンを引き続き使うようになりました。『Jクラブのスカウトは1部の試合を観に行くし、2部の選手を獲得したいと思わせるためには相当な覚悟が必要だよ』と話しています」

――そうした意識改革は簡単ではありません。

奈良監督「意識の部分はF・マリノスで指導していた時も強調していたことなんです。『F・マリノスのアカデミー出身であることは、社会に出たら何の価値もない』、『結局は自分という人間が何を表現出来るか』という指導は大学生相手でも変わりません。むしろ、関東学院大学ではピュアに指導者の教えを吸収したいと考える選手が多く、逆に僕が助けられているところもあります」

練習中、選手たちに話しかける奈良安剛監督。「雑草魂」をスローガンの一つに選手には強い覚悟を求めている

――確かに大卒Jリーガーに取材をすると、意識の部分で「自分に矢印を向ける重要性」は大学時代に得たものとして頻繁に出てくるフレーズです。その上で、プロからオファーを受けられる選手の特徴について何か共通点はあるものでしょうか?

奈良監督「サッカーはチームメイトがいて、対戦相手がいるスポーツであることを理解した上で自分を表現できることですね。自分が得意なプレーばっかりやってもチームは勝てない。例えば、ある攻撃的な選手は上手くいかない時に味方に要求ばかりしていたのですが、自分の特徴を出すために守備のプレーを整理する必要性に気が付いてから結果を出せるようになったこともありました」

――Jクラブのユース以上に、大学は選手たちが広い視野でサッカーを向き合える環境があるということですよね。

奈良監督「そうですね。僕自身は18歳でプロになったので大学を経験していないのですが、関東学院大学で指導する中で、大学という環境は様々な視点を得る要素が詰まっていて、それはサッカー選手としても必要なものだなと感じます。だから、大学では所属する学部はもちろん、他の学部の単位も取ることを選手たちには推奨しています。(大学は)日本サッカー界独特の環境だと思いますが、得るものは大きいと思いますね」

――その話に関連するところでは、関東学院大学は横浜F・マリノスの他に、東京都の社会人チームであるHBO品川とも提携されています。この狙いを教えていただけますか?

狩野GM「HBO品川さんは海外でサッカーを続けたい選手をサポートすることを活動コンセプトに掲げるクラブで、海外サッカー事情に関する講演会や個別相談会をうちの学生向けに開催してもらっています。また、この提携はHBOさんとだけではなく、関東学院大学国際文化学部も含めた3者での提携です。国際文化学部の協力も日頃より得ています。キッカケはJクラブからオファーがなかった卒業生が海外でプロになる道を探るケースが増えたことです。そういう可能性もあるならば1年生の頃から語学や海外の文化や海外のサッカー事情を勉強する機会を提供しようと。もちろん、Jリーグ経由で欧州クラブに挑戦する選手も今後出てくると思いますし、そうした時に大学の4年間で事前に準備できるのはアドバンテージになるはずです。大学の4年間がサッカー選手としてのキャリアにおいてロスになってはいけないので」

――大学は様々なバックボーンを持った学生が集まる環境で、仲間から受ける刺激も大きいと思います。

奈良監督「サッカー的なところで言うと、例えば、矢板中央高校出身の選手はヘディングが強いとか、F・マリノス出身の選手は“止める蹴る”が上手いとか、指導していても選手たちの引き出しに何が入っているのか探るのは楽しいですよ。そうした選手たちの個性をふまえて、選手たち自身がお互いに相手の足りないところを指摘できるのは関東学院大学の文化というか、特徴ですね」

――高卒でプロになれなかった選手が大学でブレイクスルーする要素として、他にも重要だと感じることはありますか?

奈良監督「フィジカル面は18歳で完成するのは難しい。僕の経験的には21歳である程度(フィジカル面を)プロでも勝負できる状態まで鍛えられると考えています。だから、大学も4年間はいらないかなと思っていて、3年生の終わりでプロの世界にいける選手は挑戦して欲しい。欧州でもポストユースの育成において、U-21のチームが多いのはそういうことなのかなと」

関東学院大学在籍時に特別指定選手を経験し、2023年から横浜F・マリノスでプレーする村上悠緋選手

横浜F・マリノスに対するエンゲージメントが高い理由

――関東学院大学が今シーズン、関東大学サッカーリーグ1部で初の勝ち点を得た東洋大学戦(1-1)で得点を決めたのは横浜F・マリノスユース出身の2年生・佐藤未来也選手でした。クラブとしてアカデミー卒業生の活躍は嬉しいものですか?

黒川部長「もちろんです。試合毎に狩野さんにユース出身選手について『パフォーマンスどうでした?』と聞いちゃいます(笑)」

――先日、榊原彗悟選手に取材させていただいた際に話されていたのですが、ユース卒業後もクラブは選手の状況を継続的にチェックしているんですね。

黒川部長「トップチームへの昇格は、実力があっても同じポジションに強力な外国籍選手がいるとか、その時のチーム事情によって見送られることもあるようです。だから、全員という訳にはいきませんが、昇格の可能性があった選手はクラブとして追いかけていますね」

――黒川さんの立場から横浜F・マリノスと関東学院大学の提携に関して今後の活動のイメージは何か持たれていますか?

黒川部長「一言で言うと『多角さの創出』ということになると思います。現在の提携はF・マリノスからの指導者派遣を軸としていますが、逆に関東学院大学サッカー部出身の方がF・マリノスのスクールコーチになる未来があってもいい。現在、事務職として関東学院大学サッカー部出身の方がクラブで働いてくれていますが、様々な形で交流が進むのが理想だと思います」

狩野GM「お互いの知見を活かしていくような関係性になればいいですよね。例えば、F・マリノスさんが開拓したい新規事業の分野で関東学院大学の研究者が派遣されるとか。リソースを共有することで地域が活性化していけば素晴らしいと思います」

――横浜F・マリノスの社員さんが関東学院大学の授業で講師を務める機会もあると聞きました。

狩野GM「はい。年に数回講師派遣をしていただいています。だからビジネスの領域においても、1万人以上いる関東学院大学の学生に一人でも多く日産スタジアムでサッカー観戦をしてもらうようなプロモーション面における協力は今後、検討していきたいと考えています。Jリーグは観客の高齢化が課題となっている中で、大学として出来ることはあるはずなので」

――奈良監督は本提携に関して、今後のビジョンについて何かお持ちでしょうか?

奈良監督「まずは今年1部リーグに残留して、選手たちに高いレベルの環境を提供し続けることを目指します。僕は毎日選手たちの夢を見るんです。それがなくなったら僕は指導者として終わり。自分のキャリア、チームの成績も大切ですが、選手たちが良いキャリアを歩むために何ができるのかを考え続けるということだけですね」

「選手たちには大学という環境を上手く活用してもらいたい」と奈良監督は話す

――最後に一つお聞きしたいのは、狩野GMと奈良監督にとって横浜F・マリノスはどんな存在ですか?

狩野GM「難しい質問ですね(笑)。一言で表すのは無理ですけど……『感謝する対象』という言葉でしかまとめられない。私にとって一番大切なチームは関東学院大学サッカー部です。そのサッカー部にF・マリノスさんの色んな方にサポートしてもらって『うちの大学は日本一のクラブと提携しています』とユース年代の方にに説明できることが嬉しい。だから、一番大切なチームはうちの大学ですけど、F・マリノスは2番目というか、1.5番目や1.2番目くらいに大切な存在というか、そういう関係だと思っています」

「ACLを優勝していただいて、アジアNo.1のクラブと提携していますと言いたい」と狩野GM

奈良監督「僕にとってF・マリノスは物事を考えるベースになっている存在です。当たり前のものとして自分の中にありつつ、どこで生活する上でもF・マリノスで学んだことは通用すると感じていて。憧れであり、一番身近なものである……そんな感じですね」

――横浜F・マリノスのステークホルダーはパートナー・スポンサーも、ファン・サポーターも、指導者も……皆がクラブに対するエンゲージメントが高い印象があります。その要因は何なのでしょうか?

奈良監督「クラブの関係者が情熱をもって、真摯にクラブに関わる仕事に向かっているとは感じます。変な駆け引きなく、多くの人がクラブのために繋がっている。その姿を見た人がクラブに憧れて、ハードワークをして……その積み重ねなのかもしれません。だから、F・マリノスで学ぶこと、働くことは間違っていないと思わせてくれるし、僕も帰属意識が生まれているのだと思います」

狩野満GM(写真左)、奈良安剛監督(写真中央)、黒川祐部長

Photos:(C)関東学院大学サッカー部 , Getty Images

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ACLJリーグ横浜F・マリノス関東学院大学

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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