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ラヤン・シェルキ(フランス):「見えないものが彼には見える」歴代監督みなが唸った、恐ろしいサッカーIQの持ち主

2026.06.15

【特集】北中米W杯で輝く次世代スターの軌跡 #5
ラヤン・シェルキ(フランス代表)

エンドリッキ(ブラジル)、アルダ・ギュレル(トルコ)、アレクサンダル・パブロビッチ(ドイツ)、ビクトル・ムニョス(スペイン)、ラヤン・シェルキ(フランス)、ジュリアーノ・シメオネ(アルゼンチン)、エリオット・アンダーソン(イングランド)――ロシア大会で数々の記録を塗り替えながら、当時19歳でフランスの20年ぶり優勝を牽引したキリアン・ムバッペのように、初出場のW杯で主役の座へと駆け上がり、次のサッカー界を背負っていくU-23の新星は誰か? そして彼らの世界を驚かせる才能は、一体どのような「環境」と「育成」で磨かれてきたのか? 北中米大会で輝くであろう、次世代スターたちの軌跡をたどる。

5回は、育成の名門リヨンで少年時代からその名をフランス中に轟かせ、2025-26シーズンは初参戦のプレミアリーグでその才を存分に発揮した規格外の22歳が、名実ともにトッププレーヤーの仲間入りを果たすまで。

リヨンで生まれ育ち、16歳で巻き起こしたセンセーション

 ラヤン・シェルキは、マッチアップする相手に、「こいつは嫌だな」と思わせる選手であるように思う。

 予想がつかない直感的な動き、良い意味での狡猾さ、左右両足を同じように使いこなすテクニック。そしてどこからでも、どんな局面でもゴールを狙ってくるそつのなさ……ゴールエリアでの彼は、まるでモンスターだ。

 昨年のオフに、フランス・リーグ1のオランピック・リヨネ(リヨン)からプレミアリーグのマンチェスター・シティにステップアップしたシェルキは2003年8月17日生まれ。まだ22歳?とあらためて驚く。それほど彼はもうずっと前から、フランスのサッカーシーンでその名を轟かせていた。

 生まれも育ちもリヨンで、7歳の頃からこの名門の育成アカデミーで育てられた。そして2019年夏、16歳の誕生日を迎える1カ月半ほど前にプロ契約をゲット。アカデミー生にとっては感涙もののトップチーム昇格ではあるが、すでに国内外から熱い視線を向けられていたシェルキの場合、早く契約したかったのはむしろクラブのほうだった。

 当時のリヨンは、ちょうど一大改革に乗り出したタイミングだった。クラブレジェンドのジュニーニョ・ペルナンブカーノをスポーツディレクターとして呼び戻し、彼が選んだ同胞ブラジル人のシウビーニョを監督に招聘。併せて戦力も大きく入れ替えた。

 しかしシウビーニョ体制はわずか3カ月で頓挫。慌てて経験豊富なルディ・ガルシア(現ベルギー代表監督)を連れてきて、新監督の下、2019年10月19日のリーグ1第10節ディジョン戦で終盤83分にピッチに送り出されたのが、シェルキの記念すべきプロデビュー戦だった。

 同年11月27日には16歳102日でチャンピオンズリーグに初出場(対ゼニト)。昨年11月にアーセナルのMFマックス・ダウマンが15歳308日でデビューし(対スラビア・プラハ)、同大会の最年少プレーヤーとなったが、当時のシェルキは歴代2番目に若い選手だった(それまでの最年少はアンデルレヒト時代のセレスティン・ババヤロが1994年11月に記録した16歳86日)。

 もちろんリヨンの選手としては最年少。過去にカリム・ベンゼマ(現アル・ヒラル)やハテム・ベナルファのような数々の早熟スターを輩出していたクラブでの記録だけに重みがある。

 このデビューシーズンといえば、センセーションを巻き起こしたのが、1月に行われたフランスカップ、ラウンド32のナント戦だ。先発イレブンに抜擢されたわずか2度目の公式戦で、シェルキは開始10分間で2点をぶち込み、さらに2点をアシストして、3-4と撃ち合いになった激戦の全得点に絡んだのだった。

 ゴール前で凄みさえ見せた彼はこの時まだ16歳……と、つい年齢に注目したくなるが、同じく若い頃から活躍し、年齢ばかりが注目されていたキリアン・ムバッペ(当時パリ・サンジェルマン/現レアル・マドリー)がこの試合後、シェルキについて「あんまり年齢のことばっかり話題にしないでくれよ」とツイートしたのも世間の耳目を集めた。

 ちなみに、母親がアルジェリア系という共通点を持つ2人は、プライベートでも仲がいいことで知られる。5歳年上のムバッペはいい兄貴分だ。

神のみぞ知る、というくらい彼には頭を悩まされるよ」

 シェルキは、同シーズンから昨夏シティに移籍するまでリヨンに6季在籍したが、この間のリヨンは安定した成績の出せない混沌とした時期にあって、彼はなんと、暫定監督を除いて7人もの指揮官の下でプレーしている。

 様々な監督から教えを受けられたことはポジティブだったとも言えるが、若いうちならなおさら、その都度それぞれの哲学やメソッドに順応するのは難しかったことだろう。

 面白いのは、彼ら指揮官の“シェルキ評”が見事に共通していること。「才能は申し分ないが、改善点も多く、使い方は決して易しくはない」というものだ。

……

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Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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