SPECIAL

イスラエルでプレーする十川ゆきが体感した「戦争のはじまり」【インタビュー前編】

2023.10.11

ここ数日、世界中のヘッドラインを埋め尽くしているのはイスラエルの話題だ。パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配する武装組織「ハマス」による攻撃がきっかけとなり、かつてない規模の武力衝突が起きている。イスラエルとパレスチナ双方に1000人以上の犠牲者を出しているが、報復の連鎖は止まる気配がない。そんな中、イスラエルで日本人初の女子プロサッカー選手としてプレーする十川ゆきは、何を見て、何を感じているのだろうか。今夏までジェフユナイテッド市原・千葉レディースに所属していた23歳に話を聞いた。(取材:日本時間10月9日23時から、現地時間同日17時から実施。本人の発言に出てくる事象などは取材当時のもの)

10月7日の早朝、突如鳴り響いた「ミサイル警報」

 衝撃のニュースが飛び込んできたのは10月7日の夕方だった。スマートフォンに届いたニュース速報の通知を確認すると、そこには目を疑うような見出しが表示されていた。

 パレスチナ自治区を実質的に統治するイスラム原理主義武装組織「ハマス」が約2000発(5000発以上との説もある)ものロケット弾を一斉に発射し、イスラエル側に攻撃を仕掛けたという。同時にハマスの戦闘員が封鎖の壁を越えてイスラエル側に侵入したという情報もあった。

 日本との時差を考えれば、現地はまだ早朝だっただろう。まだ夜も明けきらぬ時間帯の奇襲攻撃に、大きな混乱が生まれているのは容易に想像できた。

 イスラエルの首都テル・アビブの東隣、ペタ・ティクヴァに住む十川ゆきは突然鳴り響いたミサイル警報のサイレンに「これは何だ?」と驚くばかりだった。

 「攻撃が始まったのは朝6時くらいだったんですよね。ミサイル警報が鳴ったのは7時くらいだったと思います。私は早起きなので、もう起きていて『これは何だろう?』と思って。サイレンが鳴るのは初めてだったので」

 すぐに住んでいるマンションの近所の人たちやニュース、SNSなどを通して尋常ならざる状況であることを把握した。そして、建物の中心になるよう作られており安全とされる階段へ避難。所属クラブの迅速な対応によりチームメイトたちの安全も確認でき、ほっと胸を撫で下ろした。

 無数のロケット弾が発射されたガザ地区からペタ・ティクヴァまでは車で1時間ほど、直線距離で70kmあまり離れている。とはいえロケット弾の射程には入っており、100%安全というわけではない。実際にイスラエル軍のミサイル迎撃システム「アイアンドーム」によってハマスの放ったロケット弾が撃墜される音は自宅からも聞こえた。

「日本にいる時の『普通』はまったく普通じゃない」

 身近で戦争が起きるなど、十川にとってはもちろん初めての経験だ。

 「(イスラエルとハマスが)もともとずっと争っているのは知っていますし、ミサイルが飛んでくることも頻繁ではないけど数年に一度、定期的にあるというのも知っていました。でも、実際にハマスの人たちが乗り込んできて、人質もとって、たくさんの被害者や犠牲になった人たちもいて……そういうことがすぐそばで本当に起きていると怖いです。やっぱりサイレンの音を聞くと、アイアンドームがあるのでほぼ大丈夫だと思っていても、それでカバーしきれない分もあると思うので、ミサイルが落ちたら怖いな……と」

 差し迫った死の恐怖はまだないが、何が起こるかわからない怖さは常にある。そうした心境の変化とともに、「戦争」に対する認識も変わった。

 「現実として見えた感じです。戦争と聞いても、日本人の感覚からしたらあまりピンとこないというか。やっぱり離れている国で、違う世界みたいな感じで起きていることとして見ている部分もあると思うんですけど、(イスラエルの人たちは)それと隣り合わせにいるんだなと。今は、もしかしたら本当に自分の身に何か起こるかもしれないんだなという……うまく言葉で表せないんですけど……」

 レアル・オビエドやラシン・サンタンデールでプレーしスペインリーグでの経験も持つ十川は、「日本の普通は『普通』じゃない」ということを身に沁みて感じてきた。だが、今回のイスラエルとハマスの衝突によって湧いてきた感情は「今までと種類が違う」と語る。

 「日本にいると、いろいろ問題があるとは言っても、『本当に死ぬかもしれない』という問題と隣り合わせな国ではないから、いわゆる“平和ボケ”みたいなところはあるかもしれないですよね。やっぱり日本にいる時の『普通』はまったく普通じゃないなって。イスラエルにイスラエル人として生まれたら、絶対に兵役に行かなくてはならなくて、こういう状態になったら絶対に戦わなくてはいけない運命にあるんだなというのを肌で感じますし、もし実際に自分がそうなったら……。そういう状況になったらやるしかないからやると思うんですけど、この感覚でいるとできないなと思うし。

 やっぱり日本人であったこと、普通だと思っていたことが普通ではないこと、より身近なものを大切にして、今を大事に生きようと思いました。そして、ここで過ごしていく上で、実際に戦争と向き合っている人たちがいて、その被害に遭っている人たちがいることを忘れてはならないと思っています」

 ハマスによる攻撃が始まった7日以降、当然ながら十川が所属するアポエル・ペタ・ティクヴァのチーム練習は中止に。イスラエルでは12日に予定されていた代表戦が延期となり、男女の国内リーグなどすべてのサッカー関連活動がストップしている。

 ペタ・ティクヴァの街がガザ地区から離れていることもあって、8日以降はミサイル警報も1日に一度鳴るかどうか。とはいえ、サッカーのみならず平穏な日常生活は完全に失われてしまった。「初日よりはましですけど、落ち着いてはいない感じがします」と十川は言う。

 「建物の中の方が安全なので、外に出る必要がなければ無駄に出歩くことはなくなったかなと思います。子どもたちの学校も休校になっています。なかなか自由に動けることはないですけど、バスは普通に動いているし、スーパーも開いているので、絶対に必要なものを買いにいくことはできますね」

ペタ・ティクヴァの街並み(写真:本人提供)

サッカー選手として感じた、イスラエルの「リアル」

 ジェフユナイテッド市原・千葉レディースをこの夏に退団した十川は、8月下旬にイスラエルへ渡った。同国史上初の女子プロサッカー選手として女子1部リーグのアポエル・ペタ・ティクヴァに加入し、新天地での挑戦を始めたばかりだ。

 移籍にあたってイスラエルの状況も調べ、ある程度の知識を持ってはいた。「リアルな情報を知りたかったので、実際に長く住んでいる日本人の方やイスラエル人のチームメイトにいろいろ聞いた情報を私は大切にしていました」と、現地に入ってからも新しい知識を得てはいた。

 イスラエルには男女とも全国民に兵役が課されるため、十川のチームメイトにも練習を終えると軍服に着替えて訓練に向かう選手がいる。自宅マンションの目の前にあるシナゴーグでは毎晩、街の人々が集まってきてお祈りを捧げている。ユダヤ教が日常生活に根ざした土地であることもひしひしと感じていた。

新たにシナゴーグに集まってくるユダヤ教徒の人々(写真:本人提供)

 とはいえ、実際に紛争が始まることまでは想像できていなかった。十川によれば、現地に30年以上住んでいる日本人も「かつて見たことのない規模」の衝突だという。すでにイスラエルとパレスチナ双方で犠牲者は1000人を超えており、イスラエル軍によるガザ地区への報復爆撃も激しさを増している。

 周辺各国や欧米諸国は双方に自制を求めているが、ここまでくると報復の連鎖がすぐに収まる気配はない。イスラエルはすでにガザ地区へのインフラや食料の供給を停止しており“完全封鎖”を宣言。じきに軍による地上作戦も含めたハマス掃討の動きが本格化するという見通しもある。エスカレーションが止まらず、血で血を洗う醜い紛争へと突入していっても不思議ではない。

 十川は「イスラエルの人たちも、こんなに大きな紛争になるとは思っていなかったはずですし、初めての経験だと思います」と述べ、こう続ける。

 「でも、やっぱり避難する時はスムーズです。学校などで避難の仕方を教えてくれるみたいなので、(ミサイル警報が鳴っても)割と落ち着いているなという印象です。あとはイスラエル人たちは自国愛がすごく強くて、『自分たちの国を守るんだ』みたいな意志の強さをすごく感じますね。男女ともみんな強いです。

 それはサッカーのプレー面にもすごく表れているし、球際はスペインよりも激しいんじゃないかと思う時が多々あるくらい。やられたらやり返す精神みたいなものが強いからこそ、パレスチナとイスラエルが『目には目を歯には歯を』みたいな、やられたらやり返すというのをずっとやっているのかもしれません」

大柄な選手と競り合う十川ゆき(写真:本人提供)

 イスラエルの日常生活にはパレスチナ人も混ざり合っている。ガザ地区から許可証を持ってイスラエル側に働きに来ている人々も多い。十川自身、ペタ・ティクヴァの市場で野菜を買うのはパレスチナ人が営む八百屋だ。

 「イスラエルの人たちはパッと見ただけで『あれはパレスチナ人だ』とわかるみたいです。雰囲気が違う、服装が違うなどと言っていたんですけど、私にはまだ見分けがつかなくて。でも、私が知る限り、見分けがつくからといって日常生活を送る中で(イスラエル人とパレスチナ人が)お互いにいがみ合うようなことはまったくなかったです」

 自らがイスラエル国外に出るかどうかは状況を見極め、クラブとも話し合った上で決めなくてはならない。なので、今は身の安全と10月6日までのような平穏な日常生活が少しでも早く戻ることを祈るしかない。

 「私が言ってもそうはならないと思うんですけど、願うのは一刻も早くこの戦争が終わって、イスラエルの人たちが日常を取り戻して、子どもたちも学校に行けるようになること。スポーツもすべてストップしているので、再開して一刻も早く元の生活に戻れるのが一番の望みです」

後編→

footballista MEMBERSHIP

TAG

十川ゆき

Profile

舩木 渉

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

RANKING