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地方市民クラブとしての大きな挑戦。水戸ホーリーホックがハノーファー96と育成業務提携を締結した理由

2023.05.10

水戸ホーリーホックとハノーファー96。その名前だけを聞くと、何の繋がりもなさそうな日本とドイツの両クラブが育成業務提携を締結したことが、4月末に発表された。一見唐突にも見えるこの提携ではあるが、つまりはハノーファー96がそれを締結しようと思うだけのクラブとしての価値を、ホーリーホックが築き上げてきたということ。その舞台裏を語るのは、もちろん『デイリーホーリーホック』でもおなじみの佐藤拓也だ。

発信されたリリースは「育成業務提携締結のお知らせ」

 4月28日16時。水戸ホーリーホックから1件のリリースが発信された。

 「水戸ホーリーホック×ハノーファー96 育成業務提携締結のお知らせ」

 「両クラブの発展と人材育成を主目的とした育成業務提携」として交わされた契約の内容は「2023年7月1日から3年間、水戸に所属する若手選手が毎年1名、ドイツ・ブンデスリーガ2部所属のハノーファー96のU-23チーム(レギオナルリーガ所属:ドイツ4部リーグ相当)へレンタル移籍し、そこでトレーニングや試合を通じてトップレベルへのステップアップを目指す」ことをはじめ、「協働でのスカウティングシステムの構築」「eスポーツを通じた交流」「アカデミーからトップまでの指導者の研修」「若手選手の短期留学の機会の提供」と多岐にわたり、両クラブの持つノウハウやネットワークを共有しながら、ともにさらなる発展を目指していくこととなる。

 1896年に創設されたハノーファー96は現在2部リーグに所属しているものの、ドイツ杯優勝経験を持ち、2011-12シーズンと2012-13シーズンはヨーロッパリーグに出場するなど、ドイツを代表するクラブの一つ。かつて酒井宏樹(現・浦和レッズ)や清武弘嗣(現・セレッソ大阪)、山口蛍(現・ヴィッセル神戸)、浅野拓磨(現・ボーフム)、原口元気(現・シュツットガルト)が在籍し、現在も室屋成がプレーしていることで日本とも馴染みの深いクラブでもある。

現在も所属している室屋と2018年から2021年まで在籍した原口。写真は2021年4月(Photo: Pool/Getty Images)

「育成の水戸」という明確なブランディング

 海外クラブとパイプを持つことは水戸にとって、“念願”であった。

 「水戸ホーリーホックは2021年には9000万円を超える移籍金収入を得ることができました。若い選手を育てることに定評のある育成型クラブとしてリーグの中で評価を得ています。そのうえで『J2から海外』というキャリアパスを構築することが我々の一つの目標でありました」

 今回の契約締結を小島耕社長は感慨深い表情で発表した。

 契約では毎年1名をU-23チームに送り出すことが明記されているが、「1年の期限付き移籍期間に活躍をして、そのまま完全移籍という可能性もある。我々はそれも期待しています」と小島社長は言う。さらには、欧州のマーケットの中に入ることによって、選手のキャリアの可能性を広げることとなる。クラブにとっても、選手にとっても、大きなメリットを持つ契約となっている。

 水戸は地方市民クラブでありながらも充実した練習環境を整え、さらには練習以外でも独自の選手教育プログラム「Make Value Project」の実施をはじめとした人材育成の取り組みにも力を入れるなど、様々なアプローチで選手を育成するシステムを構築してきた。その結果、2019年から3年間で9人もの選手をJ1に輩出。その数はJ2クラブ最多であり、「育成の水戸」という明確なブランディングを確立してきた。さらに次のステップに進むためにも、「海外へのキャリアパス」の構築を模索してきたのだ。

 28日の定例株主総会後に行われた記者会見において、小島社長は2022年度のクラブとしての年間売上額が10億円を突破したことを発表。さらに4年ぶりに黒字決算になったことや広告料収入も過去最高の5億円を超えるなど、「数字は順調に伸びてきている」とクラブの確かな成長を説明した。とはいえ、続けて口にしたのは今後に向けての危機感であった。……

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水戸ホーリーホック

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佐藤 拓也

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