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2018年以来の喜田拓也のゴール。その裏にある「黒子」への誇り、「進化」への欲求

2023.05.02

4月29日のJ1第10節の名古屋グランパス戦で、横浜F・マリノスのキャプテン、喜田拓也が2018年以来のゴールを決めた。ボランチとしてアタッキング・フットボールを支えてきた男は、飽くなき向上心でゴールへの努力を積み重ねていた。“1点”の裏にあった長いドラマに、横浜F・マリノスを追い続ける舩木渉が光を当てる。

5年ぶり、キャリア通算3ゴール目の「重さ」

 「特別な力がないのであれば、コツコツやるしかないので。近々見せられると思いますよ」

 4月上旬のある日の練習後、取材の中で喜田拓也はそう言った。そして迎えた4月の最後の試合で、あの時予言した通りにゴールネットを揺らした。J1では5年ぶり、キャリア通算でリーグ戦3得点目のゴールだ。

 先月29日に行われたJ1第10節。名古屋グランパスに1点リードを許していた横浜F・マリノスは、72分にキャプテンのゴールで同点に追いつく。そのまま試合終了となり、両チームが勝ち点1ずつを分け合った。

 「エウベル選手にボールがこぼれて、こちらを振り返った時に『来る』という感覚があって。あとは(ゴール前に)入るタイミングが早すぎないことを意識して、ある程度コントロールできる範囲内で入っていこうというのはありました。(ペナルティエリア内に)たくさん人がいたので、当てないように。コースは見えていたので、インパクトのところは気をつけました」

 左サイドでボールをキープしたエウベルが、振り返りざまに右足でパスを送ると、そのコースの先に喜田が走り込んでいた。トリコロールの背番号8は、丁寧に左足で合わせてゴールの左隅を射抜いた。

横浜F・マリノス対名古屋グランパスのハイライト動画。喜田のゴールは1:38~

 「エウベルの右足からの横パスだったので、自分の体から離れていく方向の回転のボールに左足で合わせるのは難しい。普通に左足を当てると、右方向にツルンと滑ってしまうというのが頭にありました。なので、体を先に倒し気味で、丁寧に、面をちょっと大きくするイメージで蹴った感じです。うまく力も抜けて当たってくれたのは、練習の賜物かなと思います」

 今季に入ってから、全体練習後に居残りでシュートを蹴り込んでいる喜田の姿を見ることがこれまで以上に増えた。真摯に課題の改善に取り組んできたことで、試合中のパフォーマンスにも少しずつ影響が出てきている。

 「みなさんには変わっていないように見えるかもしれないですけど、いろいろなことを考えながら取り組んでいる最中なので、逆にそれを感じ取ってもらえるくらいになっていかないと、変わり切ることはできないんだろうなというのはある」と話していたが、おそらく多くの人々が喜田の変化に気づき始めているのではないだろうか。名古屋戦のゴールが持っている意味は非常に大きい。

すべてやった上で、「ゴール」にもこだわる

 今季の喜田は、ゴール前の最終局面に関わる回数を意図的に増やしている。

 具体的に言えば、崩しの局面でペナルティエリア脇のハーフスペースに飛び出していく回数や、ゴール前でシュートを放つ回数にこだわるようになった。本人は「あまり聞かれないので、みなさんに伝わっているかわからないですけど……」と言いつつ、変化の背景を説明してくれた。

 「フィニッシュの前の侵入の精度や回数、どういうタイミングで関わっていくか。ミスもあるかもしれないですけど、最終局面に恐れず入っていかないと成長がない。あとはちゃんとそこで力を発揮してチームに貢献したいというのもある。

トレーニングで左足のシュートを練習する喜田。名古屋戦ではその成果がゴールとして表れた(Photo: Wataru Funaki)

 『目立つ・目立たない』の概念でいうと、アタッキング・フットボールの中でボランチってたぶん一番目立たないポジションなんです。タスク的にもそうですし。ただ、その中でもゴールだったり最終局面で違いを出すことだったりはやっていかないといけないし、そこで違いを作れるくらい成長していきたい。そういうチームへの貢献の仕方もあると思っています」

 喜田はゆっくりながら地道に成長してきた。コンスタントにJ1で試合に絡むようになった頃は、守備力は高いがビルドアップへの貢献など攻撃面に課題がある選手と評価されていた。アンジェ・ポステコグルー監督のもとでは、ポジショニングや体の向き、ターンの重要性などを学び、前向きでボールを触って攻撃にも絡んでいく回数が劇的に増えた。今ではマリノスの中盤に欠かせない絶対的なリーダーとして、揺るぎない地位を築いている。

 それでも「黒子」というイメージは強い。攻撃時は味方が前に出て空いたスペースをサッと埋め、守備に切り替わると的確なボール奪取でピンチの芽を詰み、要所でチームを引き締める。

 サッカー選手はゴールやアシストといった目に見える「数字」で評価されがちだが、喜田は違うベクトルで信頼を勝ち取ってきた選手だった。一方、今のF・マリノスで競争を勝ち抜いていくには自分をアップデートし続けなければならない。そのための手段として、アタッキングサードでの貢献度向上に取り組んできた。「(ゴールなどの数字は)進化していくために必要だと思います。それから逃げるのではなく、追い求め続けなければいけないし、絶対に示さないといけないのは間違いない」と喜田は言い切る。

 「特にボス(ポステコグルー監督)が来てから、ビルドアップにめちゃくちゃこだわりを持ってやってきました。立ち位置だったり、前への侵入の仕方だったりにこだわってきて、そこも磨きつつ、ハーフスペースの使い方や(縦に)刺すパスのチャレンジ、どう最終局面に関わっていくかも同時にやってきた。本当にちょっとずつ、コツコツですけど、表現できる回数も確実に増えてきています。少しずつ自分の中でも『こうだな』というのができつつあるし、チャレンジしながら、日々勉強を続けていければ形になると思います」

 名古屋戦の後にも、喜田は「明らかにゴール数は足りないですし、そこに対しては何の言い訳もなく、ただただ自分の力が足りない。シンプルにそれだけだと思っていた」と認めていた。一方、「これまでの自分がやってきた仕事に後悔はない。ゴールこそ取れなかったですけど、アタッキング・フットボールを作ってきた中で、覚悟を持っていろいろな仕事をやってきた中での結果だった。その中で得点を奪う力が自分になかっただけ」とも。

 ゴールを狙う回数やゴール数そのものを増やすのは、単に「目立つ」ためではない。喜田自身の進化の過程であり、チームが勝ち続けていくために必要な成長だったのである。チームの勝敗の責任を背負う漢としての、覚悟の証明だ。

 「アタッキング・フットボールを作ってきて、華がある攻撃陣もいますし、力のある攻撃陣をどう操るかも非常に重要です。いろいろなタスクがあって、そのうえでゴールを決めるために、他のボランチの選手とも高め合ってきました。

 貢献の仕方はいろいろあると思いますけど、ゴールもその1つ。僕は勝敗のすべての責任を背負うつもりでピッチに立っているので、すべての要素で(役割を)担わないといけない。それはゴールも然り、守備も然りです」

支えてくれた「みんなのゴール」の真の意味

 ゴールを決め、ボールを拾ってセンターサークルに戻した後、喜田は拳に力を込めて大きく叫んだ。逆転を目指さなければならない状況だったのもあって、5年ぶりにしては控えめな振る舞いに見えたが、「いろいろな仕事を、覚悟を持ってやってきて後悔はなかったので、『やっとか……』というのと、いろいろな思いが込み上がってきた」と喜びを噛み締めた。……

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喜田拓也横浜F・マリノス

Profile

舩木 渉

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

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