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hummel(ヒュンメル)はガンバ大阪と共に“世界を変える”――オフィシャルサプライヤー契約の舞台裏

2023.03.10

2023シーズンJリーグ、ガンバ大阪の選手たちが着用するユニフォームの右胸には“マルハナバチ”をモチーフとしたロゴがプリントされている。今シーズンから新たにオフィシャルサプライヤーとなった「hummel(ヒュンメル)」を表すものだ。

カジュアルなSNS運用や、「hummelパートナーデー」として開催されたホーム開幕戦などを通じて、既にファン・サポーターの心を掴みつつある同ブランドは、一体どのような経緯でガンバ大阪とオフィシャルサプライヤー契約の締結に至ったのか。そして、検討されている今後の展開は。

同ブランドの日本総代理店を1991年から務め、2013年からは日本における商標権を取得している株式会社エスエスケイで“ガンバ大阪プロジェクト”に関わる3人のキーマンの証言から探った。

スポーツを通じて、大阪を暮らしやすい街に

 「ガンバの小野(忠史)社長から『パートナーとして、末長いお付き合いをお願いします』と言ってもらえたのは嬉しかったですね。ガンバさんは昨シーズンから新しいブランドコンセプトを掲げて運営されていますが、hummelも今年ブランド100周年で、リスタートの1年だと捉えています。ともに新しいスタートを切っているタイミングで、オフィシャルサプライヤー契約を締結できたのは大きなことだと思っています」

 感慨深げな表情でガンバ大阪との契約締結時の心境を振り返るのは、スポーツブランド『hummel』を運営するエスエスケイの南剛。ヒュンメル事業部の責任者を務め、本契約における同社の交渉を担った。

 2003年から20年間続いていた「umbro(アンブロ)」との契約満了に伴うガンバ大阪の新サプライヤー選定。エスエスケイに初めて打診があった際、南は喜びとともに、不安も感じたという。

 「今まで多くのスポーツクラブのサポートを通じて、信頼を得てきたと思っているのですが、ガンバ大阪さんほどのビッグクラブをサポートした経験はなく、商品のクオリティや納期など、社内のいたるところで改善が必要だと感じました。ただ、守秘義務契約を結んでいるために、限られたメンバーとしか相談ができず、契約交渉を勝ち取った後の対応まで進めることに難しさを感じていました」

 「会社として伝統のあるクラブをサポートしたい方針を持っていた」エスエスケイにとってガンバ大阪との契約は悲願であったが、簡単な交渉にはならないことも覚悟していた。同社とガンバ大阪の関係といえば、2008年~2012年に在籍した佐々木勇人選手との個人契約があった程度。決して、これまでの繋がりが深い相手とは言えなかったからだ。

スピード感溢れるドリブルで、ファンを魅力した佐々木勇人

 提示する内容に関しても、ジェフユナイテッド市原・千葉やツエーゲン金沢をはじめ、Jリーグクラブとの契約実績はあるものの、「J1のビッグクラブに対して、どれくらいの内容が適切なのか、どのような取り組みができるのか分からなかった」と、手探りの部分があったと語る。

 しかし、南は粘り強く交渉を続けた。お互いに考えを伝え、コミュニケーションを重ねる中で目指す方向性が少しずつ合致していった。最終的に合意に至ったのは、hummelが大切にしている“寄り添い合う”精神がもたらしたものとも言える。

 「hummelが『Change the World Through Sport.(スポーツを通して世界を変える)』をミッションとして掲げ、社会貢献に積極的なブランドであることは(契約合意の要因として)大きかったと思います。ガンバさんも『スカンビオカップ』(精神障がい者のフットサル交流大会)や『SDGsmile プロジェクト』を実施されていて、そうした部分での親和性は高く、今後は連携して活動していこうという話をさせてもらっています」

 hummelは世界的に社会貢献に積極的なブランドとして認知されている。2010年にはアフガニスタン女子代表とNATO兵によるサッカー親善試合を実施。教育やスポーツをする機会が制限されていた同国女性に対する権利を訴え、FIFAフェアプレー賞の獲得につながった。昨年開催されたカタールW杯では、スタジアム建設で移民労働者の人権が侵害されたことに抗議する意味を込めたユニフォームを、デンマーク代表と共にデザインしたことも話題になった。

 日本国内では東日本大震災・福島第一原発事故に伴う、福島県産品への風評の払拭を目的に、特産品の『桃』をモチーフとした福島ユナイテッドFCのユニフォームを2017年より制作。また、V・ファーレン長崎とは被爆70年を迎えた2015年に平和を祈念したユニフォームを制作するなど、地域課題の解決につなげる様々な活動を行っている。

福島ユナイテッドFCの「桃」をモチーフとしたユニフォーム

 大阪に本社があるエスエスケイにとって、ガンバ大阪は地元のクラブだ。社員の中には毎試合スタジアムに通う熱心なサポーターもいる。南が「まだ内密やで」と前置きをした上で、オフィシャルサプライヤー契約を締結したことを伝えると、社内は沸いた。ガッツポーズで喜びを表す者もいたほどだ。

 双方にモチベーションは高い。今後は活動の本格化が予定されている。発表されている通り、hummelとガンバ大阪との契約は“末長いお付き合い”を意識したものになっており、だからこそ描くビジョンは大きい。

 「サッカーをはじめとする様々なスポーツを通じて、北摂や大阪を暮らしやすい街にする貢献をしたいと考えています。ガンバさんは、小学校訪問や児童養護施設サッカー教室、介護予防事業などを行われています。hummelも、これまでの社会貢献活動で得た知見があります。パナソニックスポーツさんとも連携して、こうした活動を広げたい。ガンバさんは我々の提案をどれも前向きに捉えてくれるので、新しいことが出来るのでは、という期待感もあります。地元のビッグクラブと連携できる効果は、今後ますます感じることになるのだと思います」

「hummelを受けて入れてもらえないのではないか……」

 言わずもがな、サプライヤーにとって、最も重要な仕事の1つが「ユニフォーム制作」である。掲げるビジョンがどれだけ素晴らしくても、ユニフォームのデザインが悪ければ、ファン・サポーターの支持は得られない。

 その点において、エスエスケイは最大の難関を乗り越えたと言える。hummelのユニフォームは、サプライヤー契約をしているクラブに対しても共通の対応ではなく、クラブ毎にリクエストを聞いた上でデザインを制作している。『宇佐美貴史選手の背番号7番継承』という話題性も相まって、2023シーズン新ユニフォームはポジティブに受け入れられた。これまでの青黒ストライプを踏襲するデザインに、馴染みがあったことも要因として挙げられるだろう。

 ユニフォーム制作を担当した谷川淳は、「ガラッと(デザインを)変える案もあった」と語る。最終的には「伝統を守るデザインでいこう」という結論に至るのだが、新ユニフォームのお披露目となった『2023シーズン キックオフイベント』で、その判断が正しかったことを実感する。

 「僕がこのイベントでユニフォーム説明のために登壇した時、インナーに青黒のボーター(横縞)の服を着ていたでしょう。出番が終わった後にツイッターを見たら『なんでボーター着てんねん』って投稿があって(苦笑)。それを見たときに『やっぱり縦縞を横縞に変えるのはアカンな』と思いました(笑)」

 イベント出演時を冗談も交えて振り返る谷川であるが、青黒ボーターへの批判はある意味で予想通りであった。ガンバ大阪にとって青黒ストライプのデザインの重要性は理解していた。

 「クラブ関係者やサポーターへのヒアリングを通じて、(ユニフォームデザインの)目指す方向性として、ガンバ大阪の歴史を重視すべきだと感じました。応援チャントにも『青と黒の誇り』『青と黒の戦士』という歌詞がありますが、ガンバ大阪を表す伝統を引き継ぎながらも、青地部分のラインや炎を模したグラデーション、襟元のデザインなど、細部にhummelらしいこだわりを追加しました」

谷川が出演した『2023シーズン キックオフイベント』の様子

 そんな谷川の私服や、ユニフォームに関するSNSの投稿を「これまで経験したことのないリアクションの数や熱量でした」と振り返るのは、hummelでPRを担当する森本茂樹。ツイッターを「ファンに近づくためのツール」と捉え、カジュアルな投稿でサポーターとの交流を続けている。

 「企業のアカウントとして、カジュアルな発信はリスクがあるという声をいただくこともあるのですが、大企業のアカウントではないからこそできる交流でブランドの認知を高め、距離感を縮めることができればと考えています」

 「SNSを通じてhummelに親しみを覚えて欲しい」という森本の願いは、不安の裏返しでもある。SNSの投稿内容とは違う繊細な一面を見せる。

 「ツイッターでのラフな投稿内容からは想像できないかもしれませんが(笑)、ガンバさんはumbroさんとの長い関係性があったので、ファン・サポーターの方にhummelを受け入れてもらえないのではないか……と、ずっと不安で。だから、SNSに投稿されるポジティブな声は皆さんが想像されている以上に(エスエスケイ)社員の支えになっていることはお伝えしたいです。社内でも同僚とSNSを見ながら『期待に応えないといけないよね』と話しています」

 2月25日(土)ホーム開幕戦では、実際にhummelのユニフォームを着たファン・サポーターの姿を見て、多くの社員が感極まったという。ファン・サポーターからより一層の信頼を得るために何ができるのか――。

2月25日(土)ホーム開幕戦で出展された「hummelブース」

 最後に南が「ホンマはまだ言うつもりなかってんけど」と笑いながら、今後の活動予定を教えてくれた。

 「今後はサポーターのリクエストも踏まえながら、普段使いができるアパレルの販売やストーリーのあるアイテムの制作、応援がより楽しめるようなグッズも検討しています。あと、今シーズンは契約初年度ということで、hummelの冠マッチが実はもう1試合あります。hummelは『個性』や『相手に寄り添うこと』を大切にしているブランドなので、今後はより一層ガンバ大阪の皆さんに喜んでもらえる取組みができればと考えています」

Photos: 🄫GAMBAOSAKA, ©FUKUSHIMA UNITED

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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