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佐伯夕利子が明かす「同級生」ルイス・エンリケ監督の信念と優しさ

2022.12.01

スペインに在住しながら今年3月までJリーグの常勤理事を務めた佐伯夕利子は、同国の指導者養成学校で、ルイス・エンリケと「同級生」だった。当時何者でもなかった19歳の日本人女性をフラットな目線でサポートしてくれた現スペイン代表監督の魅力的なキャラクターを、日本対スペインの一戦を前にぜひ伝えたい。

 スペインのルイス・エンリケ監督(52)の記者会見は、自分に向かって飛んで来る質問というボールを、とにかく全力で相手に向かって叩き返す、激しい「競技」のように見えた。W杯カタール大会で、グループステージ突破をかけて対戦する日本との最終節を前に行われた前日会見(11月30日)で、同監督は手にしていたボールペンを、まるでラケットのようにブンブン振り回し、記者たちの質問に答えた。監督と記者の緊張感あふれるやりとりに、( )にある監督の「つぶやき」が、吹き出しのように聞こえてきそうだった。


――休みについて。監督はドーハでも休日を積極的に設けているが、これは今後も変わらないか?

 「W杯に来ているから休みがないなんてクレージーだ。私たちは人生を楽しみ、自由に過ごすために良い休みを取る必要があるし、権利でもある。サッカーで勝たなければいけないので休みはない、などという考えを私は持っていない」

 (僕から、趣味のサイクリングを取り上げたいのか!)


――監督はYouTube(Twitch)で、スペインは、サポーターや観る者たちにも「魅せる」フットボールを披露することを求められているのだと思う、と話していましたね。

 「そうだ。私たちは、点を取られないためではなく、サッカーというエンターテインメントをいかに成功させるかに、アイディアを注ぐべきだ。それが、サポーターや選手にとっての喜びではないか」

 (君たちジャーナリストとは、見ている景色が違うんだよ!)


――今大会、もしスペインが1位でグループステージを抜けた場合、ブラジルと準々決勝で対戦するだろう。もしかすると、スペインは2位をあえて狙っているのではないかという憶測についてどう思うか?

 「もし、E組の2つのカードが終盤まで0-0で進み、最後に日本とコスタリカがゴールを決めれば私たちは敗退するんだ。私たちは首位で抜けたいし、優勝まで7試合する素晴らしいチームとここに来た。ブラジルでなくてもどこかで優勝を狙う強豪と戦って、勝たなくてはならない。ブラジルと当たりたくないから2位で、などと、あてにならない計算を試合中にするのか? そもそも、ブラジルと当たりたくないと言う前に、日本に勝たなければブラジルと対戦できないじゃないか。そんな推測は止めて欲しい」

 (何、言ってんだ、当たり前だ!)

 エンリケ監督とメディアの対立は、どうやらカタールでも変わらないようだ。

日本戦の前日会見で、しかめっ面を浮かべるルイス・エンリケ監督

多様性を自然と表現できる人間・ルイス・エンリケの魅力

 しかし、メディアと対立し、張り詰めた空気が漂うかに見えるエンリケ監督について、まったく異なる人物像や、このW杯への思いを見つめる日本人がいる。今年3月までJリーグの常勤理事を務め、退任後は休職していた「ビジャレアルCF」のフットボール総務部に戻った佐伯夕利子(49)は、「彼は、律儀で誠実でとても優しい人です」と言う。2人は「同級生」だ。

 1992年、父親の転勤でスペインに渡った佐伯は、サッカーを職業にしようと指導者を目指す。2年後、指導者養成学校で、机を並べて一緒に学んだのが、当時23歳、代表で活躍を始めたエンリケだった。当時、40人いたクラスに女性はもちろん1人。当時は語学力もまだ十分ではなかったので、辞書を常に片手に持っていた。……

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ルイス・エンリケ佐伯夕利子

Profile

増島 みどり

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年独立しスポーツライターに。98年フランスW杯日本代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞。「GK論」(講談社)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作多数。フランス大会から20年の18年、「6月の軌跡」の39人へのインタビューを再度行い「日本代表を生きる」(文芸春秋)を書いた。1988年ソウル大会から夏冬の五輪、W杯など数十カ国で取材を経験する。法政大スポーツ健康学部客員講師、スポーツコンプライアンス教育振興機構副代表も務める。Jリーグ30周年に川淵三郎氏の『キャプテン!』を6月出版予定。

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