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【対談】小谷野拓夢×植田文也:誰でもできるエコロジカル・アプローチの使い方

2022.02.10

近年、欧州トップレベルでも注目され始めているエコロジカル・アプローチ。その理論を取り入れながらトレーニングをデザインしているという福山シティFC監督の小谷野拓夢氏と、ポルト大学で様々な運動学習理論を学んだ植田文也氏の対談が2月12日発売の『フットボリスタ第89号』で実現した。その番外編として、難解に見えるエコロジカル・アプローチの誰にでもできる「使い方」を特別公開する。

エコロジカル・アプローチの効果とは?

――まず初めに小谷野監督がエコロジカル・アプローチの考え方を実際にトレーニングに取り入れて、気づいたことを教えていただければと思います。

小谷野「僕らがエコロジカル・アプローチを取り入れたのは、去年の3月か4月あたりからでした。効果として感じたのは、試合が終わった後のことなのですが、対戦した相手チームのベンチに分析用ボードが置いてあって、福山シティの攻撃時の配置が7通りくらい書いてあったんです。つまり、(相手から見れば)僕らの選手配置がそれだけ流動的に見えたということだと思うんです。ピッチの中で選手たちがいろいろなソリューション(解決策)を用いて目的を達成できるようにするのがエコロジカル・アプローチの目的なので、(配置が流動的になっているのは)いろいろな状況の中、いろいろなやり方で自分たちの目的、主原則の達成が可能になってきているのかなと感じました。

 他には、例えばアンカーの曽我大地という選手は、対戦相手の配置の噛み合わせや特徴に対して、うまく解決できるプレーを見つけるスピードか非常に上がりました。練習の時に、僕がルールを説明して『じゃあ考えてやってみて』と言った時に、そうした特殊な制約を設けたゲームの中でうまくプレーするやり方を最初に見つけるのは彼なんです。曽我選手は、ものすごくプレーのポイントを発見する精度が高まったし、そういう行為自体を自覚的に行うことが増えたと思います。逆に、指導者が一方的にこのゲームではこういうプレーをするんだというソリューションをあらかじめ教えてしまうと、選手が全部受動的になってしまいます。言われないとできない選手もいると思いますが、我慢して続けていかないとトレーニングで自主的な発見を促せなくなってしまいます」

――いろいろなルールや状況に対して、選手自身がどういうソリューションが適切なのか常に考えるようになり、それが試合でも発揮されたということですね。

植田「僕が勝手にコーチングのパラドックスって呼んでいるものがありますが、まさに小谷野さんがおっしゃったことですね。コーチが一生懸命勉強して選手に丁寧に教えれば教えるほど、どうしても選手は育たなくなってしまうと思うんです。なぜかというと、ソリューション、運動の解決方法を指導者が与えてしまうからです。でも、運動というのはソリューションを規定するんじゃなくて、自分で探索して、自分に合ったソリューションを見つける方がその学習もリテンション(保持)もいいです。これが自己組織化(中枢からの指令ではなく自然発生する要素間の関係によって秩序や組織を作り出す現象)です。選手がピッチ上で自己組織化していく場合は、ソリューションのクオリティが高く、本番のパフォーマンスコンテキストにも転移しやすいことが、エコロジカル・アプローチの中で理論として組み立てられています。南米など、非常にユニークなソリューションセットを持ったプレーヤーたちがいまだにヨーロッパを席巻しているのは、そういう理由だと思います。教わる環境だけではなく、ストリートサッカー経験がある選手の方が、やはりソリューションが豊かな印象ですね」

小谷野「僕も同意です。エコロジカル・アプローチは、個に最適なソリューションを学ばせるための理論でもある、ということが語られているんですよね。制約の1つに『パフォーマーの制約』というのがあって、例えば身長が異なるとソリューションも違うように、人によって変わってきます。そういった意味でもエコロジカル・アプローチは、自己組織化を促して、タスクを制約したりいろんな環境でトレーニングさせたりして、個に最適なソリューションを発見させる。そうやって個人の成長を促すのは、とても理にかなった理論だなと思います。例えば、この場面のプレーは何種類あってサポートは何種類だとか説明しても、実際に試合の中でプレーヤーが瞬間的にじゃあサポート①を選択しようなんて絶対考えられないです。プレーヤーの時にすごく違和感を抱いていたのが、エコロジカル・アプローチを学んでいくことですっきりした部分ですね」

――日本サッカー全体の課題として、ピッチ上での選手の自己解決能力=対応力の向上というテーマはよく話題に上がります。エコロジカル・アプローチで語られる、自分で答えを探索する行為を繰り返していくことによって、解決されていく課題かもしれないですね。

植田「そうだと思います。日本ではそういう適応力の育成よりも、正しいスキルがあるとみなして、『答え』を教えている傾向はあるかもしれません。でも実際は、一定レベルを過ぎると、型を繰り返すトレーニングはむしろスキルの応用力を下げる、つまり実践的な場においては下手になるという研究結果が出ていたりもします。基礎ができた後は、パフォーマンスコンテキストでの適応力、外乱に応じて自分が持っているスキルの型をどうやって崩して目的を達成するのかを探索していくトレーニングが必要です。もちろん、世界的に型を教えたがる傾向はありますが、日本はそういうバリアビリティ(変動性)の低い、型を教えるようなスキルドリルがより好まれている気がしますね」

――現状、日本サッカーの現場でこういったエコロジカル・アプローチの考え方は、どのくらい取り入れられているのでしょうか?

植田「現場レベルは(どこまで取り入れているのかは)見えづらいので何とも言えませんが、日本でこの理論を学ぶのは簡単ではないかもしれません。生態心理学の和書などはありますが、それをコーチングに用いた文脈でのエコロジカル・アプローチの本は、和書ではないはずです。論文を検索しても、コーチング寄りの日本語のものはほとんど見当たらないですね。そもそもスポーツ科学のあらゆる領域の研究室が日本にありますが、運動学習を扱う研究室自体少なく、運動学習系の中でも、線形より非線形、脳より人と環境の関係の分析、ロボティックスのための実験系よりスポーツパフォーマンスのための概念仕事系、リハビリテーションより競技力向上系というスクリーニングをかけると、ここで話している運動学習の領域になると思うのですが、そのようなことが学べる環境はほとんどないかもしれません。だから日本人がエコロジカル・アプローチを本格的に学ぼうと思うと、今のところは英語文献を読むか、留学するしかないと思います」

コーンドリブルもリフティングも工夫次第

――エコロジカル・アプローチを広めていくために、というのはちょっと大げさかもしれませんが、日本の育成の現場でお父さんコーチでも実践できるようなトレーニングなどはあるのでしょうか?……

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エコロジカル・アプローチ

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。