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ポスト・コロナの移籍トレンド(前編):セリエAで契約延長が断られ続ける理由

2022.01.22

ポスト・コロナの移籍トレンドで大きな変化が起こっている。コロナ前は選手の年俸も移籍金も右肩上がりに向上していたが、コロナ禍がもたらしたクラブ財政の悪化により移籍金相場が下落、その中で選手の年俸は何とか維持されているという状況だ。そこで興味深いのが、契約延長交渉がまとまらず、主力クラスの「0円移籍」が増加していることだ。セリエAは特にこの傾向が顕著だ。前編では、まずはこうした変質した移籍市場の現状を掘り下げる。

 今冬、そして来夏の移籍マーケットをめぐる最も特徴的な現象は、ムバッペ(パリSG)、ポグバ(マンチェスター・ユナイテッド)という超大物2人をはじめ少なくないビッグネームが、クラブの提示する契約更新オファーに応じないまま今シーズン末に契約満了を迎え、フリーエージェントで他クラブに移籍する可能性が高まっていることだ。

 すでに昨夏にも、PSGがメッシ、セルヒオ・ラモス、ワイナルドゥム、ドンナルンマと、バルセロナがデパイ、アグエロ、エリック・ガルシアとフリーエージェントで契約を交わし、チャルハノールがミランとの契約延長を拒否してインテルへの「禁断の移籍」に踏み切るなど、契約満了に伴う移籍金ゼロでのフリー移籍が急増する傾向は明らかだった。今年もその流れは鈍るどころかむしろ加速する方向に向かっている。

 ムバッペやポグバに始まり、契約更新拒否をめぐってバルセロナとのトラブルが激化してきたデンベレ、逆に内々に更新で合意しているにもかかわらずクラブ側がサインを先延ばしにしているディバラまで、移籍マーケットは契約満了/フリーエージェントをめぐる駆け引きを中心に動いていると言っても過言ではない。

セリエA第22節ユベントス対ウディネーゼでは、ディバラのスタンドを見つめる意味深なゴールパフォーマンスが話題に。契約延長に待ったをかけるクラブ上層部を睨みつけていたのではないかとの見方もあるが、 本人は「(試合に)招待していた友人を探していただけ」と否定している

健全経営ミランに見る「サラリーキャップ」の限界

 中でもその傾向が顕著なのはイタリア・セリエA。なにしろ、上で触れたディバラ(ユベントス)をはじめ、ケシエ(ミラン)、ブロゾビッチ(インテル)、インシーニェ(ナポリ)と、優勝を狙うビッグクラブがそろって、チームの中核を担う主力選手の契約最終年に直面し、更新をめぐる駆け引きに巻き込まれているのだ。

 セリエA全体で見ると、今シーズン末に契約満了を迎える選手は20チームで100人以上に上る。これまでならそのほとんどは余剰戦力や控え選手、あるいはキャリア終盤を迎えたベテランによって占められていたものだが、今年はだいぶ話が違う。上に見た通りばりばりの主力選手も少なくないし、インシーニェに加えてハンダノビッチ(インテル)、ロマニョーリ(ミラン)、ベロッティ(トリノ)とキャプテンが4人も含まれている。

 ただ、一口に契約最終年、フリーエージェントとは言っても、状況は1つではない。最も目立つのは、クラブが契約延長を提示しているにもかかわらず選手サイドがそれに応じないというケースだが、具体的に見ていくとケースごとに事情は少なからず異なっている。

 最も典型的なのは、クラブが契約更新をはっきりと望み、可能な限りの条件をオファーしているにもかかわらず、選手サイドがそれに応じないというケース。ミランは、昨シーズンのドンナルンマとチャルハノールに続き、今シーズンもケシエという中盤の絶対的なキープレーヤーとの交渉でこの状況に追い込まれている。

 共通しているのは、クラブからのオファー内容(年俸、契約年数、ボーナスなど)と選手サイドの要求に大きな開きがあること。ミランは、財務状況を健全に保つ上で実質的なサラリーキャップを設定しており、ドンナルンマ、ケシエにはその上限にあたる年俸650万ユーロを提示している。しかし両者とも要求額はそれを大幅に上回る900~1000万ユーロ。加えて、エージェントの要求には1000万ユーロ以上とも言われる「契約延長手数料」も入っている。

 従来、ミランを含む多くのクラブ(イタリアに限らず)は、こうした状況に追い込まれると、目先の戦力確保やサポーターに対する体面を優先して選手サイドの要求を呑み、結果的に過大な人件費に経営を圧迫され危機に直面――という悪循環に陥ることが少なくなかった。しかし、ここ2年間続いているコロナウイルス禍による大幅な収入減と経営状態の悪化によって、クラブにはそうした振る舞いを取る余地そのものがなくなった。単純に「無い袖は振れない」という状況なのだ。

 もちろん、エージェントを含む選手サイドも、そうした状況を理解していないわけではない。にもかかわらず契約更新オファーを受け入れずフリーエージェントによる移籍を選ぶのは、ほとんどの場合、よりいい条件を提示してくれる移籍先のメドが立っているからだ。昨シーズンのドンナルンマにとってのPSG、チャルハノールにとってのインテルと同様、ケシエもエージェントの下にはミランのそれよりもずっと条件のいいオファーが届いているに違いない。

ミランは昨夏のチャルハノール(写真左)に続き、今夏ケシエをフリーで手放すことになるのだろうか

 セリエAは今やピッチ上においてもビジネス規模においても、5大リーグの中でプレミア、ブンデス、リーガの後塵を拝する4番手という位置に甘んじている。20年前には欧州トップを争っていたミランの売上高も、今やプレミアリーグ下位クラブよりも低い水準に留まっており(19-20シーズンは『デロイト・フットボール・マネーリーグ』のランキングが30位まで下がった)、イタリア国内でもユベントス、インテルはもちろんナポリにも及ばない4位。選手に提示できる年俸の水準、サラリーキャップの上限は、CLで戦うトップクラブはもちろんプレミア中位クラブにも及ばない。今や選手を「引き抜かれる側」に回ってしまったというわけだ。

コロナ禍で崩れた“三方良し”の関係。被害者は…?

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移籍経営

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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