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モウリーニョvsレアル・マドリーその秘められた戦争を味わう

2014.02.26

『モウリーニョ vs レアル・マドリー「三年戦争」』出版記念 書き下ろしコラム

モウリーニョのレアル・マドリー監督時代(2010~2013年)の内幕を選手らの証言で明かし、スペインで大きな議論を呼んだ問題作『モウリーニョ vs レアル・マドリー「三年戦争」』が日本上陸。筆者は高級紙『エル・パイス』のRマドリー担当として、モウリーニョ時代に数々のスクープをものにしたディエゴ・トーレス、翻訳は『footballista』編集長の木村浩嗣が担当。

本作の発売開始に合わせて、訳者の木村浩嗣による書き下ろしコラムをお届けします。スペインに15年以上滞在してきた訳者をして「プロとか勝負とかアスリートとかを舐めていたのかもしれない」とまで言わしめる、“戦争”の内実。それに触れた今の率直な心のうちを、モウリーニョ在任当時、取材者として感じていた想いと対比しつつ明かしています。

 レアル・マドリー時代のモウリーニョの会見はいつも楽しみだったが、問題があった。ボスに命じられた助監督のアイトール・カランカが出動して優等生発言に終始する危険性があったのだ。カランカが顔を出すと「何だよ」というどよめきが起き、記者席を立つ者もいた。失礼ではあるが、操られた者の言葉なのだから当然のように空虚だった。

 が、この夜は間違いなく本物が出て来ると思った。2012年9月15日、レアル・マドリーはセビージャに敗れたからだ。

 「我われは敗戦にふさわしい。酷い試合だった」「チームと契りを結び集中している頭は2、3個だろう。多くの選手の人生にとってサッカーが最優先でないことがよくわかった」「ハーフタイムに2人を交代したが本当は7人代えたかった」「今、私のチームは存在しない」

 モウリーニョの言葉は期待以上だった。選手にプロ意識が欠けている、という意味のことを皮肉っぽく笑みさえ浮かべながら語る姿に、大変なことを聞いている、と思った。モウリーニョは翌日のスポーツ紙1面の見出しを読み上げているのも同然であり、この会見はチーム内にトラブルがあることを公に認めたに等しかったからだ。

「根源」を伝える貴重な記録

 私はこの会見について「危機時にふさわしい過激なマネージメント」と題し「怒り心頭のモウリーニョ、賭けに出る」と見出しを付けた。そうして「彼はこうやって(選手を悪く言って)チェルシーでもインテルでもスター集団の首根っこをつかんできた。選手のプライドを傷つけることは関係悪化という逆効果になりかねない」と書いた。

 しかし、今から考えるとこれは甘い観測だった。レアル・マドリーのロッカールーム周辺は「人心掌握」とか「マネージメント」とかの綺麗事ではなく、エゴがぶつかり合い、嗚咽交じりの罵り言葉が響き、怒声で耳が塞がれんばかりで、小競り合いや突き飛ばしも起き、缶飲料が壁で炸裂し……ともっと人間の根源的なものがほとばしる場だった。

 まさに戦争――ディエゴ・トーレスのこの本、『モウリーニョ vs レアル・マドリー「三年戦争」』を読んだ後では、そう思うのだ。

 自戒を込めて言うと、私はプロとか勝負とかアスリートとかを舐めていたのかもしれない。勝負至上主義とは何なのか? それを本気の人間が突き詰めるとどうなるのか? その結果、日々の生活を脅かされた者たちはどう反応するのか? その様子を、算盤を弾く者たちはどう冷たく見守るのか?……そんな疑問の答えがこの本には書いてある。

 ロッカールーム内の証言が表に出ることはめったにない。それも3年間の長期にわたって詳細な記録がなされた本は記憶にない。私はモウリーニョの見解に会見を通じて触れることができた。それは忘れがたい経験だが、モウリーニョの戦い、クラブの戦い、選手の戦いのごく一部でしかなかった。

 筆者のディエゴ・トーレスはこんな本を出した後でもレアル・マドリーの本拠サンティアゴ・ベルナベウに日参している。レアル・マドリーも平気で取材許可を与えている。選手たちはアンチェロッティの下で、モウリーニョはプレミアリーグで、それぞれ激しい優勝争いの最中だ。彼らタフな者たちが演じ、記したこの記録に私は尊敬の念を禁じ得ない。


Photo: MutsuKAWAMORI/MutsuFOTOGRAFIA

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フットボリスタ 編集部

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