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GKの能力を評価する新指標の開発

2020.12.30

元カマタマーレ讃岐のGKコーチで、現在は筑波大学女子サッカー部監督の平嶋裕輔氏に博士号取得時の論文である「サッカーにおけるゴールキーパーのシュートストップ能力評価指標の開発」を解説いただいた。研究と現場の両方を知る平嶋氏だからこそ得ることのできた成果と今後の目標とは。

研究のきっかけ

 当時(2012年)、私は筑波大学の博士課程に入学したものの、現場と研究の乖離を感じ博士論文のテーマが一向に決まらないという状況が続いていた。現場では、テクノロジーの発展とともに、ゲーム分析等を用いた相手チームのスカウティングの重要性が高まりつつあり、Jクラブにもテクニカルスタッフと呼ばれる分析に特化したスタッフが増加傾向にあった。その一方研究では、日本で最も権威のある体育・スポーツ学術雑誌「体育学研究」において、鈴木・西嶋が2002年に発表した論文を最後に、ゲーム分析を用いてサッカーを研究する論文が掲載されていなかった。その理由として、研究結果を一般化するためには膨大な量のデータが必要であり、それをゲーム分析によって取得するためには多くの時間と人を要すること、またサッカーは常に変化しているため過去のデータを用いて結果を一般化するのが困難であることが考えられた。そのような状況の中、何とかゲーム分析手法を用いて、現場に有用な研究を行えないか悩んでいた。

 そんなとき、深夜に布団の中である小説を読んだことから研究のアイディアが突然浮かんだ。その小説は「マネーボール」である。前年に映画が公開され再度話題となったため、偶然購入した小説であった。小説では、資金難に陥る野球チームのGMに就任した主人公が、「どうすれば野球で勝てるか」を科学的に調べ上げ、他球団では重要視されていない選手を引き抜き、チームを地区優勝に導いた。その中で科学的な分析手法として用いられていたのが統計であった。野球では、打率、打点、本塁打数をはじめ、攻守において多くの指標がある。そして主人公はそれら多くの指標の中で、「本当に価値が高い指標はどれか」、「どの指標の高い選手がチームの勝利のために価値があるのか」を突き詰め、その指標を基に選手を補強し成果を上げた。「マネーボール」と出会った翌日から、私は統計手法をサッカーに応用し、選手評価に活用することが出来ないかと研究を開始した。

セイバーメトリクスとの出会いとサッカーへの応用

 野球において、データを統計学的に分析し選手の評価や戦略を考える分析手法をセイバーメトリクスという。その中で、リンゼイが1963年に発表した論文は私の研究に大きな影響を与えた。リンゼイは373ゲームの新聞記事から27027の打席結果を収集し、出塁とアウトカウントを組み合わせた24の状況における「得点確率」と「得点期待値」を算出した(表1)。これにより、打席前後の状況の変化を得点として算出することで、打者の打席結果が得点に対してどのくらいの価値があるのかがわかるようになった。つまり、打率のように1本のヒットは全て同じものとして考えるのではなく、1打席の結果を得点化することにより、打者の得点への貢献度を評価可能となった。

 しかし、これをサッカーの選手評価へ応用するとなると大きな問題点が浮かび上がった。サッカーは野球と異なり、流動的で複雑な要素が絡み合うスポーツである。そのため、状況を限定して「得点確率」や「得点期待値」を算出する方法は現場に有効でない。そこでさらに先行研究や関連する研究を読み進め考えたのが、プレーの成功確率を算出する回帰式の構築である。ロジスティック回帰分析という統計手法を用いることにより、どの要因がプレーの成功確率に影響を及ぼしているかが明らかになり、さらにそれらの要因のオッズ比を組み合わせることによりプレーの成功確率を算出するための回帰式を構築することが可能となる。これにより、リンゼイの研究のように状況を限定することなく成功確率を算出することが可能となった。

表1 Distribution of Runs Scored in Remainder of Inning (Lindsey, 1963)

GKのプレーと客観的評価指標

 研究手法にある程度の目途が立ったため、次にどのプレー指標を作るか考えた。私が現役時代ゴールキーパーであったこと、またより勝敗に直結するプレーのほうが指標として価値が高いということも踏まえ、GKのシュートストップ能力を評価する指標の開発を進めることにした。

 GKのシュートストップに関連する主な評価指標は、防御率、セーブ率が挙げられる。しかし、防御率はチームの守備全体の影響が関わっておりGK個人の能力を測っているとはいえない。またセーブ率は、被枠内シュート数に対するシュートストップ数の割合で示されていることから防御率と比較しGK個人の能力を評価する指標として優れているものの、被シュート1本毎のシュートストップ難易度が考慮されておらず、現場に有効な評価指標ではないと考えられた。そこで研究テーマは、勝利に直結するプレーであるシュートストップにフォーカスし、被シュート1本毎のシュートストップ難易度を考慮した新たなシュートストップ能力評価指標の開発とした。

シュートストップ能力評価指標の開発

 被シュート1本毎のシュートストップ難易度を数値化するために、シュートストップ失敗確率を算出する回帰式を構築することとした。研究方法はまず、先行研究の検討とあわせて何人かのサッカー指導者と相談し、シュートストップの成否に関連するであろう16要因を抽出した。次に、この16要因とシュートストップの成否を分析項目として、2010年のワールドカップ全試合における被枠内シュート551本を対象に被シュート状況のゲーム分析を実施し状況をデータ化した。そして最終的には、データ化した被シュート状況をロジスティック回帰分析により統計解析し、シュートストップの成否に影響を及ぼす要因を明らかにするとともに、シュートストップ難易度を「失敗確率」として算出することが可能な以下の「シュートストップ失敗確率予測回帰式」が構築された。……

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戦術筑波大学

Profile

平嶋 裕輔

1986年生まれ、山梨県出身。宇都宮大学卒業後、筑波大学大学院に進学し同大学蹴球部でサッカー指導者としてのキャリアをスタート。その後、栃木SCレディースコーチ、カマタマーレ讃岐GKコーチ等を歴任。2018年度から2021年度までは筑波大学体育系特任助教としてサッカーの授業・研究をすると同時に、同大学女子サッカー部で監督を務めた。2022年度からは静岡大学にてサッカーの研究を行う。博士(コーチング学)

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