【イタリア代表アナリスト分析】失点癖が直らない川崎Fへの処方箋。「正面の相手ばかりを見ており身体の向きもフラット。原則を少し調整するだけで改善できる」
レナート・バルディのJクラブ徹底解析#12
川崎フロンターレ(後編)
『モダンサッカーの教科書』シリーズの共著者としてfootballistaの読者にはおなじみのレナート・バルディ。ボローニャ、ミランなどセリエAクラブの分析担当を歴任し、FIGC(イタリアサッカー連盟)ではアナリスト講座の講師を任されている。現在はイタリア代表のマッチアナリストとしてスパレッティ体制に引き続き、ガットゥーゾ監督を支える「分析のプロ」の目で、Jリーグ注目クラブの戦術フレームワークを徹底的に解析してもらおう。
第11&12回は、リーグ最多得点を記録しながら、失点の多さが悩みとなっている川崎フロンターレ。「同じ攻撃的なスタイルの柏が『ポジショナルな』攻撃サッカーだとすれば、川崎Fはより『リレーショナルな』スタイルを志向していると言える」と独自のスタイルを「見ていて楽しくなるチーム」と表現。後編では、「ボールロスト直後のゲーゲンプレッシングは積極的だが、即時奪回できずポジショナルな守備に転じると、途端に受動的になる」という守備の課題について分析する(本文中の数字は10月24日の取材時点)。
明らかな弱点は、ネガティブトランジションの欠点
――前編で見たスペクタクルでクオリティが高い攻撃を実現する上で、川崎Fが「コスト」として支払っているのがネガティブトランジション(攻→守の切り替え)時の脆弱性だと思います。
「ボールロスト時の原則は、ゲーゲンプレッシングによる即時奪回です。攻撃時には中央3レーンに人数をかけているので、その密度を利用して素早くボールにプレッシャーをかけて、高い位置で奪回する。しかし、このゲーゲンプレッシングは、必ずしも効果的に機能してはいません。ボールのラインよりも前に多くの人数を送り込んでいることもあり、ボール周辺のパスコースを閉じ切れないことも多く、ボールホルダーとの距離が適切ではない状態で強引にプレッシャーをかけに行った結果、かわされてボールを持ち出されてしまうこともある。それなりのプレス耐性を持った質の高い相手なら、このゲーゲンプレッシングをかいくぐるのはそれほど難しいことではありません」
――前に人数をかけているだけに、ゲーゲンプレッシングを突破されると危ういですよね。
「ええ。いったんボールを持ち出されてしまうと、川崎Fは一気に困難に陥ります。ボランチが最終ライン前の広いスペースをカバーし切れないだけでなく、最終ラインも両SBが大きく開いたポジションを取っていることが多く、さらに2CBも攻め残った敵FWに対して的確な予防的マーキングを行っているとは限らないことも重なって、2対2や3対3、時には2対3の数的不利でカウンターアタックを喫する場面が、1試合に何度も起こります。
そうした状況で、相手との1対1を強いられた佐々木が、後退しながら相手の前進を遅らせることをせず、立ち止まって相手と正対する形でボール奪取を仕掛け、簡単にかわされてシュートまで持って行かれた場面もありました。こうした形で、個人のミスが状況をさらに悪化させることもあります。佐々木はCBが本職ではないこともあって、CBに必要な個人戦術が十分に身についていないのかもしれません。
いずれにしても、ネガティブトランジション時にはチーム全体のバランスが崩れていることが多く、しかも最も危険な中央のプロテクションが十分ではないため、ゲーゲンプレッシングをかわされた時には一気に危険な状況に陥ってしまう。ボール保持の局面で積極的に振る舞うがゆえに、危険な場所でのボールロストが多いこともそれに拍車をかけています。チームは全員、守備の局面でも献身的で、即時奪回しきれずカウンターを喫した時には全力で帰陣しますが、CB2枚プラス山本ではディレイし切れないことも多く、シュートまで持って行かれてしまうケースも少なくありません。2点、3点リードしても試合が落ち着かず、相手を生き返らせてしまうことが多い理由、出入りの激しい試合が多い理由はそこにあります。清水戦や柏戦はその典型と言っていいでしょう」

なぜ容易にMFラインを突破され、DF裏を衝かれるのか?
――失点が多いのは、ネガティブトランジションの欠点だけが理由ではないようにも見えます。守備ブロックを整えた状態で簡単にシュートを許す場面も一度ならずありました。守備の局面も見ていきましょう。
「相手のゴールキックやビルドアップに対しては、チーム全体を押し上げてのハイプレスが基本です。原則はマンツーマンではなくゾーンで、相手の配置に応じて陣形を変え、それぞれの選手が自分のゾーン内でマッチアップする相手、というか視野に入ってきた相手に対してプレッシャーをかけて行きます。そのプレッシャーも非常にアグレッシブで、相手の第1列に対して同数でプレッシングするだけでなく、そこからGKへのバックパスに対して、CFがCBのマークを捨ててGKにプレッシャーをかけに行き、そのCBをボランチが捉まえる形でマークを受け渡す場面すらありました。試合映像のフレームから外れていたので確認できませんでしたが、そうなると最後方では数的不利の状況が生まれているはずです。
京都戦では相手の[4-3-3]に対して[4-4-2]のブロックを敷き、伊藤とマルシーニョが中盤に下がってボランチと4人のラインを形成していました。一方、[3-4-2-1]でビルドアップする清水に対しては[4-2-4]の配置を取り、エリソンと脇坂が3バックに数的不利でプレッシャーをかけ、伊藤とマルシーニョはボランチに基準点を置くポジショニングを取っていました。ただ、相手のウイングバック(WB)が最終ラインまで下がって4バックになった時には、そのWBに対して川崎FのSBがプレッシャーをかけに行く距離が長くなって、対応が遅れる場面も見られました」

――いったんブロックを形成した後は、全体として陣形はコンパクトに保たれているように見えました。
「はい。ライン間の距離は短く保たれており、陣形が間延びすることはありません。しかし問題は、そのラインを割る形で縦パスを通される場面が非常に多いことです。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
