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日本人初クレールフォンテーヌ合格の13歳とカリスマ“コーチPap”の物語。パリ育成界を席巻中の『ドリームチームアカデミー』潜入ルポ

2025.10.19

おいしいフランスフット #21

1992年に渡欧し、パリを拠点にして25年余り。現地で取材を続けてきた小川由紀子が、多民族・多文化が融合するフランスらしい、その味わい豊かなサッカーの風景を綴る。

footballista誌から続くWEB月刊連載の第21通算179は、設立から約5年でフランス国内はもちろん、世界中から入門希望者が殺到しているという新進気鋭の育成アカデミーを現地取材!

合格率1%未満の国立養成所に今夏4選手を送り込んだ謎のマリ人

 今、パリの育成界で話題になっているプライベートのサッカースクールがある。

 その名も、『ドリームチームアカデミー』。

 主催しているのはマリ出身の元選手で、生徒たちからは「コーチPap」と呼ばれている。年齢や本名といった私的なプロフィールは明かしていないが、出身はアフリカのマリで、幼少時にイタリアに移住し、そこでサッカーの育成を受けた。U-17世代ではセリエAのボローニャに所属していて、その後フランスに渡り、18歳から指導者として活動している、というのがご本人から聞いた略歴だ。

コーチPap(写真提供:コーチPap)

 その彼が率いる『ドリームチームアカデミー』がなぜ評判になっているのか?

 それは、とりわけ強力な2012年生まれのチームが出現したことにある。

 10歳から19歳までの青少年を対象に、毎夏パリで開催されている『Paris World Games』という大会がある。初開催は2015年で、サッカー、7人制ラグビー、ハンドボール、バスケットボールの4競技に世界中から参加者が集って行われるスポーツの祭典だ。

 そこで『ドリームチームアカデミー』から参加したこの2012年世代のチームが、2024年、2025年と2年連続で優勝をさらったことは、育成業界で大いに注目された。

 それ以前にも、2021年の夏に行ったイタリア遠征では、ユベントス、ミラン、トリノといったセリエA傘下のチームに相次いで勝利を収めるなど、フランス国外でも結果を出している。

2021年にイタリアでのトーナメントに出場した『ドリームチームアカデミー』が誇る2012年組。ユベントスに2-1、ミランに4-1、トリノに3-0で勝利した。右から6人目が後述の日本人少年(写真提供:コーチPap)

 そして極め付きは、今年の夏、フランスが誇る国立養成所、クレールフォンテーヌのプレフォルマシオン(13〜15歳)に、なんと4人もの合格者を出したこと。

 クレールフォンテーヌのプレフォルマシオンのセレクションといえば、毎年およそ3500人が集結し、その中から選ばれるのはたった23人(うちGK3人)という、合格率1%未満の超難関だ。その23人のうち4人がコーチPapの教え子ということで、あらためてアカデミーの評価は急上昇。噂を聞きつけた親御さんから、入会希望が殺到しているのだ。

 その4人の合格者のうちの1人は、日本人の少年だ。たまたまこの夏、GKにも中国系の少年が選出されたが、フィールドプレーヤーではクレールフォンテーヌの育成部門が始まって以来初、そして唯一のアジア系選手。そもそも未来のフランス代表選手を育てることが大前提である国立養成所では、非常に稀なケースだと言える。

ノエルとPapコロナ禍が変えた2人の運命

 その日本人選手、諸岡星(もろおかのえる)くんについては、まだ13歳という年齢ゆえ、その成長をそっと見守るべく詳細は控えさせていただくが、そもそもこの『ドリームチームアカデミー』は、ノエルくんがきっかけで現在のような形になった。

 先述したように、コーチPapはイタリアでの選手としてのキャリアの後、フランスに渡り指導者としての道を歩み始めた。そしてパリ市内のクラブでコーチをしていた時に、当時8歳だったノエルくんと出会った。

 その頃はまだ荒削りで、「カテゴリーで言うならCクラスだった」とコーチPapは振り返るが、それでも何か、原石の輝きのようなものをノエルくんに見出していたという。折しも世界中を襲ったコロナ禍が、2人の運命を変えることになる。

知り合ってまもない頃の2人。コーチPapは当時、PUCというパリでは名門のスポーツクラブでAクラスのコーチをしていた(写真提供:コーチPap)

 世界各地と同様、フランスもロックダウンが実施され、外で遊ぶこともままならない状況の中、ノエルくんはその環境下でできる練習を続けていた。そんな彼に、コーチPapは室内でできる基礎練習の見本を撮影しては送り、ノエルくんがそれを実践しているところを録画して送り返す、といった動画のやり取りが始まった。

 そのうち、元気な子供たちがかわいそうだからと、多くのアパルトマンが敷地内の中庭を開放するようになると、コーチPapは自宅の中庭に彼を呼び、道具もない中、小石や空き缶を並べて、基礎テクニックの練習を始めた。

 そんな練習を続けて2カ月ほど経った頃、短時間の外出が許されるようになると、コーチPapは郊外に練習できるグラウンドを見つけ、そこにノエルくんを誘った。行動範囲も限られる中、お母さんと一緒にノエルくんは毎日そのグラウンドに通っては、コーチPapからマンツーマンで指導を受けた。

 家に帰ってからも自主練を続け、多い時では1日10時間くらいボールを蹴っていたというパンデミック下の集中練習は、ノエルくんを飛躍的に成長させた。およそ3カ月後、世の中の活動も次第に再開すると、特訓の成果を試すかのようにパリFCのアカデミーのトライアルを受け、見事に合格。結果を聞かずともひと目で他の子供たちとは別次元だとわかるほど、彼のプレーは向上していた。

コロナ禍で始めた個人練習の様子(動画提供:コーチPap)
ロックダウン中、中庭での練習風景。5年前、当時8歳のノエルくんはこの頃、リフティングも1度もできなかった(動画提供:コーチPap)

 そんなノエルくんの評判はサッカー少年たちやその親御さんの間で瞬く間に広がり、コーチPapのもとには続々と指導を依頼する子供たちが集まってきた。そうしてコロナ禍も収束し出したタイミングで、正式に『ドリームチームアカデミー』という形で、コーチPap主催のサッカースクールが始動することになったのだった。

 それから約5年が経った今では、4歳から16歳まで115人ほどが集う大所帯に成長。パリ近郊のトーナメントではほぼ負けなし。勝てない試合でもドローか、1、2点差の惜敗に持ち込むこの界隈きっての強豪軍団となっている。

「一度試合を見ただけで、何が必要か全部わかってしまう」

……

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Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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