【イタリア代表アナリスト分析】RBスタイルの京都サンガ、ファイナルサード攻略の危険度はJ1屈指
レナート・バルディのJクラブ徹底解析#7
京都サンガF.C.(前編)
『モダンサッカーの教科書』シリーズの共著者としてfootballistaの読者にはおなじみのレナート・バルディ。ボローニャ、ミランなどセリエAクラブの分析担当を歴任し、FIGC(イタリアサッカー連盟)ではアナリスト講座の講師を任されている。現在はイタリア代表のマッチアナリストとしてスパレッティ体制に引き続き、ガットゥーゾ監督を支える「分析のプロ」の目で、Jリーグ注目クラブの戦術フレームワークを徹底的に解析してもらおう。
第7&8回は、J1第24節時点で首位から4ポイント差の4位と大きなサプライズになっている京都サンガF.C.。「これまで分析してきた浦和、柏、鹿島とは明らかに異なるタイプのチーム」という曺貴裁監督のスタイルを掘り下げてみたい。前編では、このチームの最大の強みとバルディが評価するファイナルサード攻略を含めた攻撃面を分析する(本文中の数字は8月6日の取材時点)。
得点数1位、Jリーグでは異質なRBスタイル
――Jリーグ注目クラブの戦術を、ヨーロッパ基準のニュートラルな視点から分析していこうというシリーズの4チーム目は、京都サンガです。曺貴裁体制5年目を迎え、特徴的なダイレクトかつアグレッシブなサッカーがすっかり定着、一時はクラブ史上初めてのJ1首位に躍り出るなど、今シーズン最も注目されているチームの1つです。今回も直近の4試合(21~24節)を分析して、チームとしての戦術的枠組み、それを支えるゲームモデルとプレー原則を、保持、非保持のフェーズごとに見ていきましょう。
「この京都サンガは、これまで分析してきた浦和、柏、鹿島とは明らかに異なるタイプのチームです。データに目を通して見ると、まず真っ先に目につくのは得点の多さです。24試合で40得点はリーグ1位。その一方で失点も少なくはなく、29失点は上位8チームの中で最も多い数字です。もう1つ目についたのはファウルの多さ。こちらもリーグ1位で、最も多くファウルを犯しているのはCFのラファエル・エリアスです。警告数もリーグ1位。この事実を見るだけでも、どんなタイプのチームかは想像できると思います。
それを直接的に反映しているデータは他にもいくつかあります。総パス数はリーグで下から2番目の19位、パス成功率もやはり19位と、きわめて低い水準にあります。パス本数が最も多いのは左SBの須貝、次がCBの宮本です。後方からのビルドアップをほとんど行わないため、ロングボールや縦パスが大半を占めます。1試合平均のボール保持時間は18位、その一方でボールロスト数はリーグで3番目に多い」
――レッドブル・グループ(RB)系の縦に速いスタイルですよね。
「ええ。このチームは、ボール保持時、非保持時を問わず、基本的に敵陣でプレーすることを好んでいます。ボールを持ったらできる限り速やかに敵陣に送り込む、失ったら前に出てできる限り高い位置でボールを奪う。チームの重心は高く、敵陣での滞在時間が長い。後方からのビルドアップを好まず、ロングパスを多用するため、パスの精度は低くボールロストの確率も高くなります。しかし、敵陣でボールを持った時、とりわけファイナルサード攻略の質は非常に高く、前線に多くの人数を送り込み、スペースへの侵入を繰り返しながら相手の守備陣形に穴を空け、決定機を作り出します。そのバリエーションも多彩です。xG(ゴール期待値)は29.8でリーグ9位に留まっていますが、そこから40得点を挙げているのはフィニッシュの質の高さを示しています」
――全体としてボール保持を重視する傾向が強いテクニカルなリーグと言えるJリーグの中で、異彩を放っているチームの1つと言えそうです。まずは直近の基本フォーメーションを見ていきましょう。システムは[4-3-3]ですよね。7~8人はほぼ固定されているように見えます。
「GKの太田は34歳のベテランで、技術的にもパーソナリティの面でもチームのリーダーの1人です。試合中、常に周囲とコミュニケーションを取り、DF陣を統率しています。ゴールキーピングはこれまで見てきたJリーグのGKの平均的なレベルですが、低い弾道で蹴り出すブラジル式のロングキックは精度が高く、攻撃においても重要な役割を担っています。
右SBは、ここ10試合ほどは福田がレギュラーとして定着しています。左右両足を使いこなすテクニカルなSBで、大外レーンだけでなく1列中に入ったインサイドレーンでも仕事ができるタイプです。G大阪戦ではタイミングのいい走り込みからゴールも決めていました。ただ守備に関してはポジショニング、1対1の両面でやや不安があります。左SBは佐藤がレギュラー格ですが、最近は開幕当初右でプレーしていた須貝との併用になっています。どちらも大外レーンを主戦場とする標準的なタイプで、ボール保持時には高い位置まで進出して幅を確保する役割を担います。CBペアは、171cmとCBとしては異例に小柄な宮本、184cmと標準的な体格の鈴木。宮本は本来はSBのようですが、今シーズンはCBとして起用されています。空中戦でハンディキャップを負っていることは明らかですが地上戦の1対1には強く、何より長短のパスワークに優れています。ロングパスによる展開を中心に、ゲームメイクのかなりの部分を担っていると言っていいかもしれません。
3MFのアンカーに入る福岡はゲームメイクを担うレジスタタイプですが、このチームは後方からのビルドアップをあまり行わないので、仕事はむしろ敵陣まで押し込んだ後、ボールのラインより後ろに構えて左右のサイドをつなぎ、セカンドボールを拾うバランサーとしての機能が主です。単なる横パスだけでなく、サイドチェンジや裏へのフィードなどリスクを取って局面を進めるパスも少なくありません。
右インサイドハーフの川﨑は、このチームで最も質の高いプレーヤーでしたが、案の定というか、7月5日の新潟戦を最後にブンデスリーガのマインツに移籍してしまいました。視野が広くスペースを認知する能力が高いだけでなく、タイミングの感覚にも優れており、ボールを持った時のパスワークだけでなくオフ・ザ・ボールでスペースをアタックするフリーランの質も非常に高い。ファイナルサード攻略のキープレーヤーと言うべき存在でしたから、抜けた穴を埋めるのは簡単ではないでしょう。左の平戸はウイング的な側面も持つ攻撃的なタイプです」
――中盤から下と比べると、前線はやや流動的ですね。
「ええ。右ウイングはここ4試合、ブラジル人のマルコ・トゥーリオが起用されてその4試合で4得点を挙げていますが、それまでは招集メンバーから外れることも多かったようです。オーストリアとドイツで長くプレーして、今シーズン日本に戻ってきた奥川、すでに退団したブラジル人のムリロ・コスタなどもこのポジションで起用されていますね。CFは最初の3カ月で8得点4アシストを挙げたブラジル人のエリアスがレギュラーですが、5月以降故障で離脱しており、最近ようやく復帰したようです。エリアスの不在時にはベテランの長沢、あるいは原という190cm級の大型FWが前線中央に入っています。原は攻撃陣の中で最も出場時間が多く、CFだけでなくウイングとしても左右両サイドで起用されています。長身でありながらテクニックにも優れ、3ゴール7アシストという数字が示すように周囲と連携してプレーできるタイプです。左ウイングには松田が入った試合もいくつかあります」
敵陣でのプレー時間を増やすためのロングボール
――本来はエリアスと原が軸で、3人目には相手やチーム状況に応じて異なる選手が起用されているように見えますね。エリアスの故障離脱以降は、異なる構成を試しながら最適解を模索してきた印象です。トゥーリオが右ウイングで機能したことで、右からトゥーリオ、長沢、原という構成で固まった観があります。今回分析した4試合はちょうどそのトゥーリオが右ウイングに入っています。ボール保持の局面から具体的に見ていくことにしましょう。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
