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ミラノダービーでコレオグラフィが消滅した背景。「血で血を洗う」サンシーロのウルトラス抗争史

2025.04.18

CALCIOおもてうら#41

イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。

今回は、今季ミラノダービー名物であるコレオグラフィや横断幕がなぜ、一切なくなったのか――その裏にあった「血で血を洗う」サンシーロのウルトラス抗争史をレポートする。

 セリエAで最も華やかな試合といえばやはりダービー、とりわけ双方のゴール裏が時間とカネと情熱を注ぎ込んで作り上げたコレオグラフィの競演が見られるローマとミラノのそれだろう。

 ちょうど先週末に行われたセリエAのローマダービーでも、ホームのラツィオ・ウルトラスが、自分たちのゴール裏であるクルバ・ノルド(北ゴール裏)からバックスタンドまで、スタディオ・オリンピコの半周を都市ローマのモニュメント群で覆い尽くす大がかりなコレオグラフィを披露して話題を集めたばかり。

 しかし、その10日前にコッパ・イタリア準決勝のミラノダービーが行われたサンシーロの風景は、それとは対照的にひどく殺伐としたものだった。インテル側のクルバ・ノルド、ミラン側のクルバ・スッド(南ゴール裏)ともに、満員であるにもかかわらずコレオグラフィどころかフラッグや横断幕すらも見当たらず、ほぼ真っ黒な状態だったのだ。しかも試合開始からしばらくの間はゴール裏からコールやチャントが湧き上がることもなかった。

 華やかなダービーマッチには似つかわしくないこの異様な空気は、一体何が原因だったのか。実を言えば、サンシーロのゴール裏が殺風景なのは、このダービーに限った話ではない。というのも、インテル、ミランの両ゴール裏はここ半年間、ほとんど手足をもぎ取られたような状態に置かれているからだ。

原因はインテル・ウルトラス幹部間の殺人事件

 それをもたらしたのは、昨年9月末にミラノの検察と警察が共同で行った、両ゴール裏のウルトラスに対する強制捜索と、それに伴う双方のリーダー19人の一斉検挙。同時に警察当局は双方のゴール裏に対して、ウルトラスグループの横断幕やフラッグの掲出を一切禁止する処分を下しており、半年後の今もこの処分は継続している。コレオグラフィどころの話ではなく、ウルトラスとしての活動そのものが厳しい締付けの下に置かれているのだ。

 ミラノ検察は2018年から足かけ7年にわたり、両ゴール裏のウルトラスによる違法行為(暴行、傷害、恐喝、麻薬密売、脱税など)とそれに関わる犯罪組織(いわゆるマフィア)との癒着について、水面下で捜査を続けてきていた。それが明らかにしたのは、ノルドとスッド、それぞれのクルバを支配するごく数人のリーダーが、ゴール裏関連のチケット、オリジナルのアパレルやグッズのマーチャンダイジングはもちろん、試合開催時のスタジアム周辺に出店しているキッチンカーや露天商からのみかじめ料、駐車料金、果ては麻薬密売まで、合法、非合法の「ビジネス」を統括しており、総額で年間数百万ユーロに上るその「利権」を独占しているという事実だった。そればかりか、ウルトラスのリーダーたちは、その巨大な利権を巡ってそれこそ「血で血を洗う」内部抗争を繰り広げてきていた。そこには、当然のように犯罪組織も絡んでいる。

 この捜査に基づく強制捜索と一斉検挙のきっかけとなったのは、9月初めに起こったインテル・ウルトラス幹部間の殺人事件。クルバ・ノルドの「利権」を一手に取り仕切っていた絶対的なリーダーのアンドレア・ベレッタ(49)が、彼に近づくことでグループの中枢に入り込み、その利権に手をつけようとした南イタリア・カラブリア州の犯罪組織「ンドランゲタ」の幹部アントニオ・ベッロッコ(36)と対立し、当人同士が文字通りの殺し合いを演じたものだった。

 インテルやミランに限った話ではないが、ゴール裏のウルトラスはもともと、いくつものグループが群雄割拠して勢力争いと陣取り合戦を繰り返しながらも、「愛するチームを全身全霊でサポートする」という一点において連携し、コールやチャント、コレオグラフィをクルバ全体で共有して共存共栄を図るという構図で成り立ってきた。しかし、当初はチケットや遠征の手配とそこから得られるマージンくらいだった「ゴール裏ビジネス」が、オリジナルのアパレルやグッズなどのマーチャンダイジング、麻薬密売などに広がっていくにつれて、規模のメリットを追求するためにゴール裏全体を1つのグループに統合してその利権を独占しようという動きも強まってくる。そのための唯一の手段は暴力だった。

アンドレア・ベレッタ

カラビータの「群雄割拠」からボイオッキの「統合」へ

 クルバ・ノルドは長年、最古のウルトラスグループである「ボーイズ・サン69」の創設者であり、ゴール裏全体の対外的なスポークスマンでもあったフランコ・カラビータが「カーポ(ボス)」として全体ににらみを利かせながらも、7000人あまりを収容するクルバ・ノルド2階席の中に20近いグループが群雄割拠する状況が続いてきた。それに最初の変化が生じたのは、2019年のことだった。……

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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