新人への気遣い、頭の準備、新戦術の手応え、後輩の笑顔…川崎F・安藤駿介が9年ぶり公式戦出場で披露した“らしさ”の数々

フロンターレ最前線#13
「どんな形でもタイトルを獲ることで、その時の空気感を選手に味わってほしい。次の世代にも伝えていってほしいと思っています」――過渡期を迎えながらも鬼木達前監督の下で粘り強く戦い、そのバトンを長谷部茂利監督に引き継いで再び優勝争いの常連を目指す川崎フロンターレ。その“最前線”に立つ青と黒の戦士たちの物語を、2009年から取材する番記者のいしかわごう氏が紡いでいく。
第13回では、2月18日に開催されたAFCチャンピオンズリーグエリートのリーグステージ第8節、セントラルコースト・マリナーズ戦でついに、9年ぶりとなる公式戦出場を果たした安藤駿介の“らしさ”について。
3191日ぶり公式戦出場後に挙げた名前はあの新人
長谷部フロンターレの船出が始まっている。
初陣から公式戦3試合連続で複数得点と無失点を続けるなど、その旅路は順調である。そんな長谷部茂利新監督の下で川崎フロンターレが取り組んでいるサッカースタイルの変貌について触れようと思ったのだが、この2月はやはりこの男の話題を取り上げたい。
9年ぶりに公式戦出場を果たしたGK安藤駿介についてだ。2月18日に開催されたAFCチャンピオンズリーグリート(ACLE)のリーグステージ第8節、セントラルコースト・マリナーズ戦。試合は2-0で完封勝利を飾っている。
同一クラブに所属しているプロ選手として、実に3191日もの出場期間が空くのは異例である。その反響は大きく国内のみならず、海を越えてロイター通信、AP通信と並び世界三大通信社の1つであるAFP通信(Agence France-Presse/フランス通信社)からも取材を受けたほどだ。
なお、この取材自体は試合出場とは関係なく事前に設定されていたもので、試合出場のタイミングと重なったのはまったくの偶然だったという。
試合の1週間ほど前に、フランスのAFP通信から取材依頼が来ていることを広報から伝えられ、「……フランス?」と最初は驚いたが、「拒むものではないので」と了承。すると取材日前日の試合で出場機会がめぐってきたという順番だった。「超偶然です。いいめぐり合わせになりましたね」と本人も笑っていた。この記事の反響は大きく、自身のInstagramには海外のサッカーファンからもメッセージが届いたそうである。
個人的なことで言えば昨年11月、「チームを陰から支えるベテランGKの矜持」という特集テーマでロングインタビューを行ったばかりである。この時点で8年間、公式戦から遠ざかっていた。かつ、同年9月から開幕したACLEの大会エントリーで登録外になった背景もあり、プロになってから初めて心が折れそうになるほどの苦しい時期だった。
あれから約3カ月後。
登録外だったこの大会で出場機会をつかみ取ったのだから、人生は不思議だ。試合後、多くの報道陣の囲みの輪が解けた後、そこに対する思いを聞いてみると、彼は「本当に、それはめちゃくちゃあって……」と、当時の心境を振り返りながら言葉を続けた。
「悔しさもあって落ち込んだので。(大会が)年を跨いでくれて良かったです。去年はチャンスすら絶対になかったから。今年だったら神橋良汰が登録外だと思うんですよ。そこの気持ちがわかる。それは僕の人としての強みでもあると思います」
そう言って、自分のことよりも、大会に登録されていない新人のことを慮っていた。試合に出られない選手の気持ちが誰よりもわかる、安藤らしい言葉だった。

「裏へのケア」に表れたシミュレーションの成果
安藤が自分がスタメンだとわかったのは、試合前日のことだ。普通は練習後にチームメイトやコーチ陣から期待の声をかけられるものだが、この時ばかりは練習中から「やっときたね」と言われた。気持ちは高まったが、本人はごく冷静だった。
試合に向けてやるべき準備も、普段と変わらない。クラブハウスを出て、帰り道の車内では頭の中でシミュレーションを行った。練習試合がある時でもそうだったように、試合で起こり得る様々なシチュエーションを想定し、そのイメージを膨らませるのである。それが安藤にとっての大切な儀式だった。……



Profile
いしかわごう
北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。Twitterアカウント:@ishikawago