現代サッカーの残酷なまでの縮図。アーセナルvsシティの大差決着が示す「ハイプレス>ビルドアップ」の傾向

新・戦術リストランテ VOL.52
footballista創刊時から続く名物連載がWEBへ移籍。マエストロ・西部謙司が、国内外の注目チームの戦術的な隠し味、ビッグマッチの駆け引きを味わい尽くす試合解説をわかりやすくお届け!
第52回は、5-1という大差で決着したプレミアリーグ第24節アーセナルvsマンチェスター・シティが示した現代サッカーの残酷なまでの縮図、「ハイプレス>ビルドアップ」の傾向について考えてみたい。
ビルドアップの「コスト」と「リターン」
プレミアリーグ第24節、アーセナルvsマンチェスター・シティは5-1と思わぬ大差がつきました。このゲームは今季のプレミアリーグ、あるいは現代サッカーの縮図とも言える内容だったかと思います。
2分でアーセナルが先制しています。これが1つの典型ですね。シティのビルドアップを引っかけてエデゴーがゲット。シティのビルドアップにおけるミスからの失点、アーセナルのハイプレスによる得点です。
6分にアーセナルが再びハイプレスで奪ってマルチネッリがゴールしますが、こちらはオフサイド。しかし、10分も経たないうちにシティはビルドアップを2度も失敗したことになります。シティでそうなら、世界的にもそういうことと考えていいでしょう。
つまり、ハイプレスとビルドアップの攻防はハイプレス側が優位だということです。
しかし、シティは安易にロングボールに頼ることはしません。ハイプレスにはめられてピンチになる、場合によっては失点するというのは、シティのようなチームにとってはいわば「コスト」だから。コストを払っても、ビルドアップすることでのメリットの方が大きいと考えているからです。
事実、シティは落ち着いてボールを動かしながら、じわじわとアーセナルを後退させていきました。1点リードしているアーセナルはローブロックを築きます。ビルドアップでは無理をせず、GKからのロングボールを多用。アーセナルは点差、状況に応じて割り切ったプレーをしますね。
26分、またもアーセナルがハイプレスで奪いますがハフェルツがフリーのシュートを外します。ハイプレス有効。ただ、シティもすべてのビルドアップを失敗しているわけではなく、ほとんどは確実に敵陣まで運んでいる。ですから、「ハイプレス>ビルドアップ」という傾向はあるにしても、まだシティが保持しないまでの理由にはなりません。
問題はここからです。リスクは高くなったけれども、ビルドアップで敵陣へ運ぶことはできる。一方、ハイプレスで1、2回は決定機を作られるかもしれない。カウンターアタックで2回くらい大ピンチになるかもしれない。これを許容するには、ボールを保持して押し込めば5回くらいの決定機は作れるという計算が立たなければいけません。このあたりが分岐点になるわけです。もし、それが成立しないのであれば、現代サッカーでは保持したら負けということになります。
では、シティは何回の決定機を作れたでしょうか。あるいはそのための仕組みを持っていたでしょうか。この視点から、アーセナルvsシティを見てみたいと思います。
「前で受ける人」にパスが入る条件
パスワークの基本的な概念を図にしてみました。ボールを持っている人、前で受ける人、下につく人。この3カ所がベースになります(図1)。……



Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。