ジャーメイン良と田中聡が即フィット。トルコキャンプで見えてきたスキッベ広島、4年目の進化

サンフレッチェ情熱記 第20回
1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第20回は、サンフレッチェのトルコキャンプを密着取材した筆者が期待の新戦力ジャーメイン良と田中聡がチームにどうフィットしていっているのか、そして4年目を迎えたスキッベ広島の確かな進化を伝える。
トルコキャンプでも「まずはゲーム。常にゲーム」
ミヒャエル・スキッベ監督は、したたかだ。
2024年の広島と2025年バージョンは戦術的な違いがあるはずなのに、そこについてのコメントは一切ない。
「キャンプの目的は体力強化。シーズンを闘う体力、走力をつくってもらう」
彼は確かに、こう語った。トルコキャンプが終了した1月23日にも「宮崎でも走ってもらう。準備期だからね」と言い切った。
いやいやいや。トルコキャンプでの11日間、素走りメインのトレーニングなど1度もなかったではないか。フィジカルコーチには「素走りのメニューを増やしていいぞ」と指示も出したようだが、もしそうなったとしても、絶対にボールを使ったゲーム形式のトレーニング時間は減らさなかったはずだ。
キャンプ2日目のトレーニングからフルコートの紅白戦。10分×2本のセットが、午前練習も午後練習でも行われた。そして翌日にはさっそく、トレーニングマッチ。試合は午後からだったが、午前中にもトレーニングを行っている。
「きついっす。This is HIROSHIMAっすね」
今季新加入FWのジャーメイン良は、苦笑い。同じく新加入のMF井上潮音も「きつい。だけど、それに早く慣れていかないといけない」と決意を口にした。
「ジャーメインも、シオンも、そしてスガ(菅大輝)ちゃんも、移籍してきた選手たちはみんな、驚いたって言っています」と語るのは、磯部峰一フィジカルコーチだ。
「実は彼らには、加入が決まった時に電話しているんですよ。トルコに移動して3日目、実質2日目から練習試合があるから、身体と気持ちの準備をしておいてくれって。その時は『わかりました』って答えていたんですが、あとで『本当にやるんですね』と言っていましたからね(笑)」
常識的な感覚で言えばスプリングキャンプは、低強度の有酸素運動から入って心拍数をあげ、そこから強度をあげてスプリントを繰り返し、闘える身体のベースをつくっていくことが優先される。しかしミヒャエル・スキッベ監督は今季3度目のキャンプで1度も、そういうステップを踏んだことがない。まずはゲーム。常にゲーム。そういうトレーニングでチームをビルドアップしてきた。
常識外れとも思えるこのやり方だが、実は理に適っていることがすでに証明されている。
最近はどこのJクラブもそうだが、GPSを使った測定機器によって、試合中や練習中の走行距離・動き方等がデータ化されている。そのデータを解析してみた結果、プレシ一ズンに必要な低強度の有酸素運動等は紅白戦やトレーニングマッチの中で確保できているというのだ。
「実際、シーズンに入ってみた時に他のチームと比較して体力的に劣っていた――そんなことはないわけです。(スキッベ監督のやり方で)十分にやれているのに、わざわざサッカーとは関係ない走りをやる必要もない。例えば無酸素運動のところについては、データを見て足りていないとなるとインターバル走などで入れるようにはしていますが、数字上でも実績としても十分にやれている確信はありますね」(磯部コーチ)
ACLでの過密日程をにらんだハード調整
それにしても、今回のトルコキャンプでは試合の数が半端ない。11日間で5試合。最後の2試合については2日連続で行っている。試合日は必ず午前中にトレーニングを入れ、セットプレーやポゼッショントレーニング、クロス練習等を行うスケジュール。「試合といっても1人45分ずつだからね。トレーニングの方が負荷は高いでしょう」とスキッベ監督は笑う。もちろん、フルコートのゲ―ムがどれほどの強度になるか、わかった上での発言だ。
こういう強化スケジュールになった1つの理由は、今季の過密日程にある。
広島の公式戦初戦は2月8日、富士フィルムスーパーカップだ。そこからACL2ベスト16のベトナム遠征(ナムディン戦)がミッドウィークに入り、2月16日にJ1開幕(町田戦)と広島を離れての3連戦。その後もミッドウィークでの試合が続き、3日2日の横浜FC戦まで7連戦が続く。さらにACL2のベスト8進出が決まれば連戦は8に伸びる。
ACL2は5月までだが、秋にはACLエリートへの参戦が決まっている広島。年間60試合という多忙さも視野に入ってくる中では、とにかく「連戦慣れ」をしておく必要がある。だからこそ、キャンプで11日間5試合という強烈な日程をこなす必要があるわけだ。そして試合をこなす中で並行して、身体づくりもやっていかねばならない。一方で、ケガのリスクも最小限に抑える必要がある。監督が選手たちのプレー時間を45分に限定させたのも、そのためだ。
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Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。