「ヤットさんのプレーをイメージしている」大分・長沢駿の変身。35歳にしてキャリアハイ更新?
トリニータ流離譚 第13回
片野坂知宏監督の下でJ3からJ2、そしてJ1へと昇格し、そこで課題を突きつけられ、下平隆宏監督とともにJ2で奮闘、そして再び片野坂監督が帰還する――漂泊しながら試練を克服して成長していく大分トリニータのリアルな姿を、ひぐらしひなつが綴る。第13回は契約満了からの再契約で大分でプレーする長沢駿が、チームトップの6ゴールを記録している背景に迫ってみたい。
5月の長沢駿は第13節のヴァンフォーレ甲府戦と第15節の愛媛FC戦でそれぞれ1ゴールを挙げ、現在6得点でチーム得点ランク首位。J2リーグランキングでも上位をキープしている。新たなスタイルを浸透している途上にして負傷者多発で苦しんでいるチームにとって、成熟しながら勝ち点を得ていくためにも心強い存在だ。
サッカーどころ清水に生を受け、地元の少年団を経て清水エスパルスアカデミーで育った。2007年にトップチームに昇格してプロとなり、今季で18シーズン目。その間に渡り歩いたのは、J1とJ2を合わせてのべ9チームに上る。長沢自身のキャリアハイはガンバ大阪でプレーしていた2017年J1での10得点。今季はシーズン前半戦のうちに、それを更新するペースでゴールネットを揺らしている。
昨季で契約満了通告「今サッカーができていることが幸せ」
昨季終了後にいったん、大分トリニータを離れていた。長沢にとっては人生初の契約満了で、それを言い渡された日には頭が真っ白になった。
「その日にどうやって家に帰ったか覚えていないし、それから1週間くらいは眠れなかった」
大分で3年間を過ごし、その間にはコロナ禍も乗り越えて、周囲に知り合いも増えてきたタイミングだった。例年より長いシーズンオフは、次の所属チームを探す日々。いくつかオファーはあったものの、いずれにも決めかねたまま、毎日、河原を走っていたという。
状況が一転したのは1月も半ばを過ぎた時だった。17日のトレーニングで、大分が今季の得点の柱と期待していたサムエルが右アキレス腱を断裂。福岡市内の病院で手術し母国ブラジルでリハビリを行うことになったのを受け、クラブは即、長沢との再契約へと動いた。大分で借りている家もまだそのままにしていた長沢は即決。すぐにチームに合流し、25日からスタートした宮崎キャンプで徐々にコンディションを上げると、開幕のベガルタ仙台戦に間に合ってベンチ入り。56分からピッチに立つと、83分に薩川淳貴のマイナスのグラウンダーを倒れながらゴールへと押し込み、同点弾を挙げた。
「ちゃんと帰ってきたぞというのを示せたとは思うけど、まだ1試合しか終わってないし、1シーズン通して活躍しないとこの世界ではやっていけないので。そこを自分に言い聞かせ、気を引き締めて、まだまだだぞと思いながらやっていきたいです」
勝てればもっとよかったのだがと試合後に話す長沢に、一度は契約満了になった悔しさを見返す気持ちはないのかとあえて訊くと、こんな答えが返ってきた。
「いや、そこは考えないようにしてます。満了になって悔しい思いをしたと思っているのはもったいないかなと。それよりも今サッカーができていることが幸せだなというふうになっていっているので。正直、1カ月前には、このメンバーに入れていること自体が考えられない状況だったので。楽しみながら今日はやれたと思います」
トップ下で掴んだ新境地
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Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg