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イングランドとイランの明暗を分けたもの――極限の状況で見出された、「日常」の価値

2022.11.25

深堀り戦術分析スペシャルレビュー

1966年大会以来となる悲願のメジャータイトル獲得を目指すイングランド代表に、FIFAランキングアジア最上位のイラン代表が挑んだ一戦は、6ゴールを挙げたイングランドの快勝に終わった。この試合を分析した五百蔵容氏が挙げたキーワードは「日常」。この試合だけでなく、大会を通してカギとなりそうという観点からゲームを振り返る。

「前に出る」というイラン代表の「日常」

 カルロス・ケイロスのイラン代表は一時期、「アジア最強チーム」と言われていました。

 [4-3-3]で前向きにディフェンスし、縦に鋭く攻める。選手個々の体も強く、上背がなくても重心低く当たれる選手が多い。チームとしてのインテンシティが高く、ロシアW杯グループステージでの戦いのように、強豪にも臆せず立ち向かう……。2019年のアジアカップでも、そんな力強いプレーで対戦相手を次々と退け、日本代表と準決勝であいまみえます

 森保一監督はロングボールを巧みに使い、彼らの出足を削ぎ続け、思うように前に出させず、裏返し続けました。正面衝突で主導権を握られることで、ではなく、暖簾に腕押しのような格好で背走させられ続け、「日常」(=自分たちのやり方、ゲームモデルに即したプレー)を過ごせなくなったイラン代表は先制されると、そのまま自滅のような形で一敗地に塗れました。

 カタールW杯の事前準備試合となる9月のウルグアイ代表戦を見た限り、イラン代表は今度こそ「日常を手放さない」と決意しているように見えました。南米のインテンシティを体現する同チームと正面衝突を選択し、ミドルゾーンから果敢に前進してのディフェンスを敢行。撤退する基準もはっきりしており、ウルグアイのアタッカーを引き込んで、DFライン、アンカー、インサイドハーフで縦横に挟み込んでいく。一歩も引かぬ戦いを展開し、こう着状態を作り出して見事なカウンターを決め勝利を収めました。

 ペルシャ湾を挟み、今大会開催地カタールの対岸に広がるイラン高原を古代から占める中東の雄としての存在感を存分に発揮し、悲願のグループステージ突破をつかみ取る準備は万端のようでした。

試合前、全員で祈りを捧げるイランの面々

「日常」と異なる設定でも、「日常」を維持することはできるか――イラン代表の賭け

 ところが、GS第1節となるイングランド代表戦で、彼らは慣れ親しんだシステム、前に向かうやり方を捨てて[5-3-2]〜[5-4-1]の布陣で撤退して戦うことを選びます。

 この選択は、論理的には極めて筋が通っていました。

 イングランドがこの日選んだフォーメーションは、[4-2-3-1]。3バックのオプションも持つ彼らが、より多くボールを握り、攻撃に時間をかけられると見なせる相手に対し、採ってきた選択です。つまり、イングランドはボールを握れること前提で試合に入ってきます。

 WG(SH)はワイドでもインサイドでも仕事ができ、特に高い位置で中央(ハーフスペース)に絞ってプレーすることを得意とする選手ばかり。CFのハリー・ケインを2枚のCBで監視する必要があると考えると、インサイドに入ってくるイングランドのWGとセカンドアタッカー(トップ下)に対し、彼らをDFラインの前方に置き、その視野内で動向を監視することが極めて難しくなります。

 そうなると、2CB+2SBのシステムでは中央やCB〜SB間をプロテクトすることが困難になる上、その埋め合わせのためにインサイドハーフが低い位置に吸収され、イランが本来やりたい守備とカウンターが成立しなくなることが考えられます。ケインとハーフスペースへの侵入者をDFラインで過不足なく監視しつつ、インサイドハーフを少し高い位置に置いてプレスバックとポジティブトランジション時の起点として攻守に効果的にプレーさせようとするのであれば、3CB+2WBというDFラインに3センターハーフという選択は悪くありません。

 実際に試合が始まってみると、イランのプランが明確に見えてきました。

 [5-4-1]で自陣に撤退しつつ、ミドルゾーン自陣側にタックルラインを引き、そこからプレッシングを仕掛けます。中盤は基本的に3センターハーフ(アンカー+2インサイドハーフ)ですが、セットDF時には左のインサイドハーフの3番(エフサン・ハジサフィ)が左サイドにスライドし、右のアタッカーである7番のアリレザ・ジャハンバフシュが落ちてきて、3センターハーフ+1でで4枚の中盤を形成します。

 中央の2枚(アリ・カリミ、アハマド・ヌロラヒ)が中央を締め、ハジサフィとジャハンバフシュは同サイドのWB、CBとともにそれぞれのハーフスペース〜ワイドに渡ってトライアングル、チャレンジ&カバーの関係を形成。5レーンでアタックするイングランドに対して各レーンをあらかじめ埋めてしまい、ハーフスペースを締めつつ外側にアタックを押し出す、ハーフスペースへの侵入に対し前後から厳しくプレッシングをかける準備ができていました。ボールを敵陣に追い出すと、ジャハンバフシュが上がりCFメフディ・タレミと2トップを形成、[5-3-2]で押し出していきます。

 イングランドの中央を締める2DHのうち、ジュード・ベリンガムはアタックに参加していることが多く、イランがボールを奪った瞬間、イングランドのバイタルエリアはデクラン・ライス1枚の可能性が高くなります。SBが彼をカバーするためにハーフスペースに絞った場合には、外側が空くことになります。イランは変則的な2トップで入っているため、イングランドが空けるそのスペースを選んで侵入し、自陣で奪ったボールを引き取りキープし、カウンターの起点を作る計画だったのでしょう。

 イングランドは、3バック採用時はバイタルエリアに生まれるスペースへの侵入に対し積極的にCBが前に出て危険を摘み取りますが、4バック(2CB)で入ったこともあり、少なくとも配置上はバイタルエリアのどこかにスペースを生み出しやすいプレー構造になっていました。自陣深くに引き込んで、イングランド陣に複数の起点を作りカウンターする、というイランのプランは可能性のあるものだったと言えるでしょう。

 前半立ち上がりの積極性を見ても、本来のやり方に背馳するような格好でエリアを下げたとしても、選手たちが前に出る意識を強く持てるようカルロス・ケイロスが準備・指導していたのは明らかでした。

身振り手振りを交えて戦況を見つめるカルロス・ケイロス

「日常」に帰れなくなる者、帰り続ける者

 ところが、時間が経過するに従ってイランの動きが鈍くなっていきます。……

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Profile

五百蔵 容

株式会社「セガ」にてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。ゲームシステム・ストーリーの構造分析の経験から様々な対象を考察、分析、WEB媒体を中心に寄稿している。『砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?』を星海社新書より上梓。

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