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なぜ日本がボールを支配できた? 「敬意」と「過信」に揺れたイラン

2019.01.29

林舞輝の日本代表テクニカルレポート第8回:日本対イラン

英国チャールトンのアカデミーコーチ、ポルトガルのボアビスタU-22のコーチを経て、昨年末に「23歳のGM」としてJFL奈良クラブGMに就任した林舞輝が、日本代表のゲームを戦術的な視点から斬る。第8回のテーマは、サウジアラビア戦では23.7%のボール支配率に終わった日本が、下馬評では不利と言われていたイラン相手になぜボールを支配できたのか。

 アジア最強の名を背負ってきた日本とイランの準決勝。この準決勝の前半を一言で表すならば、「ビッグトーナメントの決勝戦っぽい」だった。

 日本もイランも、奪ったらリスクをかけずに前線のFW目がけてボックスに放り込むというのが前半の主な形だった。日本が蹴り、イランが跳ね返す。イランが蹴り、日本が跳ね返す。裏へのロングボールでFWとCBの一騎打ちを挑む。互いに主導権を放棄してでもリスクは背負わない。基本的にはこの展開だった。見た目はアグレッシブに戦っているように見えるが、肝心なところでリスクはまったくかけない。ロングボールを蹴り合い、セカンドボールを拾い合う。両チームともCBがしっかりしているので、裏への1本のボールやシンプルにボックスに放り込むだけでは組織は崩れず、よほどのミスがない限り試合が動かない展開だった(まさに日本は21分の自陣でのミスで失点しかけたが……)。「失うものが多過ぎる」決勝戦にありがちな試合模様、まるで西ドイツ対西ドイツを観ているかのような内容だった。

大迫効果とイランの曖昧なプラン

 その中で、日本とイランの大きな違いになったのが、この試合から完全復帰した大迫だ。両チームの差は何かと訊かれたら、「大迫の存在そのもの」と言っても過言ではなかったかもしれない。攻撃では、コンパクトになっているイランの組織の間、人と人のギャップのスペース、左右のハーフスペースでボールを受け、相手を背負いながらボールを収め、周りの選手を生かす。特に、イランのブロックの構造的欠陥であるアンカー脇でボールを引き出しセオリー通りに崩したのは、大きかった。守備でも大迫の復帰がすべてを好転させた。大迫の離脱以来ずっと課題であった、ボールを執拗に追いかけ回していたが本当に追いかけ回しているだけのファーストプレスが、一気に改善された。ただむやみにプレスに行くのではなく、危険なパスコースを封じ相手の選択肢を限定し、味方の守備を助ける。ハイプレスのスイッチの入れ方も明確であったし、アンカーを消しながらの細かい気遣いのできるプレスが背後の日本守備陣の仕事を簡単にさせていた。例えば、大迫は相手CBにプレスに行きながらその数十メートルのダッシュの間に2回も後ろに首を振り相手と味方の配置を確認するシーンが見られた。こうしたマメで地味な隠れたファインプレーは、まさに若い選手たちの見本となるプレーだろう。

 日本が前半ボールを支配できたことが、後半イランに追い上げるエネルギーが残っていなかったことに繋がった。日本がボールを持てた理由の一つが、イランの[4-1-4-1]の中盤逆三角の組織ブロックが噛み合わなかったことと、イランの日本へのリスペクトが中途半端だったことにある。イランの[4-1-4-1]は日本の[4-4-2]に噛み合わせが合わず、日本のボランチ2枚を抑え切れずにいた。これだったら、シンプルに[4-4-2]で日本の[4-4-2]に対してオールコートのマンツーマンのような形の方が、まだマシだっただろう。

 また、イランの[4-1-4-1]は中盤が1列前に食いついたり両サイドMFが最終ラインまで下がったりと、[5-3-1-1]や[5-4-1]、時には6バックのような形にもなる流動的な構造を持っている。これ自体はイランはアジアカップに限らずずっとやり続けている仕組みなのだが、そのライン設定やプレスのかけ方があまりに曖昧過ぎたのがまずかった。理由としては、自分たちがボールを持てる前提のプランを組んでいたのに思ったより日本がうまくて戸惑い、前から奪いに行く選手と1回引いて組み直したい選手で意思統一がバラバラになったか、その逆で、ある程度引いて守ろうとしたのに思ったより奪えそうだから色気づいてしまったか、だ。

 どちらにしても、日本を舐めるなら完全に舐めてくれた方が面倒だったし、リスペクトするならリスペクトするで完全にひれ伏して引いて守られた方が日本は苦しかった。今までのレポートでも書いた通り、今回の日本代表は相手に引いて守られた時の攻撃が非常に苦手だからだ。イランの中途半端なリスペクトは日本にとって好都合だった。中途半端に前に出てきたが、プレスの仕組みもあやふやなのでスペースができボールが回るという循環は、ベトナム戦の後半にもよく似ていた。

それぞれ前線と最終ラインでハイパフォーマンスを披露した大迫と冨安

「塩試合→後半の畳みかけ」の必勝法

 「勝てる気はしないけれど、かと言って特に負ける気もしない」というような内容の前半のあと、後半はどちらが息切れするか、もしくは大きなミスを起こすか、というある種の我慢比べになるのは目に見えていた。我慢比べに勝ったのは、日本だった。イランは大きなミスを起こし、前半の日本のボール保持もあって息切れしてしまい、追い上げるエネルギーが残っていなかった。

 イランの1つ目のミスが日本の先制弾になる。柴崎が針の穴を通すパスでイラン組織に穴を空け、大迫が収めて2列目から飛び出す南野のスペースへ。ペナルティエリアの手前で南野が倒れるその瞬間、ボックス内からイランの選手3人が飛び出し、計5人のイランの選手が審判に対し強烈なゲーゲンプレスをかける。南野はプレーを続け、ゲーゲンプレスをかけたイランのディフェンダーが残した後方のスペースにクロス。大迫が決めて先制。そのわずか7分後、今度はイランが自陣で容易にボールを奪われ、ハンドにより日本がPK獲得。2つの大きなミスを2つとも得点に結びつけた決定力と、ここぞというところでの勝負強さは、アジアでの「格」の違いを見せつけた格好だ。そして、前半で塩試合をしつつ相手を消耗させ後半に畳みかける形は、4年で3度Jリーグを制覇した時のサンフレッチェ広島の勝利の方程式であり、非常に森保監督らしいと言えるだろう。

 立て続けに失点したイランだが、総攻撃を仕掛けられるほどの力もアイディアもほとんど残っていなかった。形は相変わらずロングボール一辺倒であったために、日本の守備陣は崩せず。焦ったイランは不要なファウルが増え、どんどん攻撃陣と守備陣が離れる状態へ。間延びしたままロングボールを送るだけで、カウンターで3対2や4対4が生まれたりと、日本が得意のカウンターを繰り出せる環境が整っていく。こうなってくると、日本は、強い。オープンな中で柴崎が一撃必殺パスを、原口が走力を、スピードのあるアタッカー陣がそれぞれの強みを存分に発揮していく。そして、ショートカウンターから原口がトドメを刺し、試合終了。

後半アディショナルタイムに駄目押しとなる3点目を挙げた原口。自身代表通算10点目の記念すべきゴールとなった

アジアの守備組織は崩れるのが早い

 今回のアジアカップ全体の傾向として、どんな小国でも驚くほど整った組織を作れるようになった一方、その組織が崩れていくのが早いというのがあるように思う。トルクメニスタンですら組織的な[5-4-1]を作り、オマーンも非常に良い構造の[4-4-2]を準備していた。ベトナムやタイなども、以前のアジアのレベルとは比べ物にならないほどの組織力を手にした。これは、アジアの大きな進歩であるし、世界各国から実績と能力のある監督をナショナルチーム・クラブチームを問わずどんどん迎えている影響もあるだろう。そのポジティブな発展がある一方、その組織が崩れるのが世界トップレベルに比べると非常に早い。

 もちろん、欧州各国トップリーグの試合を観ていても、最後10分ぐらいからは組織のいろいろな約束事が吹っ飛び、誰も予想できないような、良く言えばスリリング、悪く言えば無秩序な戦いになる。だが、今回のアジアカップを観ていると、日本の対戦国もそうであったが、欧州トップリーグよりも10~20分ほど早く組織が崩れ、規律が吹っ飛び、ぐちゃぐちゃな展開になってしまう。イランも準決勝までの戦いでの桁外れの組織力がまるで真っ赤な嘘かのように、無秩序な状態になってしまった。戦術慣れの違いか、集中力など頭やメンタルの問題なのか、スコアに応じたマイナーチェンジができないなど適応力の問題なのかわからないが、ここは今回見えた新たなアジアサッカーの課題と言えるだろう。

 危なげなく決勝に進んだ日本。ここまで勝負強く、守備が堅い日本代表は見たことがない。長友―吉田冨安―酒井の守備陣は、4試合でいまだ無失点だ。それも、オマーン、サウジアラビア、ベトナム、イランという決して楽な相手ではなかった。驚異的な数字と言える。ロングボールの応酬が続く試合でも一歩も引けを取らないどころかむしろ強さを発揮できるという日本代表は、今までになかっただろう。クロスを放り込まれようがパワープレーで来られようが、まったく怖くなく、余裕がある。決勝戦でも、この異常なまでの勝負強さと、サウジ戦で指摘した通りの「自分たちが勝つサッカーではなく、相手が負けるサッカー」を貫くはずだ。アジアの覇権奪還への期待が膨らむ。

2大会ぶりのアジア制覇へ。決勝は2月1日、UAE対カタールの勝者と対戦する

AFCアジアカップUAE2019 テレビ放送予定

地上波放送:テレビ朝日系列にて生中継!
https://www.tv-asahi.co.jp/soccer/asiancup2019/

BS放送:NHK BS1にて生中継!
https://www1.nhk.or.jp/sports2/daihyo/index.html

Photos: Ryo Kubota

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。