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「育成のパイオニア」オセールの歴史を築いた名会長が死去

2020.06.18

 6月2日、フランス・リーグ2のオセールは、1963年から2009年までクラブの会長を務めた、ジャン・クロード・アメル氏の死去を発表した。享年90歳。

 オセールでデビューを果たした元フランス代表FWジブリル・シセは「私のキャリアで最も重要な人物の1人がお亡くなりになった。私と家族のためにしてくれたことに本当に感謝している」とツイッターに投稿している。

アメル氏死去の一報と、それに対するジブリル・シセの反応

 フランス屈指の育成の名門のオセールの歴史を築き上げ、フランスサッカー界にも大きな影響を与えたアメル氏の死去には、フランスメディア、各クラブ、スポーツ大臣などから追悼メッセージが寄せられた。

名伯楽ギー・ルーと並ぶオセールのアイコン

 ワインの「シャブリ」の名産地で、広大なぶどう畑が並ぶオセール。人口4万人に満たない田舎町にあるクラブは、1904年に地元のアベ・デシャン神父により創設された当時から「アソシアション・ドゥ・ラ・ジュネーゼ・オセロワ(オセール青年協会)」という名前の通り、地元の青少年がスポーツに励む場であり、長年ブルゴーニュ地方の地域リーグに所属していた。

 1961年、当時21歳のギー・ルーがプレーイングマネージャーに就任。燃料費を節約するために近隣の木を伐採して薪にしつつ冬場を過ごすほど深刻な財政難に陥っていたが、1963年に地元オセールで自動車整備事業を営み、成功を収めていたアメル氏がクラブの会長となった。ともにオセールでプレーしていたアメルとギー・ルーにより、クラブの命運は大きく様変わりすることとなる。

 創設者であるデシャン神父の頃から、クラブは地元の青少年がスポーツに取り組む場を作るために、土地を購入し続けた。創設者の意志を受け継ぎ、アメル氏もまた私財を投資してトレーニング施設を充実。ピッチ内ではギー・ルーが手腕を発揮し、1975年には2部に昇格。78-79シーズンにはヨゼフ・クローゼ(ミロスラフ・クローゼの父)の活躍もあり、フランスカップ準優勝を果たした。

フランスカップの賞金で育成機関立ち上げ

 1979年にはフランスカップで準優勝し、100万フランの賞金を手にした。1980年にクラブ初の1部昇格を果たすが、アメルとギー・ルーは選手の獲得よりもクラブの施設充実にカップ戦の賞金を費やすことを優先させた。当時のフランスでは珍しかったクラブ保有のスタジアム「スタッド・アベ・デシャン」を5000席から2万3000席へ拡張させ、ピッチにはフランスでは初となる芝生暖房システムを導入した。

 1982年には農場を買い取り、クラブ保有の育成機関「ル・サントル・フォルマシオン・ドゥ・AJ オセール・アカデミア」を創設。住居施設、2つのピッチ、スイミングプール、サウナ、教育施設も兼ね、当時のフランスでは最新鋭の施設を手に入れた。トップから育成年代まで、一貫して「4-3-3」という同じフォーメーションに取り組んだ。

 東欧や北アフリカからの有望株を開花させ、ビッグクラブでくすぶっていた選手を復活させる方針は徹底しており、アメルが会長職を務めていた約45年間で南米出身選手は2人しかいないなど、選手獲得方針も異彩を放っていた。

 画期的な育成施設を保持するオセールはエリック・カントナやバジール・ボリ、ジャン・マルク・フェレーリ、ブリュノ・マルティニなど、数多くのフランス代表選手を輩出し、ベルナール・ディオメドとリオネル・シャルボニエは1998年W杯の優勝メンバーになった。

栄光に満ちた1990年代

 アメルとギー・ルーのクラブ施設への投資は、1990年代に最盛期を迎えた。

 1989-90シーズンのUEFAカップ(現UEFAヨーロッパカップ)でのベスト8進出を皮切りに、1992-93シーズンのUEFAカップでは2年間無敗だったアヤックスの無敗記録を止めてベスト4に進出。1995-96シーズンには国内リーグと国内カップ戦の2冠を果たし、翌年のUEFAチャンピオンズリーグでは再びアヤックスを破ってベスト8に進出した。

 2000年代はマネーゲーム化していく欧州の流れに押されつつも、ジブリル・シセやフィリップ・メクセス、オリビエ・カポなどフランス代表選手を輩出し、2001-02シーズンのフランスカップで優勝。シセ、メクセスらを放出後も、バカリ・サニャ、ユネス・カブールなどフランス代表を輩出し続け、ギー・ルーが勇退する2005年にもフランスカップを制した。

 アメル氏は会長職をアラン・デュジョンに譲るまでの46年間で、ワイン畑に囲まれた小さなクラブから数多くのプロ選手を輩出し、リーグ優勝1回、カップ優勝4回を達成した。また、U-18は18歳以下のフランスカップ「クプ・ガンバルデッラ」で最多7回の優勝を記録している。

中国人実業家が買収

 現在のオセールは、2012年に2部降格後、8年間抜け出せずにいる。10-11シーズンにはCL出場を果たしたものの、2011年に就任したジェラール・ブルゴワン体制での補強失敗により最下位で降格。その後は深刻な財政難でクラブ存続の危機に陥り、2013年には財政問題によりプロライセンス剥奪の危機に陥った。

 2016年には中国人実業家のチョウ・ユンジェ氏に買収された。ワイン愛好家でボルドーとオーストラリアにワイン畑を所有しているチョウ氏は、フランスで最も成功している育成組織を持つオセールの哲学を中国に生かしたいと目論み、2018年から中国・安徽省の蚌埠(ボンブー)市で、「AJ オセールアカデミー」を設立した。現在はコンゴにもアカデミーがあり、フランス国外での育成にも力を入れている。

 地元のデシャン神父が「地元の青少年の育成」のために設立されたクラブを引き継ぎ、40年以上に渡って会長を務め、フランス屈指の育成機関を作り上げたジャン・クロード・アメル。

 地方紙『ヨンヌ・レパブリック』によると、ギー・ルーは「ジャン・クロードとは出会ってから40年以上をともにした。彼は知的で、常に寛大で、兄のような存在だった。彼の存在なくして、私とオセールの成功はなかった」と感謝の意を述べた。


Photo: Getty Images

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Profile

シェフケンゴ

ベルギーサッカーとフランス・リーグ1を20年近く追い続けているライター。贔屓はKAAヘントとAJオセール。名前の由来はシェフチェンコでウクライナも好き。サッカー以外ではカレーを中心に飲食関連のライティングも行っている。富山県在住。