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クラブ史上最高の買い物。ビタリー・ヤネルトのブレントフォード移籍秘話

2023.11.11

 データを用いたスカウティングによる賢い補強でプレミアリーグに定着したブレントフォード。そんな彼らにとって、最も「お買い得」だった選手は誰なのか。

 候補は何名もいると思うが、そのうちの1人がMFビタリー・ヤネルト(25歳)だろう。3年前、当時ドイツ2部のボーフムでくすぶっていた選手は、今ではブレントフォードに欠かせない戦力となっているのだ。

クラブで不遇も、年代別代表では活躍

 2020年10月、当時イングランド2部に所属していたブレントフォードは、ボーフムからわずか50万ポンドでヤネルトを獲得した。データサイト『Transfermarkt』によると、当時のヤネルトの評価額は60万ユーロ(1億円)。それから3年で、評価額は30倍の2000万ユーロ(30億円)まで高騰した。そんなお得な補強の経緯を、クラブのテクニカルダイレクター(TD)を務めるリー・ダイクス氏がクラブHPで振り返っている。

 ヤネルトはU-15世代からドイツ代表の常連で、移籍当時もU-21代表に選ばれる有望株だった。それでも、所属クラブのボーフムでは不遇の時間を過ごしていた。

 「僕はボーフムに3年半いたけど、その間に6名も監督が変わり、難しい時期だった」とヤネルトは説明する。「僕自身のパフォーマンスもベストではなく、安定性を欠いていた。1年半で先発10試合という時期もあり、その多くが左SBだった。だから『もっと試合に出ないといけない』と思った。僕は新たな挑戦を必要としていたんだ」

 そんな選手に目を付けたのがブレントフォードだった。「我われはU-21ドイツ代表をスカウティングしていた時にヤネルトを見つけたんだ」とダイクスTDは明かす。「U-21代表チームでは常にトップ5に入るパフォーマンスレベルだった。だからこそ、なぜボーフムではレギュラーじゃないのか、我われには理解できなかった」

 そこでダイクスは自らドイツまで足を運び、実際にプレーを見るだけでなく、彼を知る人からも彼の人となりを聞くことにした。「私は入念に調べることにした。ドイツを訪れて、彼の行きつけのレストランの店長からも話を聞いた。のちにこのことをヤネルトに伝えたら、彼は怖がっていたよ!」

 ダイクスTDが出した結論は、獲得に値するというものだった。「ヤネルトはとても万能で、左SB、左CBのほか、ボランチやセントラルMFでもプレーできることがわかった。ピッチ上では常にボールを要求して存在感を発揮する。そして成熟さもあるし、ボールがない時もサッカーを理解していた。フィジカル面は、イングランド2部やプレミアリーグでも通用するものだった」

移籍交渉の席上で犯したミス

 当時のブレントフォードは、フランス2部から引き抜いた無名選手が活躍していた。それに味を占めた彼らは「ドイツ2部も良いマーケットになる」と考えたのだ。そして代理人に接触したのだが、ブンデスリーガのクラブも獲得に動いており、一筋縄ではいかなそうだった。それでも「イングランド」はヤネルトにとっても魅力的だった。

 「イングランドのフットボールは昔から好きだった。サッカーのTVゲームではオールドトラッフォードでプレーするのが好きだったしね。プレミアリーグについても知っていたよ」と語るヤネルトだが、ブレントフォードことは何も知らなかった。「ブレントフォードが何なのか、どこにあるのか、何も知らなかった」

 当時はコロナ禍のため、まずはZoomミーティングが開かれた。その話し合いの中で、移籍に前向きなヤネルトはミスを犯したと明かす。

 「契約について話した時、僕は一定の額を要求した。その額は無理だと知っていたけど、それが交渉だからね! でも、僕はミスを犯していたのさ。僕が『とにかくブレントフォードでプレーしたい』と言ったものだから、ダイクスTDは契約の金額を抑えられると踏んだというんだ。でも、のちに僕は彼に言ったよ。『間違ったのはあなたの方だ。僕はもっと低い額でも加入していたよ』とね」

加入1年目から主力に定着

 こうしてブレントフォードに加入したヤネルトは、ドイツ2部でくすぶっていた時間が嘘のように、1年目からリーグ戦41試合に出場する活躍を見せ、チームのプレミアリーグ昇格に貢献した。今季も万能性を発揮しており、ここまでプレミアリーグで全試合にスタメン出場している。

 「ヤネルトの獲得は、これまでのビジネスで最も成功した1つだ」とダイクスTD。「彼は近年のチームの躍進に欠かせない選手になった。一流の強化部、一流のコーチ、一流のポテンシャルが見事にかみ合った結果だ」

 そして、選手補強という仕事の醍醐味を明かした。ヤネルトが初めてブレントフォードの練習に参加した時、チームを率いるトーマス・フランク監督がダイクスTDの元にきたという。そして「おめでとう。素晴らしい仕事をしたね」と強化部長の仕事ぶりを称えたそうだ。


Photo: Getty Images

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トーマス・フランクビタリー・ヤネルトブレントフォードボーフム移籍

Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。

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