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自分達を信じられる場所「アンフィールド」。 戸田和幸が語るサッカー中継解説論

2019.05.16

kazuyuki toda

「何か起きそうな雰囲気がある」

UEFAチャンピオンズリーグ準決勝第2レグ「リバプール-バルセロナ」の試合前、リバプールサポーターで埋め尽くされたアンフィールドに対して同試合におけるDAZNの中継解説を担当した戸田和幸が発した言葉である。そして、実際に起きた“アンフィールドの奇跡”。あの日、特別なスタジアムは選手達にどのような力を与えたのだろうか。

アンフィールド
リバプールのホームスタジアム「アンフィールド」(Photo: Getty Images)

You’ll Never Walk Alone

――この試合、リバプールの1点目と3点目に実況の桑原学さんは「これがアンフィールドです」と同じ台詞を発しています。“これ”の言語化が今回のテーマです。

 「リバプールの選手達が行う全てのプレーをポジティブなものにしてしまう雰囲気ですね。スタンドで試合を見る人々は楽しむというより一緒に戦っている。だから、(リバプールの)ミスに対してため息などは発生しない一方で、相手選手がミスしようものならスタジアム中が一気に反応する。アットホームな雰囲気という表現ではなく“圧倒的なホーム感”という表現がしっくりくる。まさに『You’ll Never Walk Alone』の通り、『何があっても最後まで君達をサポートし続ける』という空気が90分間ずっと続くんです。

 アンフィールドという場所はスタジアムに足を運ぶ人達のエンゲージメントが極端に高いんです。中継内で観客席から選手に対して『マノン(Man-On)』(※後ろから相手選手のマークが付いていることを知らせる言葉)と声をかけていると紹介しましたが、サポーターが選手と一緒になってプレーしている・闘っている表れです。どんなに難しい状況でもネガティブにならず、最後の最後までポジティブにプレーできる場所だと思います」

――実際、0-3スタートの試合であのスタジアムの雰囲気を創れるということは誰も諦めていなかったということですよね。

 「そうです。0-3という非常に厳しい状況下、さらにはチームの顔でありワールドクラスのアタッカーである9番(フィルミーノ)と11番(サラー)がいない。絶対絶命のシチュエーションだからそこ生まれたリバウンドメンタリティと言えます。クラブオフィシャルTwitterでもモチベートする動画(※過去の大逆転試合をまとめたもの)を出していましたし、リバプールは自分達で逆転勝利を信じられる雰囲気を創れる力がありました」

リバプールの地域性とスタイル

――前回のインタビューで戸田さんは「リバプールがスパークするとしたら第2レグ」と話されていて、その根拠の1つにアンフィールドの存在がありました。そして、実際にその通りの結果になりました。

 「(リバプールがスパークする)可能性はなきにしもあらずくらいに考えていましたが、それはバルセロナ次第という部分もあった。例えば前半16分にブスケツからのパスでジョルディ・アルバが抜け出してメッシに渡した決定機がありましたが、あそこで1点取れていれば試合を終わらせられた可能性は高かった」

――ただ、そうしたネガティブな雰囲気を感じさせないアンフィールド。

 「ピンチをピンチと感じさせない、ネガティブな感情が残らないスタジアムの雰囲気。あのシーンの後もすぐに大きな歓声が飛ぶ。ミスをしてブーイングをしたり、諦めて応援を止めてしまうようなことが起きない。何があってもアンフィールドのサポーターは最後まで応援してくれる。

 先月チェルシー戦を現地で観てきたのでアンフィールドが持つ圧倒的な空気感・声援の大きさは未だに鮮明に記憶に残っていますが、間違いなく今回はその時以上の空気だったはずです。そりゃ、選手は倒れるまで走れますよ。あの応援があってこそどれだけ難しい状況であっても自分達を信じられるのだと思います」

――スタジアムが選手の能力を引き出してくれる訳ですね。

 「フィルミーノもサラーも出られず、代わりにオリギが起用されることになりましたが、正直難しいかなと思いました。シーズン中のプレーも観てきましたし、(チャンピオンズリーグ準々決勝第2レグ)ポルト戦も前半だけの出場と、なかなかチームパフォーマンスが続いていましたから。

 でも、この試合でのオリギは違いました。守備では終始ゴールキーパーまでプレスをかけ、攻撃でもスペースを取りドリブルを仕掛けクロスも上げと消えずにプレーが出来ていた、そして2点決めた。この究極の舞台で結果を残す事が出来た事は素直に凄いと思うし、ピッチに送り出した監督の手腕も見逃せないと思います」

――アンフィールドが特別である背景としてリバプールという地域性の影響はあると思いますか?

 「歴史的背景について詳しい立場にあるわけではないので断言は出来ませんが影響はあると思います。元々イングランドのフットボールは労働者階級のもの。汗水垂らして働いていた人が、スタジアムに何かを求めて行くんです。イングランド北部という事を考えてもより体をぶつけ合いダイレクトプレーが好まれてきた歴史はあると思います。好守において積極的にアタックするチームのスタイルは土地柄や風土と合ってると思いますし見ている人たちが好むスタイルだからこそ選手も観客の声でどんどん乗れる。クロップ監督のキャラクターも含めて全てがマッチングしているのではないでしょうか」

――解説者としてそうした現地の熱量を伝えるのは難しそうです。この試合は理論家のイメージが強い戸田さんが「神がかっている」など“らしくない”言葉を何回か使われていたことが印象的だったのですが、何か狙いがあったのですか?

 「リアルタイムで中継を視聴している人達の興奮や感動を解説者が邪魔をしたり損ねてはいけないというこの仕事に対する自分なりの考え方を持っています。得点シーンで声を出すことが結構あるんですが、それが素直な反応だという事が前提にあり尚且つ中継には必要な要素だとも考えています。当たり前に戦術的な話もしますが、戦術講座になってもいけない。ギリギリのところをいつも探しています。それが僕なりの中継解説の理想とするスタイルですね」

――試合中継とレビュー番組で解説方法を使い分けている訳ですね。

 「改めて試合を見直して分かることもあるので、中継とは別にレビューする機会があるといいなと常々思ってきました。レビューがあると「詰め込まなくて良い」という気持ちになれるので仕事としてはやり易い。ですがレビューというものは検証するものなので中継以上に情報の選び方と出し方が問われます」

DAZNで解説を務めた戸田和幸氏
アンフィールドの魅力を語る戸田和幸氏(Photo: 鈴木奈保子)

奇跡のJ1残留経験

――ところで、戸田さんは現役時代にスタジアムの雰囲気で勝ったと感じた試合はありますか?

 「あるとしたらジェフ千葉に在籍していた2008年、最終節でFC東京に勝ってJ1残留したシーズンですね」

――あれはすごい試合でした。当時のフクアリはどんな雰囲気でしたか?

 「残留の条件としては自分達が勝つ事プラスで他チームが負けなくてはならないという自力と他力の両方が必要な非常に厳しい状況での試合でした。後半途中までに2点取られてからの11分間で4点取っての逆転勝利、残留を争っていたチームが敗れた事もあり最終節での奇跡の逆転残留を果たしました。流石に2点取られた時は信じる気持ちが弱くなる感覚がありましたが満員のスタンドからの大きな声援のおかげで諦めることなく最後まで闘いきる事が出来ました」

――スタジアムの雰囲気で選手が勇気づけられてあと一歩守備で足を出せるなどの効果はある訳ですね。

 「間違いないです。千葉のホームスタジアム(フクダ電子アリーナ)は観客席とピッチの距離が近いサッカー専用スタジアムなので声が良く聞こえました。サポートする人達が与えられる力の大きさを感じたシーズンでしたが、もし仮にあの試合が市原臨海での開催だったら逆転は出来ていなかったと思います。真っ黄色のジェフサポーターがすぐ近くで、最後の最後まで勝利を信じて応援してくれたからこそ僕らも諦めずにプレーできました」

Photos: Nahoko Suzuki

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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