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代理人が5つのキーワードで解く、日本サッカーの特異な移籍市場

2018.09.13

柳田佑介 インタビュー 前編


日欧を知るサッカー代理人、柳田佑介氏に「プロ契約」「外国人枠」「契約年数」「年俸」「移籍補償金」という5つのキーワードから、グローバルな欧州の移籍市場とローカルな日本の移籍市場との大きな隔たりを掘り下げてもらった。


キーワード1「プロ契約」

ドイツのクラブが日本の高校生に4年、1000万円以上の契約をオファー


── 今回はテーマ別にヨーロッパと日本の移籍市場の違いをまとめたいと思います。最初のテーマは「プロ契約」になりますが、どういった点に違いがありますでしょうか?

「ヨーロッパと日本におけるプロ契約の差異を語る上では、やはり日本の学校制度を避けて通れないと思います。学校制度があることにより、例えば日本で高校生がプロサッカー選手になる場合、そのほぼすべてのケースは高校3年生(満18歳)が卒業を間近に控えた2月1日を始期とするプロ契約を締結するというものになります」


── 社会通念的な習慣ですね。

「高校生のうちは高校に通って勉学に励むのが当たり前で、高校を卒業してから仕事を始める(プロ選手になる)というのが普通だという感覚ですね。社会(業界やクラブ)の側にも、現役の高校生とプロ契約を締結して毎月数十万円もの金銭を支払うのはその選手の健全な育成という意味でどうなのか、と“待った”をかける雰囲気があります。

 それに対してヨーロッパでは選手自身が『プロとして生きていく』ことを早い段階から決めており、そのためにオファーをもらいプロ選手としての活動に専念するのは早ければ早い方が良いと考えていること、そして社会(周囲の大人やクラブ組織含め)がそれを許容しているということが大きな違いかと思います」


── 欧州サッカーで10代の移籍がこれだけ加熱しているだけに、なおさらギャップが際立ちますよね。

「EU諸国内では満16歳になると国外クラブへの移籍ができるようになってしまいますし、国内でも良い選手は常に獲り合いなので、選手をプロテクトするために15、16歳でプロ契約を結ぶというのはざらです。さらに言えば、選手がもっと若く、それぞれの国の労働法規やローカルルールでプロ契約を結ぶことができると定められた年齢に達していなくとも、ある程度の金銭報酬を発生させる契約を結ぶことで選手の権利をプロテクトしている(実質プロ契約を締結して移籍補償金を発生させている)ようなケースも私の知る限りかなり存在します。個別のケースが法規違反に当たるのか否か、正確なことまではわかりかねますが、ヨーロッパのクラブがグレーゾーンでうまくやっていることは間違いないですね」


── 一方、日本では早めのプロ契約によるプロテクトは一般的ではないです。

「そうですね。日本ではローカルルールでJクラブのアカデミーに所属する選手に他のJクラブが許可なく接触できないことになっているので、わざわざ契約を結んでプロテクトをする必要性がないのです。先ほど述べた社会通念や子供に高校は卒業させておきたいと望む親御さんの考えも含め、諸々の理由が複合的に組み合わさった結果が『満18歳でプロ契約を締結する』という今のメインストリームに繋がっています」


── ただ、そのような中でも満18歳を待たずしてプロ契約を結ぶケースはこれまでにもありましたよね。例えば香川真司がそうだったと思うのですが、その場合、学校制度との兼ね合いはどうなるのでしょうか?

「Jクラブが学校と提携し、アカデミー所属選手の学業面のサポートを行うことで高校在学中でもチャンスをもらいプロ契約を勝ち取るケースは以前からありましたね。香川選手のようにプロ契約に伴い高校を通信制に切り替えるという事例もあります。最近では選手自身が『18歳まで待たずにできるだけ早くプロ選手になりたい』『学業は最低限に抑え、できる限りプレーに専念したい』と考え、始めからプロ契約を見据えて通信制の高校を選択するというケースもあるようです」

高校2年生の16歳でセレッソ大阪とプロ契約を結んだ香川真司


── 通信制の高校を自ら選んで、早めにプロ契約を結ぶ選手も現れ始めた、と。

「現れ始めた、と言い切れるほど事例を知っているわけではないですけど、選手の意識が変わってきているというのは一般的に言えると思います。若いうちに海外に出るのは当たり前。20歳くらいまでにはJで活躍してヨーロッパに移籍したいと今の選手たちは口々に言います。ヨーロッパでは19歳、20歳であっても強豪クラブで大活躍している選手がたくさんいますが、彼らに負けたくないという思いから、できるだけ早くプロ選手になり、活躍して海外に行くための準備を逆算して行う選手が増えてきていることは間違いないと思います」


── 特にアンダー世代の代表クラスはそうなっていきますよね。ヨーロッパのスカウトからも常に見られていますからね。

「アンダーの代表戦で当たった選手がヨーロッパの強豪クラブで当たり前のように試合に出ますから、自ずと意識は高まりますよね。日本でも今年はJ1での10代の選手の奮闘が目立っていますが、彼らからすれば『試合に出たくらいでそんなに騒がず、しっかり結果を残してから正当に評価してほしい』といった感じでしょう」


── ところで、日本と海外ではプロ契約を初めて結ぶ際の条件に差異はあるのでしょうか?

「日本のプロ契約には報酬の水準等によってA、B、Cという3つの形態があり、初めてのプロ契約は原則としてC契約(基本報酬は年間460万円・消費税別・以下同)となります。その後は出場実績(時間)によって契約形態が変動していくことになるのですが、これは日本のローカルルールなので、他の国のクラブと契約を結ぶ場合は適用されません」


── では海外の選手が初めて結ぶプロ契約は?

「国によって制度が異なりますので一概には言えませんが、例えばブンデスリーガのクラブが日本の高校生に契約期間4年、年間基本報酬1000万円以上の契約をオファーしたという事例はありました」


── ドイツには10代選手を獲得する際の制限はないんですか?

「年俸の上限はないと思います。外国人枠もないのですが、逆にドイツ人選手12名以上(うち地元で育成された選手6名以上)と契約をしなければならないという“ドイツ人枠”があります」


キーワード2「外国人枠」

自国人育成で放映権料の分配が決まるオーストリア・ブンデスリーガが面白い


── 流れで「外国人枠」の話に行きましょうか。日本は今、3+1(アジア枠)、それともう1人の5人まで保有できます。

「外国人枠に関する制度を決定することは、リーグがどういう成長戦略を採るかということと密接にリンクしています。すなわち外国人選手に対する門戸を広く開放すれば、様々な国から助っ人選手がやってくることでリーグ全体の競技力向上に繋がるだけでなく、その選手の出身国からのスポンサーの獲得、同国におけるマーケティング(放映権販売、マーチャンダイジング、チケットやツアー販売その他)といったビジネスの可能性が広がる一方、日本人選手の出場が制限され、長期的に見ると強化面でマイナスとなる可能性があります」


── そういう意味ではドイツの自国人枠は興味深いですね。

「もう1つ面白い事例があります。オーストリア・ブンデスリーガも外国人枠がなく12名以上の“オーストリア人枠”を設けているのですが、オーストリア人選手(特に22歳以下の若手選手)を試合に出して育成を行ったクラブは、放映権料の分配金の割合が上がるシステムになっているのです。この制度によって、例えば南野拓実選手が所属するザルツブルクのような同国内のビッグクラブであれば、そうした分配金をあてにする必要がないためスタメン全員を強力な外国人助っ人選手に固めることができる一方で、地方の中小クラブは少しでも分配金を得るために自国選手を試合に使うといったような、クラブ自身の戦略的な選択を行うことが可能になるのです。こうした事例は、今後のJリーグの外国人枠の議論の参考になると考えています」

オーストリア・ブンデスリーガ5連覇中のザルツブルクに所属する南野拓実


── 日本ではイニエスタのヴィッセル神戸加入がきっかけとなって外国人枠を撤廃する検討に入ったという話が出てきましたが。

「私自身がその議論に加わっているわけではないので現在どの程度深いところまで話し合いが行われているかはわかりませんが、もしやるなら個人的にはドイツやオーストリアのようなホームグロウン方式、特にオーストリアの試みが面白いと思います。例えばヴィッセル神戸は一流外国人選手を11人集めて戦い、柏レイソルはスタメン全員がユース出身選手といったようなカラーがあった方が注目を集めることができますし、先に述べた『長期的な強化面のデメリット』を回避する仕組みを取り入れることも可能になるためです。これは極端な例だとしても、例えば今の3+1の発展版として、さらに外国人選手を獲りたいクラブはリーグ全体の選手育成や環境整備などに活用される基金に寄付金を払うことで当該シーズンに限り枠を1つ増やせるなどの方策も自由に検討していいのではと思います」


── 日本では「金で解決」というのがネガティブに見られますが、その金が他のクラブに回るなら話は別ですよね。

「今述べたのはほとんど思いつきレベルの話ですが、外国人枠に関する制度を変更するのであれば、個人的にはヴィッセル神戸やサガン鳥栖のように海外の一流選手を獲得してやろうという野心的なチャレンジをするクラブはリーグ全体としても応援できるような形が理想かなと思います。ただそれによって公平性が損なわれてしまってはいけないので、その場合もできるだけフェアに、他のクラブにもメリットや戦略的選択肢があるような形で、かつリーグ全体の発展や日本人選手の育成にも繋がるような方式をぜひ検討していただきたいです」


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後編へ続く

Photos: Getty Images

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Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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