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世界的GKコーチが明かす名GKたちの評価と育成へのこだわり

2019.05.28

ジョアン・ミレッ×林舞輝 対談 後編

2019年5月23日、奈良クラブが世界的なGK育成のスペシャリストであるスペイン人GKコーチ、ジョアン・ミレッ氏のアカデミーGKダイレクター就任を発表した。多くのGKを育て上げてきた名伯楽は、なぜ新たな挑戦の舞台に奈良クラブを選んだのか。高い評価を受けるミレッ氏の独自のトレーニング理論から現役のGKたちへの評価、そして就任の意気込みまで、彼の招へいを決めた林舞輝GMが聞いた対談の後編。

<前編はこちら

世界的GKの評価


「次は……何を聞こうとしたんだっけ、話していて忘れちゃいました」


ジョアン
「じゃあ、明日まで続けますか(笑)」


「そうだ。ノイアーがインタビューで面白いことを話していたんです。チームが守備的だったうえにそこまで強くなかったシャルケの時は、ばんばんシュートを撃たれていたから次々とシュートが飛んでくるテンポに慣れていた。でも、バイエルンに移籍したら全然シュートが飛んでこなくなった。GK的に試合のテンポが違って、それまでとは別の難しさがあったと」


ジョアン
「仮にノイアーが今シャルケに戻ったら、今までは止められていたシュートがゴールになってしまうと思っています。なぜなら、バイエルンでは(それまでと比較して)GKの技術のところより、ボールを足下で扱うことについての比重が大きくなったから。もともとポジショニングには難があり、それを恵まれた体躯や反応の良さでカバーしていたという前提があります。彼の動きをよく分析すると、技術的にはけっこうミスをしているんです。

 25歳ぐらいで若くしてバイエルンに行きましたが、もう彼は25歳の時の彼ではありません。だんだん髪の毛が抜けていきます、私みたいにね(笑)」

マヌエル・ノイアー(バイエルン)


「ノイアーは、技術的にシャルケの時は良かったけど、バイエルンに来てから受けるシュートが少なくなったからか、求められる能力が違ったからかわからないけど(パフォーマンスが)落ちてきたというのがジョアンの見解ですが、僕から見れば、もしノイアーが奈良クラブに来てくれたら物凄く助かりますけどね。ノイアーに文句をつけられちゃうと困ってしまうわけですが(苦笑)。ジョアンにとって、自分が教えた選手以外ではこのGKはいいなという選手はいますか?」


ジョアン
「それぞれのGKが、ある一つの特徴や優れた部分というのを絶対に持っています。逆に、平均値がすごく高いGKというのは、そもそもいないように思います。技術的に“理解している”というレベルで言えば、正直、世界的に見てもいません」


「つまり、ジョアン的にはこのGKはいいなという選手はいないということですか?」


ジョアン
「そうですね、いません」


「以前、強いて言えばオブラクが一番マシとおっしゃいませんでしたか?」


ジョアン
「(パフォーマンスの)最大値が高くて最低値が低い、つまり平均より上という意味ではそうですね」

ヤン・オブラク(アトレティコ・マドリー)


「ブッフォンはどうですか?」


ジョアン
「世界で一番、自分の欠点を隠すのがうまいGKだと思います」


「なるほど。ブッフォンの欠点っていうのは具体的に何でしょうか?」


ジョアン
「セービングです。偉大のGKという評価を確立していますが、もし動き方を知ってたら、もっとすごいGKになってたはずです。彼はできるだけ動かないようにしていて、99%のシュートは最後に両手で弾いています。ほとんど取らない。逆に言うと、キャッチができないということです」


「セービングが良くないけどそれを隠すのがうまいというお話ですが、どうやって隠してるんでしょうか?」


ジョアン
「ポジショニングです。それによって、セービングしなくて済むようにしているんです」

ジャンルイジ・ブッフォン(パリ・サンジェルマン)


「なるほど。バルサのテア・シュテーゲンはどうですか?」


ジョアン
「足下のプレーはかなり好きです。おそらく、世界で一番足下のうまいGKです。ただ彼の場合、ハイボールに対してほとんど出られていません。自分が出られるなと思った時しか出ていなくて、彼が出なきゃいけない時でも出ないんです。キャッチもしっかりとできていなくて、だいたい弾いています。それから、1対1のタイミングも良くない。たまたま当たってるという感じがします。おそらくこっちだなと感覚で跳んで、止められたらすごい、止めれなかったらスーパーゴールだと言われている印象です。この前(CL準決勝第2レグ)のリバプールの4点目をよく見てみてください」

マルク・アンドレ・テア・シュテーゲン(バルセロナ)


「リバプールのアリソンはどうでしょうか?」


ジョアン
「すごく速いとは思いますし、他のGKと一緒で優れた部分はいっぱいあります。悪くないですが、ポジションが相当低いですね。ゴールのところにへばりついてる。これは無理だと思って、アクションを起こさないシーンがたまに見受けられます。それはおそらく、メンタル的な問題だと思います」

アリソン(リバプール)


「なるほど。いろんな視点のお話が出てきますね。とても興味深いんですけど、辛口の評価はこの辺にしておきましょうか。あまり言い過ぎると奈良クラブが批判されちゃうかもしれないので(苦笑)」


ジョアン
「世界中のGKから怒られてしまうでしょうね(笑)」

GK育成に必要なこと


「ジョアンはこれまでにいろいろなGKのトレーニングを見てきたと思います。GKの育成という面で、今のGKのトレーニングでここが変だよとか、もっとこうしたらいいのに、と感じている部分はありますか?」


ジョアン
「本当なら、『みんないいトレーニングしていると思います』と言いたいところですが。例えばの話をすると、キャッチがちゃんとできない子供を指導する時、最初からどんどんシュートを撃ってキャッチさせようとする人がほとんどだと思います。ですが、いきなりそこからスタートするのだとしたら、それ以上は見ていられません。そのトレーニング方法では、決して良くはなりませんから」


「なぜでしょうか?」


ジョアン
「初めは、あくまで理解させないといけないんです。ですから、まずは話して、説明してあげないといけない」


「できない子に対して、とりあえずシュートをたくさん撃って体で覚えさせるというのは良くないということですね」


ジョアン
「それは駄目です。大事なのは、まず頭で理解させること。どこで手の形を作るのかや、どうやって手を出すのかとか」


「まさに『学びの型』ですね。ジョアンのトレーニングを実際にやってみて、キャッチする手の場所一つ取ってもこだわっていてすごく面白かったです。キャッチの時は手のここを使って、こういうシュートの時は手のここを使うといった具合に細かくゾーン分けされてますよね。手の位置に関してはどれくらいゾーン分けしているんでしょうか?」


ジョアン
「正面のキャッチは縦に3つのゾーンに分けています。1つ目はだいたい胸の辺りから上で2つ目はその下、一番下がグラウンダーです。それにプラスして、真上から落ちてくるボールというのもあります。それらは全部、取り方が違います。あとはそこに、横の変化も加わります。一歩で行けるのか、それとも一歩では間に合わないのか。取れない時に、跳ぶという動作が入ります」


「その正面のシュートのキャッチに関して、日本のある競技から影響を受けたという話をされていましたよね」


ジョアン
「空手ですね」


「そのエピソードについて聞かせてもらえますか?」


ジョアン「正面へのシュートなんですがスピードが速過ぎたり、自分の準備が整っていなくて取れない、キャッチできないとなった時は、左手を添えて右手で左斜め方向へ弾くんです。正拳突きじゃありませんが、手のひらを出して弾く。これは空手の動きからヒントを得ました。手のひらの硬い部分がありますよね? そこを使うと、ボールを強く弾けることに気づいたんです」


「息子さんが空手をやってる時に思いついたそうですね」


ジョアン
「そうなんです。他のスポーツからもヒントを得ています。例えば、背面で跳ぶ高跳びをヒントに、空中にあるボールを逆手でかき出すアクションを考えました。それから、アイススケートを参考にして、横方向に強く動くための体の使い方のヒントを得ました」


「なるほど。練習でも、走り高跳びの器具を使っていましたよね。体育館みたいなところで、ハイボールに対してなるべく高く跳んで、上にかき出す動きを」


ジョアン
「ええ」


「いやー、面白いですね」


ジョアン
「基本的に、スペースを守る概念から高いポジションを取るんです。ただ、そうするとループで頭を越される可能性がありますよね。それをどうやって弾くかという練習なんです」


「その時に、シンプルに高く跳ばなきゃいけないから、高く跳ぶ競技の動きを参考にすればいいという話ですよね。なるほど。

 GKの育成に関してもう一つ、聞きたいことがあります。何歳からGKに特化して育てるのが良いのかという議論がいつの時代、どこの国でもあります。ジョアンはどう考えていますか?」


ジョアン
「始めるのは、早ければ早い方がいいと思います。理想的なのは8、9歳。逆に良くないのが、GKをローテーションしちゃうこと。今日は誰がやるではなく、やりたい子にちゃんと指導した方がいいですね」


「GKのローテーション、小学生でよくありますね。ただ、これは小学年代のあるあるなんですが、GKがうまい子ってフィールドもうまいじゃないですか。その中で、この子は絶対にGKとして育てた方がいいという確信が持てないと思うんです。ジョアンの場合、スカウティングではないですがどうやって見極めているんでしょうか?」


ジョアン
「見極めるポイントは個性、キャラクターです」


「どういうキャラクターがあるといいんでしょうか?」


ジョアン
「ミスに対して絶対逃げない。隠れたりごまかしたりせず、リーダー気質がある子がGK向きです。日本だと出る杭は打たれてしまうんですが、そういうリーダー性がある子をちゃんと育てるというか、その子がやりやすいように仕向けてあげたりする。要するに、チームのリーダーになるような子であれば、GKとしての資質が間違いなくあります」


「ミスから逃げない子ですね、なるほど。

 じゃあ最後に、そもそもなぜ日本に来たのか、日本に来たきっかけを教えてください。海外からもオファーが来たと思うんですが」


ジョアン
「一番はタイミングです。倉本さんから『日本でやらないか』というオファーがあって、スペインのチームからも話はあったんですけど、挑戦してみたいなと思ったんです。

 実際日本に来てから、日本人の気質やリスペクトしてること、トレーニングに対する意欲や向上心を見た時に、自分のやってることを全部出したら本当に変わるということを確信しました。逆に、スペインで自分のやってることを出すと全部盗まれてしまう。でも、日本人でそんなことをする人はまずいません。みんな『教えてくれてありがとう』と言ってくれるので、この国は本当に素晴らしい、日本でやりたいと思いました。

 あと、スペインは即興の国なので、うまくいかないことが多いんです。一方、日本はかなり緻密に準備していろんな物事を進めていく国なので、うまく行く可能性が高い。私が求めてるような完璧なGKを育成するにあたって、日本の文化はかなりマッチしていると思っています」


「なるほど。ジョアンのそのきっちり準備して向上心があるところやトレーニング理論と、日本の文化の親和性がすごく高いということですね。

 もう一歩踏み込んで、今回こうして奈良クラブでやってくれる、選んだ理由を聞かせてください」


ジョアン
「一つは、林GMが他のクラブとは違うことをやろうと、本気で懸けていることがわかったからです。若くていろんなことを学びたいという意欲があって、そういうところを見ていると、林GMは自分の望みを実現しそうだと、日本のサッカーを変えてくれる存在になりそうだと思いました。

 以前に林(彰洋/FC東京)選手から、『もし俺が18歳の時にジョアンに会っていたら、ヨーロッパでプレーしてるのに』と言われたことがあります。もし林GMが自らの考えを実現したら、そういった話は出てこなくなるでしょう。そうなると今度は、優秀な日本人がみんな海外に行ってしまって、違う問題が出てくるかもしれませんが」


「じゃあ、逆にそうなるように、日本のGKがどんどん外に出て行くようになるくらい、いいGKを育てられるように一緒に頑張っていきましょう」


ジョアン
「とにかく最善を尽くしてやっていきましょう。湘南(ベルマーレ)でもFC東京でもできて、どうして奈良でできないということになるんでしょうか。絶対やれると思っています。みなさんも同じようにやる気に満ちて、一緒に仕事してくれることを願っています」


「本当に長い時間、ありがとうございました」

■プロフィール
Joan Miret
ジョアン・ミレッ

1960年生まれ。スペイン出身。24歳で現役引退後、スペイン・カタルーニャ州のテラッサで育成年代からプロ(スペイン2部)のGKを指導。2002年からはバスク州ゲルニカにて、育成およびトップチームのGKコーチを務めた。スペインで多くのGKをプロへと送り出した後、2013年より湘南ベルマーレのアカデミーGKプロジェクトリーダーに就任。2017年よりFC東京のトップチームでGKコーチを務めた。そして2019年より、奈良クラブのアカデミーGKダイレクターに就任する。

Photos: Getty Images
Translation: Kazuyoshi Kuramoto

ジョアン・ミレッ氏によるGK育成講座

奈良クラブが、数々のトップチームでGKコーチを務めたジョアン・ミレッ氏によるGK講座を開講。2019年6月〜12月にかけて、関西地区で講座を開催する。さらに、8月と12月には実技講習も開催!

【講義編】

講義内容:
(6月)ジョアン×林舞輝の特別講座
(7月)GKとは何か?GKを準備するとは?
(9月)GKの技術習得の正しい順番
(10月)どんなGKが理想か?
(11月)GKのプレー分析について


【実技編】
夏季:8/12(月)~8/13(火)、8/15(木)~8/16(金)の4日間

①午前の部(~15歳推奨)
・8時~10時 実技講習
・10時半~12時 レビュー講座

②午後の部(12歳〜推奨)
・17時~19時 実技講習
・19時半~21時 レビュー講座

冬季:12/14(土)~12/15(日)、12/21(土)~12/22(日)の4日間

①午前の部(~15歳推奨)
・8時~10時 実技講習
・10時半~12時 レビュー講座

②午後の部(12歳〜推奨)
・14時~16時 実技講習
・16時半~18時 レビュー講座

※講座の詳細や申し込みはこちらの奈良クラブ公式サイト内特設ページをご確認ください

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。