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維新の地で感じた「Jの夜明け」。山口と徳島のファンに嫉妬した

2018.08.24

林舞輝のJ2紀行 レノファ山口編:第四部


欧州サッカーの指導者養成機関の最高峰の一つであるポルト大学大学院に在籍しつつ、ポルトガル1部のボアビスタU-22でコーチを務める新進気鋭の23歳、林舞輝はJ2をどう観るのか? 霜田正浩とリカルド・ロドリゲス、2人の注目監督が激突する8月12日の山口対徳島を観戦するために中国地方へと旅に出た。


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目まぐるしく変わる両チームの選手配置

 後半開始のホイッスルが鳴る。

 立ち上がり、[4-4-2]へのフォーメーション変更で息を吹き返した徳島が、勢いそのままに山口を押し込む。山口は数的優位を作れないはずのサイド攻撃を前半のまま続けようとするが、当然同じようには崩せない。

 ピッチを広く使い、ポジションチェンジを繰り返しながらテンポ良くボールを回す徳島。奪われれば相手の選択肢を制限するプレスをかけ、時にはDFラインのコントロールで山口の選手をオフサイドトラップで仕留めていく。まるで監督の母国であるスペインのチームのようだ。対して、山口の守備での原則は人にアタックしていく「デュエル」なので、ボール回しにいちいち食いついてしまい、前半は上手くコンパクトにできていた陣形がどんどん広がり、セカンドボールも拾えなくなる。

 DFラインがペナルティエリア内に押し込まれる時間帯が続く山口。FWのオナイウも[4-4-2]ブロックのライン間に下りてきてボールを受けようとするが、システム変更で役割分担がはっきりした徳島CBに対し、前半ほど思うようにボールを収められない。やっと攻撃に転じたかと思えば、徳島FWバラルのポストプレーからカウンターを浴び、決定機を作られてしまう。

 後半14分、山口は足が動かなくなった丸岡に代えて池上を投入。池上はトップ下の位置に入り、高井が右ウイングへ。直後の後半17分、徳島は左サイドMFの内田に代えて狩野を投入。狩野はFWに入り、島屋は左サイドMFへ。同じ時間に、山口はまたもアクシデントにより交代枠を使わざるを得なくなる。鳥養に代わってワシントン。前貴之を右SBにし、ワシントンはボランチへ。両チームの選手たちの複数ポジションをこなせる柔軟性には驚いた。

後半18分時点の両チームの布陣

 山口は選手交代はしたものの、[4-2-3-1]に近い[4-2-1-3]という構造そのものは変わらないため、徳島がボールを保持し攻め続ける形勢は変わらず。徳島はバラルのポストプレーとサイドでの1対1突破力も織り交ぜながら、果敢に山口ゴールに迫る。2ボランチが下がってきてビルドアップに加わり、山口の中盤を釣り出した後、縦パスを通して後ろから中盤に飛び出ていく。人にアタックしていく山口の守備原則を逆手に取るように、下がって食いつかせては前に飛び出し、食いつかせては飛び出し、を繰り返す。中でも、シシーニョは別格の存在だった。ボールを奪われた後の守備でも卓越した判断力が光っていた。山口はCBですら人に食いつくので、徳島のボール回しをただ追いかけるだけという展開だ。

2-1リード、しかし防戦一方。打つ手は何か?

 この場合、山口には2つの解決策があった。

 1つ目は、開き直って自陣に引きこもってしまうことだ。押し込まれているのなら、押し込まれている時なりの守備をすればいい。徳島の速いボール回しにむやみに人にアタックして食いついて体力を奪われるより、開き直ってブロックを作り、押し込まれるだけ押し込まれてしまえばいい。そこから虎視眈々とカウンターの機会をうかがえば、当然ボールを持つ徳島の心理的プレッシャーも大きくなるし、相手が食いついてこないのならパスを繋ぐテンポも自然と下がる。

 2つ目は、両ウイングに高い位置を取らせることだ。試合後、霜田監督は自分たちは[4-3-3]だと言っていたが、試合を観る限り形としては完全に[4-2-3-1]だった。[4-4-2]の欠点はいわゆる「間受け」だ。4と4の間に人とボールが入ってしまえば、誰かがポジションを放棄してプレスに行かなければならなくなるため、組織のバランスが崩れる。だから、[4-4-2]を使うチームは4と4の間を狭くしてコンパクトな陣形を保とうとするのだが、この4+4の間を広げるのはCFではなくウイングの役目だ。CFが高い位置を取って深さを取ろうとしても、相手CBはラインを上げてオフサイドにしてしまえばいいだけだ。一方、ウイングが高い位置を取れば、相手SBはラインコントローラーではないので基本的にラインを上げて置きざりにしていくということはできない。ウイングが高い位置にポジショニングして幅と深さを取ってしまえば、SBはつかざるを得なくなり、「ピン止め」状態となる。

 この試合の山口は両ウイングの位置取りが低かった。それは、前半の徳島の[5-3-2]に対してはSBとCBの間を広げられるので有効なポジショニングだったわけだが、システム変更後の[4-4-2]に対しては相手のSBの攻撃参加を助長するだけだ。相手が構造を変えてきたのだから、山口もウイングが高い位置を取り、広がった4+4の間のライン間にCFが下りてくる形を作り、[4-2-1-1-2]のようにするべきだったように思える。

アディショナルタイムのドラマ、決めたのは…

 後半30分あたりで次第に両チームとも体力が奪われ単純なミスが多くなると、互いのゴール前を行き交うオープンな展開へとなっていく。ポゼッションで崩そうとする徳島 vs カウンターでシュートチャンスまで持って行く山口。前半とはまったく異なる試合展開を見せる。そんな中で、負けるわけにはいかない徳島は後半35分に最後の交代カードを切る。右サイドMFの広瀬に代えて長身の佐藤。ロドリゲス監督はここで、この試合2回目のフォーメーション変更を行う。同じ[4-4-2]でも[4-1-2-1-2]のダイヤモンド型に中盤の編成を変える。アンカーに岩尾、右MFにシシーニョ、左MFに狩野、トップ下に島屋を置き、バラルと佐藤の2トップ。中央に枚数が多くなるので、互いの距離が縮まりパス回しが円滑になり、より直線的にボールを縦へ運べるようになると同時に、セカンドボールの回収も容易になった。一方でサイドに人が足りないので、山口の選手がサイドに流れると、長い距離を走って守備に回らなければならず、試合終盤にもかかわらずハードワークが求められる。

 パスを繋ぎながらもがむしゃらに前にボールを運び点を取りに行く徳島と、それに真正面からぶつかるように戦う山口。選手と同じように最後の力を振り絞って声の限り応援を送る両チームのサポーター。何十試合とあるリーグ戦の1節に過ぎないことを忘れてしまうぐらい、白熱していくスタジアムの空気。

 2-1で山口リードのまま進み、試合はアディショナルタイムへ。そして、後半49分、ラストプレー。徳島が左サイドからのCKを獲得する。徳島はGKもペナルティエリア内に上がる。ファーサイドに選手が固まる中、キッカーの狩野が選んだのは、ニアサイドだった。狩野が蹴ったボールが、ニアサイドで“ストーン役”を担っていた山口の廣木を超える。フリーになっていた徳島の選手がボールを逸らす。

 ボールは――ファーサイドネットに吸い込まれていった。

 両手でガッツポーズをしながらベンチへ走っていく徳島イレブン、ベンチから飛び出して歓喜の輪に加わる徳島の選手・スタッフたち。その場で倒れ込む山口の選手たち、うなだれる霜田監督。まるでそれまでの熱狂がなかったかのように静まり返るスタジアム、その中で唯一、悲鳴とも取れるような歓声が聞こえる青いユニフォームをまとったお客さんで埋め尽くされたアウェイゴール裏……。

 最後のゴールを決めたのは、2016年までレノファ山口に所属し、山口をJFLからJ3、そしてJ3からJ2へと導いた立役者、島屋八徳だった。

 試合終了のホイッスルが響き渡る。と同時に、ピッチ上の選手たちが次々と倒れ込む。死闘――まさにその言葉がふさわしい、記憶に残る熱戦だった。

山口対徳島のハイライト

ユニと浴衣の女性二人組がサッカーを語る風景

 最高に面白い試合だった。鳥肌が立った。これ以上ない興奮を味わった。ドキドキとワクワク、歓喜と悲劇、必死に戦う選手たち、戦術を駆使した頭脳戦、物語にも書けないようなドラマチックな結末。サッカーの面白さをすべて凝縮したような、そんな試合だった。あっぱれだ。こんな勝負を魅せてくれた両チームには、心の底から感謝と拍手を送りたい。本当に良い試合、良いサッカーだった。レノファ山口のサポーターたちが作り出すスタジアムの雰囲気。最後の最後に追いついた徳島の執念。すべてが「極上」の一言だった。

 これ以上ないぐらいサッカーを味わえた満足感と同時に、自分の中である種の嫉妬心が芽生えているのにも気がついた。そう、山口ファン、徳島ファンへの嫉妬である。彼らは、こんなサッカーを毎週末観られるのか。そして、チームの生きている姿をこんなにも身近に感じ、ともに成長し、一緒に喜怒哀楽を分かち合えるのか。サッカーを愛する一人の人間として、地元にこういうクラブがあるということに、ただただ唇を噛みしめて嫉妬していたのである。そして、何よりも私は、誇りに思った。日本には、Jリーグには、こんなにも素晴らしいサッカーがあることに。

 スタジアムからの帰り道、私が歩いている隣で、オレンジのユニフォームとオレンジの浴衣をまとった女性二人組が、この試合と、ある選手の成長について熱く語り合っていた。その光景を目にした時、私の目には涙が溢れ出そうになった。あぁ、ここに本物の「サッカー」がある。そんな気持ちが身体の芯まで深く染みわたる。

 「あながち的外れでも大袈裟でもないのかもしれないな」と、少し冷静になった心の中で呟く。最近よく広告で目にする「日本のスポーツの夜明け」というキャッチコピーの話である。イニエスタとポドルスキというW杯を手にした者たちが初共演を果たした昨日のJ1の試合、そして、私の記憶に一生刻まれるであろう、山口対徳島という地方クラブ同士の名勝負。この2試合を堪能しきった私は、「日本サッカーの夜明け」を感じずにはいられなかった。図らずも、まさに日本の「維新」が始まったこの地で……。


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第五部へ続く


●林舞輝のJ2紀行 レノファ山口編

第一部:新世代コーチ林舞輝、J2を観る。レノファと霜田監督との出会い
第二部:技術委員長からJ2の異色の経歴。霜田監督とのランチで得た学び
第三部:J2最高峰の名将対決を徹底分析。山口対徳島という極上の戦術戦
第四部:維新の地で感じた「Jの夜明け」。山口と徳島のファンに嫉妬した
第五部:記者会見、2人の知将との対話。感謝と違和感、そして“ある想い”

Photos: Maiki Hayashi, Renofa Yamaguchi FC

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。