直近5年で「グローバルな再分配」をめぐるFIFAとUEFAの力関係に変化。FFE計画がもたらした新たな対立軸とは?
【特集】W杯売却構想はフットボールを壊すのか?#3
史上最多の出場48カ国が世界一の座を懸けて争った北中米W杯の熱も冷めやらぬうちに、フットボールは新たな分岐点に立たされた。閉幕直後の7月28日に、FIFA(国際サッカー連盟)が来年から始まる4年サイクルで211の加盟各国協会・連盟に従来の倍額となる2000万ドル(約32億円)を分配できるという大義名分の下、W杯や女子W杯、クラブW杯などの商業イベントの運営を担う民営子会社「FIFA Forward Enterprise」を新設し、その200億ドル(約3兆2000億円)と評価される株式の少数を売却して今年中に最大42億ドル(約6720億円)もの資金を調達していく“秘密計画”が浮上したからだ。「フットボールは誰の所有物でもない。ましてやFIFAが売る権利を持つものではない」(UEFA/欧州サッカー連盟)――猛反発を受けたW杯売却構想はわずか4日後に撤回される運びとなったが、波紋や余波は今も消えぬまま。その攻防と是非、そして未来を専門家の視点も交えながら読み解いていく。
第3回では、FIFAとUEFAの対立項である「グローバルな再分配」の現在地と行方を追いかけていくと浮かび上がる、FFE計画が両者にもたらす新たな対立軸とは?連載『CALCIOおもてうら』でもお馴染みのイタリア在住ジャーナリスト、片野道郎氏と探ってみよう。
FIFA(国際サッカー連盟)のジャンニ・インファンティーノ会長が、鳴り物入りで打ち出した「FIFA Forward Enterprise(FFE)」計画を、わずか数日で撤回せざるを得なくなった最大の要因が、UEFA(欧州サッカー連盟)によるFIFAコンペティションのボイコット決議(全会一致)だったことは間違いないだろう。
W杯から拡大版クラブW杯まで、FIFAにとって収益の大部分を生み出す大会は、いずれもUEFA加盟国の代表チーム/クラブが絶対的な主役である。不在でも大会そのものは成立するかもしれないが、その商品価値が大幅に低下することは避けようがない。「このプロジェクトが当初の目的を達成不可能にするような分断を生み出したことが明らかになったため」という中止の理由はしごく妥当なもの、というか、すでにそれ以外の選択肢は残されていなかったと言っても過言ではない状況だった。
注目すべきは、FIFAがFFE計画撤回を表明したにもかかわらず、UEFAがそれで矛を収めることをせず、8月10日になってAFC(アジアサッカー連盟)、CONCACAF(北中米カリブ海サッカー連盟)と連名でFIFA宛の公開書簡を発表したこと。以下の文面が示すように、その内容はインファンティーノ会長に対する事実上の不信任宣告というべきものだ。
「フットボールにおけるリーダーシップは、所有物ではありません。権力を握ること、あるいは握らせるよう要求することではありません。それは、その権限を託したフットボールファミリーに奉仕する義務です。欺瞞によって信頼が破られた時、1人の個人が、自らに権限を託した集団の上に自分自身を置いた時、その奉仕の義務は放棄されたことになります」
UEFAがここまで強い態度に出る背景には何があるのかを考える上では、FFE計画も含めて、FIFAとUEFAの間にどのような対立項が存在してきたのかを、いくつかの異なる観点から整理しておく必要があるだろう。
「富の偏在」は変わらずも…約2倍にまで急伸長するFIFAの収益
言うまでもないことだが、FIFAは全世界のフットボールを司る統括組織であり、そのミッションは、フットボール/サッカーというスポーツを全世界に普及し発展させることにある。FIFAの定款第2条には「サッカーを絶えず改善し、その統合的・教育的・文化的・人道的価値に照らして世界的に普及させること。特にユースおよび開発プログラムを通じてそれを行うこと」が法的な目的であると記されている。
インファンティーノ体制3期目となる2023~27年のスローガンは「Football Unites the World」。戦略目標として、FIFA主催コンペティションの拡大による世界からの参加機会の拡大、コンペティションの商業的成功による収入の増大、それに伴う再分配の拡大を通して、世界各地でサッカーを発展させることが掲げられている。2025年の拡大クラブW杯開催、2026年W杯の参加国拡大(32→48)も、そして現在構想が打ち出されている次回大会(2030年)からの64カ国化も、この文脈上にある。
一方UEFAは、そのFIFAを構成する6つの大陸連盟のうちの1つ。「United for Success」というスローガンを掲げた2024~30年サイクルの戦略目標には、域内においてグラスルーツからエリートまで全てのレベルにより多くの機会を与え、フットボールを社会の中心的存在としてより発展させること、オープンで競争的かつ持続可能な欧州スポーツモデルに基づくコンペティション体系を維持することが掲げられている。
UEFAが特殊なのは、そのテリトリーであるヨーロッパがフットボール発祥の地であり、競技力という点で他の大陸連盟を大きくリードしているだけでなく、ビジネス、すなわち主催コンペティションを通した収益という観点から見た時には、単独でFIFAのそれを大きく上回る規模にあるという点だ。これは、フットボールの世界においては、ヨーロッパという一部地域に「富の偏在」が生じていることも意味している。
5年前、FIFAがW杯の隔年開催を画策した2021年に書いた過去記事『FIFAの収入はUEFAの約4割に過ぎない。W杯隔年開催構想をめぐる思惑と攻防』にもある通り、2015~18年の4年サイクルにおける収入は、世界統括機関であるFIFAが約64億ドル、一大陸連盟に過ぎないUEFAが約147億ドルと、両者の間には2倍以上の格差があった。当時のFIFAが、4年に一度開催されるW杯に収益の7割以上を依存していたのに対し、UEFAはCLというドル箱が毎年30億ドル規模の収益を稼ぎ出し、さらに4年に一度のEUROが25億ドルを上乗せする構造だった。
このW杯隔年開催構想はあっけなく頓挫したわけだが、それから現在までの5年間にFIFAが進めてきた、拡大クラブW杯開催やW杯参加国の急拡大、そして今回のFFE計画に至る収益拡大の取り組みそれ自体は、「フットボールのグローバルな発展と普及」という大義名分によって正当化され得るものだ。そして実際、この5年間でFIFAの収益は大きく成長してきている。直近の2023~26年サイクルは、クラブW杯と北中米W杯の成功を受ける形で、150億ドルを超える見通しだと、当のインファンティーノ会長がW杯後に明言している。上で見た2015~18年サイクルと比較すると約2.3倍、続く2019~22年サイクル(約76億ドル)と比較しても約2倍にまで急伸長しているのだ。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
