【ブラジル戦レビュー】鳴りを潜める“戦術カタール”。北中米W杯で日本に足りなかった「一体感」と「勇気」とは?
北中米W杯日本戦徹底解剖#10
史上初のW杯8強入りに向けて進化を続ける森保ジャパン。その北中米大会での戦いを『森保JAPAN戦術レポート』(小社刊)の著者・らいかーると氏と、ボローニャやミラン、イタリア代表などで分析官兼コーチを歴任し、FIGC(イタリアサッカー連盟)ではアナリスト講座の講師も務めるレナート・バルディが徹底解剖。配置、狙い、駆け引き――日本代表戦に潜む戦術の深層を、それぞれの視点から読み解く。
第10回は、2-1の逆転負けを喫したブラジル戦をレビュー。鳴りを潜める“戦術カタール”とともに、北中米W杯で日本に足りなかった「一体感」と「勇気」とは?
決勝ラウンドは負けたら終わりの一発勝負。いつもよりも少しだけ慎重な戦い方になることは、やぶさかではない。しかし、それが裏目に出ることもあるだろう。やるべきことをやるだけというのは、言うは易く行うは難しだ。
2位で突破した北中米W杯グループステージにおける日本の振る舞いとしては、ミドルブロックを組むことが多かった。“戦術カタール”と言われたマンマークによるハイプレッシングがほぼ鳴りを潜めている今大会の姿は、相手にボールを奪われてカウンターを受ける機会をどれだけ少なくできるかにチャレンジしているようにすら映る。
もしかしたら相手の前線との同数対決を引き受けるリスクを、高く見積もっていたのかもしれない。撤退守備であれば最後はGK鈴木彩艶が何とかしてくれるという打算があったとしても、否定はできないだろう。
[4-2-4]のゴールキックをはじめとする攻撃の工夫
そんな慎重さも漂う中で臨んだラウンド32。日本は両シャドーの前田大然と伊東純也を前に出し、アンカーのカセミロをCF上田綺世が背中で消す、Jリーグでもお馴染みの策でブラジルのボール保持に対抗していく。注意点としては、相手のSBにボールが渡った時に、ウイングバックが一気にプレッシングをかける必要があること。その中村敬斗と堂安律が連動できなければ、前田と伊東が分身の術を強いられてしまうからだ。
ブラジルのビルドアップを見ていると、右SBのダニーロが可変のキーマンになっていた。彼が右CBのようにも振る舞うことで、2バックと3バックを使い分けていく臨機応変な立ち位置の変化には、前田が持ち前の走力で対応していく。ただ、そこまでダニーロの出番もなく、ブラジルの攻撃はやはりビニシウス・ジュニオールがウイングを担う逆サイドをメインルートとしていた。
コーナーキックのたびに観客を煽る相手に対して、ボール保持から前進していく局面で意図がわかりにくいロングボールを連発する日本は、ブラジルにボールを渡す試合序盤となった。相手を観察する中でボールを中途半端に奪われないよう、安全を優先したのかもしれない。実際にブラジルはハイプレッシングの様相を見せていたので、それと向き合う気もなかったのだろう。試合中盤から本来の姿を見せていくのは、むしろ王道の流れである。
ビニシウスを左ハーフスペースに陣取らせる作戦で、グループステージ首位突破に成功したブラジルは、当然のように日本戦でも継続路線を敷く。その狙いは、ゼロトップ気味のCFマテウス・クーニャを含めた中盤のポジションチェンジから、勝負のパスを入れていくこと。受け手となるビニシウスの裏抜けや個人技を炸裂させたいが、日本には対面の左CBに冨安健洋を置くことで対応を図られる。
前半のブラジルは、自分たちの方法論に固執する場面が目立つ。左インサイドハーフのパケタが日本のブロックの外に出て攻撃の起点を増やしつつ、ビニシウスへのパスラインを創出していきたいが、伊東、右セントラルハーフの佐野海舟、冨安の執拗な守備によってビニシウスの出番は限られ、ひと工夫が必要な展開となっていった。
最も刺さりそうなのはむしろ逆側のダニーロと右ウイングのライアンによるワンツー突撃だったが、同サイドでインサイドハーフを務めるブルーノ・ギマランイスは、ブロックの中と外を行ったり来たりするよりも外でのプレーを好み、ライアンも基本は大外にいた関係もあって、あまり攻撃に迫力をもたらせない。そのため、守備の基準点がなくなることも多い左CB伊藤洋輝を遊軍として使う余裕さえあった日本は、数的不利で相手を迎え撃つシーンがほとんどなかった。
そんな展開に変化をもたらしたのは、日本のゴールキック。[4-2-4]の形で鈴木彩艶を起点に超ロングキックか、ビルドアップかを迫る2択は、グループステージでも常に相手を苦しめてきた。対するブラジルの初手は、ほぼマンマーク。そこで試合を優位に運びたい意図が見えた日本は、球際を作られると厳しいものの、上田のポストワークもピン留めも生かせる一石二鳥で、敵陣にたびたび入っていくことに成功していた。そうして可能になった前進と裏腹に、ボールを失えばブラジルのカウンターが発動する噛み合わせで失点の雰囲気が出るようにもなったのは、ハイリスク・ハイリターンのジレンマと言えるだろう。
時計の針が12分を回ると、ミドルプレッシングからハイプレッシングへと移行する雰囲気をなくしていく日本。ブラジルのカウンターを警戒してか、ロングボールでボールを逃していた序盤を考えると、ボールをつながないほうがいいのか?と疑問が出てきそうだが、日本もボール保持ではライン間で伊藤からパスを引き出す伊東がフリーキックの機会を得たり、中盤の隙間で佐野が冨安からボールを受けたりと、ブラジルが問題を抱えるようにポゼッションすることができている。さらに鈴木彩艶のフィードをほとんどマイボールにし続けた上田が存在感を示せていたことも大きい。その根性は特筆に値するものであった。
ブラジルのゴールキックには、伊東と前田の速さで対抗する日本。右CBマルキーニョスにボールが託され、ライアンに放り込んでいく相手からボールを回復する場面がよく見られていた。堂安が1列下がって中村が1列上がる[4-2-4]のゴールキックとともに伊東、前田がボールサイドに出張して、攻撃に枚数をそろえる日本の振る舞いは変わらない一方で、ブラジルもだんだんと攻撃に工夫を施していく。シンプルにパケタからビニシウスへのパスコースを作っても冨安の罠にはまるので、ビニシウスの周りに人が集まるようになっていった。
そして、ブラジルが狙い続けるのは伊東と佐野の間。伊東のほうが守備意識が高いという左右非対称を利用されたというよりは、シンプルにビニシウス周辺で勝負したかったのだろう。そのギャップを執念を持ったかのように使っていくうちに、ビニシウスのポストワークや、それを囮にチームメイトがボールを受けてフィニッシュまでたどり着くなど、ブラジルは徐々に攻略の糸口を見つけていく。
伊藤のサイドチェンジが引っかかり、ビニシウスとのマッチアップで冨安が縦に抜かれた20分は、まさにその凄まじさを知らしめたシーン。スペースを与えてしまうと致命傷につながりかねない。そう考えるとラインを下げたくなるのが心情ではあるが、それでもハイドレーションブレイクまでにビニシウスが裏抜け、間受け、そしてドリブルによって仕掛けてくる機会そのものを、日本は減らすことができていた。
ハイドレーションブレイク後の賭けに勝った先制点
飲水後の日本に明確な変化があったとすれば、もう一度前から守備をしようと試みる姿勢。基本的に前田と伊東は常にやる気満々のようで、判断基準はその背後に立つウイングバックの位置になった。ライアンにピン留めされている中村は、伊藤に背中を任せて前に出られるかどうか。結局のところ、DFラインが相手との同数対決をある程度は受け入れてくれないと、ハイプレッシングを行うことは難しい。必要なのは勇気か、個の力か。それはまた別のお話だ。
それによってボールが行ったり来たりするようになっていくと、29分にトランジション勝負で日本に天秤が傾く。伊東と前田を前線で起用しているのも、彼らの快速を生かしたい意図があったのだろうが、きっかけは相手のロングボールを拾ってすかさず、伊東へと鋭いパスを通した中央CBの谷口彰悟。筑波大学と川崎フロンターレで培った前線の足下にボールを届けるスキルを、ブラジル相手にもひるまず披露する姿には勇気をもらった。そこから繰り広げられた奪い合いの中で嗅覚を発揮したのは佐野。敵陣センターサークル内でインターセプトするとそのままカセミロを振り切ってペナルティアーク付近まで持ち上がり、自ら右足を振り抜いて地を這うミドルシュートを流し込むのだからスーパーである。ややプレッシングを強めた日本が、賭けに勝ったということになるのだろう。
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。
