【バルディ分析(後編)】日本に足りなかった「勇気」。ブラジルの逆転劇が突きつける最後の壁
北中米W杯日本戦徹底解剖#9
史上初のW杯8強入りに向けて進化を続ける森保ジャパン。その北中米大会での戦いを『森保JAPAN戦術レポート』(小社刊)の著者・らいかーると氏と、ボローニャやミラン、イタリア代表などで分析官兼コーチを歴任し、FIGC(イタリアサッカー連盟)ではアナリスト講座の講師も務めるレナート・バルディが徹底解剖。配置、狙い、駆け引き――日本代表戦に潜む戦術の深層を、それぞれの視点から読み解く。
第8&9回は、北中米W杯ラウンド32のブラジル戦を徹底分析。前半はブラジルをコントロールしながらも、後半は相手の修正に押し込まれ逆転負け。バルディが敗因として挙げたのは、戦術だけではない。「ボールを保持して試合を支配する勇気」「流れを変えるリーダーシップ」、そしてベンチワーク──。世界一に届くため、日本代表に残された最後の課題を読み解く。
「1-0の後こそ、獲物を仕留めに行くべきだった」
――個人的に残念だと思っているのは、まさにその点です。レナートはボローニャ時代、ミハイロビッチ監督が、ゴールを奪った直後のプレーでは強度を最大に上げて攻撃に出なければならない、相手は落胆しているのだからそこを衝くことが重要だと言っていたという話をしてくれましたよね。相手の困難につけ込んで1点を奪った後、さらに攻勢に出るべきだったし、それは十分に可能な戦況だったと思うのですが、日本はそこですぐに重心を下げてしまった。あれが一番残念でしたね。
「スウェーデン戦でもそうでしたが、あれは引き分けでもOKという事情があったからという説明が可能でした。リスクを取る理由がなかった。しかし負ければ終わりのノックアウトステージで、しかもブラジルを困難に陥れてリードを奪ったのなら、そこで一気に相手を殺しに行こうとしても良かったと思います。ブラジルが攻勢に立っている時間帯にゴールを奪ったわけでも、偶然が味方をして運良く得点が入ったわけでもなく、相手が困難に陥っている中でゴールを奪ったわけですから。そこでさらにアクセルを踏み込むべきだったとは思います」
――2014年のW杯で日本を率いたザッケローニ監督が、初戦のコートジボワール戦で先制した後、チームがそれで満足したかのように守りに入ってしまったことが最大の後悔だ、と話してくれたのを思い出しました。「私は1-0になったら2-0、3-0を狙って攻撃するチームを作ったし、それまではそういう戦いができていた。でもあのW杯ではその勇気が欠けていた」と言っていたんです。もちろん状況は違いますが、根っこのところでは同じことを繰り返しているな、と。自分たちの力に全面的に自信を持ち能動的な姿勢を保って戦ったのはチュニジア戦だけだったし、結果的には勝ったのもそのチュニジア戦だけでした。
「自分たちの力に対する自覚、自信が十分ではないとしたら、チームがそうした姿勢を持ち続けることを可能にするリーダーシップがピッチ上に欠けていたからなのか、それともそれをもたらす文化的な根っこがあるのか、外から見ているだけではわかりません。ただ、歴史的に同じことが繰り返されているのだとしたら、そこには文化的な根があるのかもしれない。それを引き抜くのは今の世代ではなく次の新しい世代が出てくるのを待たなければならないかもしれません。
ただ、日本の世論やメディアがどんなトーンでこの試合、このW杯について語っているのかは知りませんが、私はこの試合も、そして日本代表のW杯全体も、ポジティブなトーンで語られるべきだと思います。カーボベルデに負けたわけでも、パラグアイに負けたわけでもなく、ブラジルに負けたのであり、しかも一方的に叩きのめされたわけでなく、先制した上に最後まで1-1で粘った末の敗退です。
森保監督が、優勝するために戦っている、と言い続けてきたとしても、現実問題としてはブラジルやフランス、アルゼンチンといった強豪国と比べると、戦力的な観点から見てまだ及ばないところがあることは明らかです。戦力的に見て日本よりも上にいるドイツやオランダがどのように敗退したかを見れば、日本は十分に善戦したと言うことができます。物事には正しい価値を与えなければなりません」
後半、試合の主導権はなぜ反転したのか
――実際、後半にブラジルが修正してきてからは、反撃の糸口すら掴めないまま押し切られたことは確かです。
「はい。ピッチ上で戦っている選手は、戦況を敏感に感じ取っているものです。前半には前半の、後半には後半のそれがあった。前半に関して言えば、ブラジルの選手たちがあれほど悪いプレーをしていたにもかかわらず、日本が得点の場面、つまりトランジションからのミドルシュートを除いて、彼らを本当に大きな困難に陥れることができなかったという事実は、彼らに少し力を与えたと思います。それが後半につながった。
ダニーロのインタビューを聞いていたら、アンチェロッティ監督はハーフタイムに、落ち着いて自分たちの価値をピッチ上で表現しろ、そうすればこの試合は持ち帰れる、と言っていたそうです。後半、ブラジルはそれまでハーフスペースに絞っていたビニシウスを外に開かせ、空いたハーフスペースにマガリャインスが上がってきて繰り返しファーサイドへクロスを送り込む展開になりました。
ただ、こうした戦術的な側面以上に、それぞれのチームの心理状態、感情的な側面の変化が大きかったと思います。日本はどんどん後ろに下がり、クロスとエリア内の混戦に苦しみ始めた。そうして、いずれゴールが決まるという空気がピッチ上で濃くなっていった。それが一方には自信を与え、もう一方には不安をもたらしたのだと思います。カセミロのヘッドを冨安と鈴木が救った場面があり、その直後のカウンターアタックで日本がゴールを奪っていれば、またそこからまったく別の試合が始まったと思います。ただそうはならず、ブラジルの流れが続いてゴールにつながった」
ウイングバック2枚替えが伝えた“後ろ向きのメッセージ”
――その後、ハイドレーションブレイクの直前に、左右のウイングバックを堂安、中村という“ウインガー”から菅原、鈴木淳之介という“SB”に2枚替えしたことで、日本は受動的に耐え忍ぶ方向に完全に舵を切りました。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
