サンフレッチェの「継承者」バルトシュ・ガウルは森保一タイプ?新世代監督の「共創型マネジメント」
Jリーグ新監督のビジョン#2
バルトシュ・ガウル監督(サンフレッチェ広島)
2026シーズンのJリーグは、降格がない百年構想リーグという変則レギュレーションの後押しもあり、チャレンジングな監督人事が目立つ。サンフレッチェ広島のバルトシュ・ガウル監督は38歳、ガンバ大阪のイェンス・ヴィッシング監督は37歳とドイツの新世代監督を招聘。トップレベルの指導経験はない藤枝MYFCの槙野智章監督も驚きの人選だった。名古屋グランパスのミハイロ・ペトロヴィッチ監督や北海道コンサドーレ札幌の川井健太監督、横浜FCの須藤大輔監督といった攻撃サッカーを掲げる戦術家も新天地で新たな挑戦を始める。未知の魅力にあふれた新たなサイクルの幕開け――Jリーグ新監督のビジョンに迫る。
第2回は、サンフレッチェ広島が名将ミヒャエル・スキッベの後任として白羽の矢を立てたガウル新監督。謎に包まれた38歳のドイツ人指揮官の目指す戦術、マネージメントスタイル、そしてキャンプでのチーム内の反応をレポートしてもらおう。
「破壊と創造」か?「継承と積み上げ」か?
新しい監督が就任した時、チームビルドの方法は2つある。
1つは「破壊と創造」。もう1つは「継承と積み上げ」だ。
前者の典型は、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督(名古屋)。彼自身が信じるサッカーのフィロソフィ(哲学、思想)があり、どんなチームで指揮をとっても、そこを曲げることはない。そして実は、多くの監督がこのタイプだ。
では後者は? 広島においての代表的な存在が、ペトロヴィッチ監督退任後を引き継いだ森保一だ。彼は前監督が残した攻撃面での遺産を継承し、そこに守備の意識を植えつけて、広島にクラブ史上初の優勝をもたらした。彼の在任中に成し遂げた3度の優勝がなかったら「新スタジアム建設」の気運は高まらなかったはずで、そういう意味でも森保一が広島の恩人であることは疑いない。
一般的に見れば、「破壊と創造」という仕事の方が鮮やかだし、手腕も際立つ。実際、ペトロヴィッチ監督の発想は大胆不敵で、アイディアに溢れ、間違いなく創造性に満ちていた。ただ、彼の「オリジナル」は徹底的な前政権破壊の後に成立するもので、当然ながら副作用は存在する。広島の場合、「J2降格」という大きな痛みを伴った。この副作用や出血なくして「ミシャ式」の確立もなかった。それが、歴史的な評価だ。
では「継承と積み上げ」は簡単なのか? そんなことはない。むしろ、「言うは簡単」であり、この仕事の方が困難な部分が山ほどある。
大前提として「継承」するという仕事は、前政権が上手くいっていたという認識があってこそ。逆に言えば、前任者へのリスペクトがチーム内に色濃く残っていることが前提であり、この状況は新監督がチームマネジメントを行うにあたって困難を生み出す要因になりかねない。
監督という仕事を引き受ける以上、誰しも「自分のサッカー」を表現したいという創造欲がある。ところが「継承」は、その欲望をグッと自分の中に押し込み、前政権の遺産を明確にトレースすることからスタートしないといけない。この作業は、ストレスにもつながる。
さらに困難なのは「積み上げ」だ。前政権が上手くやっていたとはいえ、問題は常に存在する。その問題を解決するには「破壊」が最もてっとり早い。前体制をスクラップし、そこから新しいものをビルドした方が、考え方がシンプルだ。
森保一が「守備を整備した」と言われるが、ペトロヴィッチ時代の攻撃に全振りした戦術やそのやり方に慣れた選手たちに「守備」を植えつけることが、どれほど難しいか。攻撃の良さを残しつつ、守備の意識を整える。広島が圧倒的な個人に依存するスタイルではなかっただけに、そこは大きな困難を伴った。実際、2012年の初優勝に続き2013年には連覇を果たしたが、この時のチームはペトロヴィッチ色が薄くなった守備型。森保監督をもってしても、前任者の良さを継承しきることはできなかった。
「継承」を託されたガウルは、なぜ「守備の整備」から始めたのか?
では、バルトシュ・ガウルという38歳の新監督は、どうなのか。
クラブからは「破壊」ではなく「継承」を求められた。2022年から続いたミヒャエル・スキッベ監督の4年間はクラブとサポーターに幸せをもたらしていたからだ。4年で2度のカップタイトル。リーグ戦の優勝はなかったが、2位が1度、3位が2度。ハイプレッシャーを武器として敵陣でサッカーを続ける勇敢さは、サポーターを熱狂させた。
その「幸福」を引き継いで、増幅させてほしい。
端的に言えば、それがクラブの希望である。そしてそれは、間違いなくバルトシュ・ガウルという38歳の指導者へのプレッシャーになりうることだ。
しかし彼は、仕事に対して忠実になろうとしていた。
そもそも「ハイプレッシャー・ハイライン」や「全ての局面を攻撃的に」という概念は、彼自身が持っているコンセプトに合致している。それはおそらく、ドイツサッカー界における共通認識なのだろう。
ただ、その概念を実際のプレーに落とし込むためには「方法論」が必要となってくる。
ミヒャエル・スキッベは、その落とし込みのために「勇敢なサッカー」という思想と「オールコート・マンツーマン」という戦術を与えた。それは、前体制と全く違うサッカーをするための「方法」であったのだ。
スキッベ監督の本当の狙いがどこにあったのかはわからないが、「勇敢に戦え」「目の前の相手に勝て」というシンプルな言い方は、選手たちの迷いを消したことは事実だ。ただ、それはミヒャエル・スキッベという実績もキャリアもある人物が言うからこそ、重みが出る。
バルトシュ・ガウルは、違う方法論を持っている。それは「チーム全員でやっていく」という姿だ。
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Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。
