FEATURE

30年のキャリアを経て、たどり着いた境地。「スカウトなんて釣りをしているような感じでやれば、誰でもできるんです(笑)」ヴァンフォーレ甲府・森淳スカウトインタビュー(後編)

2025.10.27

Jスカウトに求められる視点#12

今や「欧州組」「日本人対決」という言葉が陳腐化するほど、数多くの日本人選手が海を渡って活躍している。欧州各国からの評価も年々向上し、10代の選手たちのキャリアプランに夢ではなく、リアルな選択肢として「欧州クラブ」が加わるようになった。日本でも秋春制の導入、U-21 Jリーグの創設など大きな改革が進む中で、才能の原石を見つけるプロたちは何を考えているのか?――これからのJスカウトに求められる視点について様々な角度からフォーカスしてみたい。

第10~12回はヴァンフォーレ甲府の森淳スカウト。スカウト初年度に中田英寿を獲得してから、30年にわたるキャリアを積み上げ、佐々木翔、稲垣祥、伊東純也、三浦颯太など、のちの日本代表選手がまだ“原石”だった時代に彼らを発掘し、プロの世界に導いてきた“超目利き”の敏腕スカウトには、ご自身のたどってきた歴史を振り返っていただきながら、選手を見る時のポイントや選手獲得の流儀について、大いに語ってもらおう。

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スカウトに適性や特性なんてないと思っている

――これはそもそもの話ですが、スカウトの適性というか、スカウトに向いている性格ってありますか?

 「誰でもできます。むしろ今はJリーグに60クラブあるので、そのクラブにどれだけ合うかというだけです。だから、僕がJ1のクラブに行ってもダメでしょう。そのかわり、『こういう選手は獲れないけれど、こういう選手で勝負するから』というクラブではやれるのかなと。

 メディアの方々は大卒の選手を『即戦力』と書きたくなると思うんですけど、僕は『1年後ね』と言っているんです。だって、ウチに即戦力になれる選手は来ませんから。でも、大きなクラブで大卒選手の話をするなら、即戦力だという話になるはずで、そうしたら即戦力の選手を獲らないといけなくなるんです。僕は1年後にこうなっているだろうという選手を甲府に獲ってくるだけの話で、スカウトはそのクラブに合った選手を獲るべきで、『スカウトはこうだ』というものはないと思いますね。

 僕も大きなクラブに誘われることもありましたけど、たぶんそこに行っても、そのクラブが望んだような仕事はできないんですよ。もうヒデの時にああいう仕事は無理だと思ってしまっている自分がいますし、先ほどからお話ししているように、自分自身も上手い選手ではなかったので、そういうところを狙うということに特化しているのかなと。

 五輪代表に選ばれたら見送る、U-18の代表に選ばれたら見送る、ぐらいのことをしていますし、これも先ほど言いましたが、自分で想像して選んだ代表選手から、実際に選ばれなかった選手を『ラッキー!』と思いながら獲りに行くというような流れでやっていて、特に甲府に来てからはそれがやりやすいんですよ。

 それはもちろん来てくれた選手が頑張って、結果を出してくれたからなんですけど、それでクラブが信じてくれるようになったからで、最初は佐々木でさえも懐疑的な感じはあったと思います。目に見えて上手くなくても、ジワリと効いてくるヤツらを獲れればいいのかなと思っていたら、そういう選手しか見えなくなってきちゃったと(笑)。

 それは有名な選手が喉から手が出るほど欲しい時もありますけど、そこで『頼むから来てくれよ』というのも嫌だなと思っちゃうんです(笑)。もう歳も取っているし、上から目線でいさせてよと。『君の場合は……』とプレゼンして、『将来こうなったら素晴らしいと思うよ』なんてことは、もう言えなくなってきている自分がいて、だからこそ若いスカウトも欲しいんですけどね。

 どのクラブのスカウトもみんな凄いんですよ。ちゃんと先のプランを提示して、未来の図みたいなのも作ったりして。絶対にそうはならないのに(笑)。むしろ僕が手ぶらで行っているように見えちゃうじゃないですか。ちゃんとお土産は持っていきますけど(笑)、『ああ、森さんはそういうスタイルなんですね』とか言われちゃって。不思議ですよねえ。

 だから、一緒に仕事をするスカウトは自分にないものがある人と組みたいですし、それが一番大切です。それで徐々に頭の中でキャッチボールができてきて、あとは任せたいというところまで来てしまえば、あとは『やっちゃえ、やっちゃえ』というふうになると思います。スカウトに適性とか、特性なんてないですよ」

――それぞれのスカウトの人が、それぞれ輝ける場所で仕事をすることが大事ということですね。

 「たとえば三笘が大活躍している時に、『こっちの選手がいいんじゃない?』とはなかなか言いにくいですけど、そのチームで2番目の選手を見たりとか、負けた方の選手はどうだったかとか、それから弱いチームで活躍しているチームの中心選手はどうかと。毎回3、4点入れられて負けるチームのエースってどうなんだろうとか。勝つメンタリティを持っていない選手はちょっとキツいんですけど、素材としても悪くない選手はいるわけで、やっぱりどのチームでも10番は10番なんですよ。帝京のあの時の10番のように(笑)。

 長い目で見たらどこかで良くなるかもしれないですし、のびしろって説明できないんですけど、スカウトはできあがっている選手に飛び付く傾向があると思うんですね。もちろんそれが即戦力ということなんですけど、そこで成長が止まってしまっては困るんですよ。むしろそこからの成長が見込めるという意味では、少し上手くないほうが伸びやすいというか。

 いつもよく言うのは、Aという選手がユース代表に入っていて、チームメイトのBという選手はずっと下だったと。それでプロになったAがオリンピック代表に選ばれたら、ちやほやされちゃうじゃないですか。Bは大学で雑用や応援をしていたけれど、3年生から試合に出られるようになったと。

 もともとBはAに適わないと思っていたのだけれど、Aは結局プロで試合に出られないうちに、いつの間にかBに実力で抜かれていても、Aは抜かれたことにも、Bは抜いたことにも気づかないんです。でも、Bは『まだAを抜けない』と思って頑張ったりするんですよね。アスリートってよくあるじゃないですか。『子どものころにアイツには勝てないと思った』みたいな」

――『消えた天才』みたいなテレビ番組もありますよね。

 「残念だけど、そういう選手の成長はそこでおしまいだったわけです。でも、どこかで『天才』というワードが出ると、みんなそう思ってくれるから、僕はそれが助かるんですよね。こっちも『アイツは天才だよ』と乗っかっておいて、そのチームのほかの選手を獲ると(笑)。サッカーってどうしても一番良い選手を見ちゃうんです。それを我慢するのにはちょっと時間が掛かったかもしれないですね」

「サッカー選手は上手じゃダメ。凄くなきゃいけない」

――試合を見ていて、その選手ののびしろは見えるものですか?

 「基本的に下手な選手は上手くなります。そうなると、これはほかのスカウトも言いますけど、武器がメインですね。速い、強い、高い、運動量があるという特徴をメインに見て、その中に上手さがあるかも見ますけど、それはプロに入ってからでもいいんです。

 純也みたいに足の速いのがわかればいいんですよ。稲垣だって技術はそこまで高くなくても、だんだんサッカーになっていきましたから。そういう計算ができるようになると、1年後、1年半後にこうなるというものが見えていればいいわけで、佐々木だって最初はダメでも、使ってもらっているうちに、3か月後には凄い選手になったんです。

 我慢して使ってもらって経験を積むことはものすごく大切で、高卒でいきなりJリーグに入った時に、本当に試合に出られるならいいですし、またはサブに入るならまだいいのですが、それができないのに、“鳴り物入り”って言っても全然鳴らないのは当然のことで、『自分は凄いと思っていたのに……』という選手もいますから。

 でも、僕は今の高校生は全然凄くないと思っているんですよ。中田英寿、中村俊輔、小野伸二、高原直泰とその時代の子たちの凄さを見ちゃっていますからね。今は教えられたことを上手くできる子が競い合っているんですけど、ヒデたちは自己流だったんですよ。

 要は『キャプテン翼』のプレーを自分でやるわけです。学校に行ってマットの上でボレーを打ってみたり、オーバーヘッドをやってみたり。だって、ダイビングヘッドをするヤツなんて今はほとんどいないでしょ。武田修宏が何で点数を獲れていたかというと、なんかいいところにいたじゃないですか。今でいう上手な選手は得点王になんてなれないですよ。

高校サッカーを取材する武田修宏

 それは今だと泥臭いと言われるプレーなのかもしれないけれど、あのころの選手には凄さがあったので、『サッカー選手は上手じゃダメ。凄くなきゃいけないんだ』というのが僕の口癖なんです。『泥だらけになって凄い』『1試合にスライディングを10回以上するから凄い』でいいんです。それでお客さんは喜ぶんですよ。

 プロは負けや引き分けを受け入れて、その次の試合でも、もう1回お客さんをスタジアムに連れてくるのが仕事だから、凄いことをやらないといけないんです。『アイツ、この前の試合は10回もアップダウンしてたけど、今日は15回もしてたんだぜ』でいいんですよ。『アイツのユニフォームはいつも泥だらけで、この間は背番号が見えなかったけど、今日は前のスポンサーも見えなかったよ』でいいんです。その凄さを出すのがプロだと思うんですよ。

……

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Profile

土屋 雅史

1979年8月18日生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社。学生時代からヘビーな視聴者だった「Foot!」ではAD、ディレクター、プロデューサーとすべてを経験。2021年からフリーランスとして活動中。昔は現場、TV中継含めて年間1000試合ぐらい見ていたこともありました。サッカー大好き!

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