即フィットの秘密は「体と頭の準備」。新潟移籍で覚悟を決めた橋本健人のJ1再挑戦
【特集】Jリーグ夏の新戦力、救世主は誰だ?
#7 橋本健人(アルビレックス新潟)
今夏も動きが活発だった移籍市場。経験をもたらすベテランから即戦力として期待を背負う実力者に武者修行で再起を図る若手まで、各Jクラブが補強した救世主候補たちの物語を番記者がお届けする。
最終回では、J2徳島ヴォルティスからJ1アルビレックス新潟へと個人昇格を果たした橋本健人をピックアップ。本人が口にする移籍に込めた「再挑戦という意味」と、加入後初出場を支えた「体と頭の準備」の真意に、新潟の番記者を務める野本桂子氏が迫る。
「怖がらず、縦につけられた」“ファーストプレー”で空気を変える!
8月17日、アルビレックス新潟は、明治安田生命J1リーグ第27節・アビスパ福岡戦に臨んだ。今季初の連勝をかけた一戦。スタメンには、今夏、唯一の補強選手である橋本健人が初めて名を連ねた。
豊富な運動量と正確なクロスを武器とする、左利きの左サイドバック。徳島ヴォルティスから新潟への完全移籍加入が発表されたのは、7月30日のことだった。翌31日、約700kmの道のりを10時間かけて車で自走し、新潟のクラブハウスに到着。8月1日から、チームの練習に合流した。
それから16日後。左サイドバックのレギュラーを務める主将・堀米悠斗が足を傷めたこともあり、早速チャンスがめぐってきた。アウェイのベスト電器スタジアム。新潟の一員として初めてピッチに立った橋本は、試合開始直後から、まるで何年も前からチームに在籍していたかのように、とてもスムーズにビルドアップに加わった。
開始4分、いきなりチャンスメイク。長倉幹樹の動き出しを見逃すことなく、ハーフウェイライン付近からスルーパス。フリーで抜け出した長倉がシュートを放つ場面を作った。これは惜しくもファーポストを叩き、こぼれ球に詰めたダニーロ・ゴメスの一振りもDFにブロックされて先制点とはならなかった。
しかし、この“ファーストプレー”によって、空気は変わった。「怖がらず、縦につけられた」という橋本自身がそこから乗っていく。チームメイトには、動き出せば正確なパスが届くということが伝わった。その後も新潟がボールを圧倒的に保持する展開の中で、39分にもビッグチャンス。背後を狙って動き出した宮本英治に、アーリークロスを送る。これは手前でDFにクリアされたが、こぼれ球を収めた長倉が再びシュート。今度はGKに阻まれたが、可能性を感じさせる場面だった。
また、守備でも予測の効いたパスカットや、素早いカバーリング等、危なげない対応が光った。クローザー役の遠藤凌と交代する90+2分まで、攻守に安定したプレーを披露し続けると、チームの2試合連続無失点、そして今季初の連勝に貢献した。
試合後の記者会見で、橋本の評価を尋ねられた松橋力蔵監督は「素晴らしい、のひと言です。(具体的には?)すべてです」と称えている。橋本は「まずは勝てたことにホッとしています」と結果に安堵しつつ、「新潟が培ってきたものに、自分がちゃんと溶け込めた。自分のよさを出しながら、ちゃんと11人でサッカーができたことはよかった」と振り返った。
評価したのは、もちろん指揮官だけではない。試合中から、新潟サポーター関連のSNSには「前からチームにいるみたい」という趣旨のコメントがあふれた。橋本自身、これまで在籍したチームでボールを保持するスタイルのサッカーは経験しており、「新潟のスタイルは、自分が得意とするスタイルとマッチしている、ここなら活躍できる」という思いもあった中での移籍だった。それにしてもあっという間の適応力について、橋本は「他の10人が、僕に合わせてくれたところもあると思います」と感謝しつつ、「この2週間、体もそうですけど、頭の準備をかなりしていたので、そういうところが出たのかな」と語った。
2週間で「頭でっかち」から自然体に。適応を促した新潟のスタイル
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Profile
野本 桂子
新潟生まれ新潟育ち。新潟の魅力を発信する仕事を志し、広告代理店の企画営業、地元情報誌の編集長などを経て、2011年からフリーランス編集者・ライターに。同年からアルビレックス新潟の取材を開始。16年から「エル・ゴラッソ」新潟担当記者を務める。新潟を舞台にしたサッカー小説『サムシングオレンジ』(藤田雅史著/新潟日報社刊/サッカー本大賞2022読者賞受賞)編集担当。24年4月からクラブ公式有料サイト「モバイルアルビレックスZ」にて、週イチコラム「アイノモト」連載中。