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「いわきのブランドに“足が速くなる”も加えたい」スプリントコーチ・秋本真吾の「走り方革命」の実態

2024.09.02

いわきメソッドの正体#7

「日本のフィジカルスタンダードを変える」――2016年から始まった革命は、瞬く間にJ2までたどり着いたピッチ上の成果、インテンシティが重視される世界のサッカートレンドの後押しも受け、日本サッカー界で独自の立ち位置を築きつつある。現在はレンタル選手の武者修行先としても評価を高めている「強く速いフィジカルを作る」メソッドの正体に、様々な関係者への取材を通じて迫っていく。

第7回は、2022年にいわきFCのスプリントコーチに就任した秋本真吾氏による「走り方革命」の実態に迫る。現役時代は400mハードルを専門とし、200mハードルのアジア最高記録保持者だった走りのスペシャリストは、サッカー選手の足をどう速くしているのか?

スプリントコーチのパイオニアとしての挑戦

――秋本コーチがサッカー選手に走り方を教えるようになったのは、どういうきっかけだったのでしょう?

 「現役時代にプロ野球のオリックスの選手に走り方を指導した経験があり、陸上のコーチになるよりも他のスポーツ選手の足を速くする方に可能性を感じました。岡崎慎司選手などを教えていた法政大学教授の杉本(龍勇)さんの取り組みに興味関心を持ち、引退後にその杉本さんに相談に行き、チャレンジの背中を押していただきました。当初は野球メインで考えていましたが、知り合いからの紹介でサッカー選手が増えていきました」

――最初は誰を担当されたんですか?

 「今はブラウブリッツ秋田でプレーしている加賀健一選手です。北海道コンサドーレ札幌でプレーされていた曽田雄志さんと知り合うきっかけがあり、曽田さんから紹介していただきました。その後は加賀さんからFC東京の選手たちを紹介していただき、その中に今のいわきFCで強化をやっている平松(大志)さんもいました。平松さんとはいわきで再会しましたが、縁を感じますよね。その後、浦和レッズの槙野さんや宇賀神さんなどに広がっていき、スプリントコーチとして10年間で200人以上のサッカー選手を担当させていただきました」

――口コミで広がっていったんですね。

 「そうですね。自分から営業することはなかったです。というのも、走り方を学ぶというのはモチベーションが高くないと効果が薄いと感じました。誰かに言われて仕方なくやるではなく、切実に速くなりたいというモチベーションがあり、自分から僕に会いに来たり、直接DMを送ってきたりという選手が多かったです。逆に言えば、パーソナルコーチは付きっ切りで指導するわけではないので、やり方を聞いて自分で続けられる選手の自主性がないと効果が出ないとも言えますね」

――秋本コーチが指導したサッカー選手たちは、ほぼ足が速くなる?

 「足の速さは才能だったり、先天的なものと考えられがちですが、動作の改善でほぼ100%速くなります。僕がいわきFCに来た時も『それだけは約束できます』と伝えています。もちろん100mを9秒台で走れるのは才能が大きいですが、エリートアスリートであるサッカー選手を10秒台で走らせることは達成不可能な難題ではないと感じています。僕は30歳まで陸上をやりながら、自分の身体をどう前に速く移動させるかをずっと追求してきました。どういうふうに地面と接地し、どう力を加えるか。足が速くなるポイントは『ピッチ×ストライド』の掛け算になります。どうやってピッチを速くして、ストライドを広げられるか。理論的に動作を改善していくことで、その人なりに必ず足が速くなります。

 実際にサッカー選手を指導する時に効果的だったのは、映像を見せることですね。クリスティアーノ・ロナウドやホーランド、ムバッペは、なぜ速いのか。サッカーのトップと陸上のトップの走り方の共通点を解説したり、いろんな方法で選手に走りの理論を伝えています。基本的には、動作理論の習得→トレーニングの流れです。今の走り方の何が悪いのか、選手に自分に矢印を向けて考えてもらいます。だから僕のトレーニングは声を出して盛り上げるというよりも、みんな無言で黙々とやる感じなりますね」

Photo: ©IWAKI FC

サッカー選手は「ストライド比率が高い人が多い」

――サッカー選手の走り方はどこが悪いことが多いですか?

 「体型にもよりますが、ストライド比率が高い人が多いです。スプリントの時に大股で走ると、かかと着地になるんですね。基本的に自分の体の軸に近い場所に接地した方が力は伝わりやすい。サッカーでも軸足がボールから離れていると、強いボールは蹴れませんよね? オーバーストライドでかかと着地だと効率的に力が伝わらず、速く走れないですし、ハムストリングスの肉離れなどのケガにつながります。無理な体勢、正しくないフォームでフルスプリントを続けるとケガのリスクが高まりますし、1回1回のダメージが大きいのでスプリント回数そのものも伸びていかないはずです」

――では、それを改善するトレーニングは何でしょう?……

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。