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スロットのリバプールでの役職が「Head Coach」である意味。「監督」権限の再分配に関する考察

2024.06.20

【特集】「欧州」と「日本」は何が違う?知られざる監督ライセンスの背景 #11

日本の制度では20代でトップリーグの指揮を執ったナーゲルスマンのような監督は生まれない?――たびたび議論に上がる監督ライセンスについて、欧州と日本の仕組みの違いやそれぞれのカリキュラムの背後にある理念を紹介。トップレベルの指導者養成で大切なものを一緒に考えてみたい。

第11回は、リバプールがクロップの後任として白羽の矢を立てたアルネ・スロットに任せた役職が「Head Coach」である意味、そこから導き出されるサッカークラブの中で「監督」が担うタスクの変化について考察してみたい。

 2015年から2024年までの間、監督としてリバプールの黄金期を創り上げたユルゲン・クロップの後任として、リバプールはアルネ・スロットの”監督”就任を発表した。スロットは23-24シーズンに監督としてフェイエノールトを2位に導き、偉大な前任者の後任としては期待と不安が相半ばしているものの、新たなリバプールがどのようなチームになるのかはとても興味深い。

 ところで、そのスロットの就任に関してリバプールからは「監督」ではなく「ヘッドコーチ」としての就任という声明が発表された。これは日本語圏に生きる我われにとってイマイチ理解しにくかったところだが、正確には英国でサッカーにおける「監督」を表す”Manager”としてではなく、”Head Coach”としての就任であるという旨の声明だった。

 このHead Coachという呼称についても、従来のサッカー界で用いられてきた監督に次ぐ役職(≒第二監督)としてのヘッドコーチではなく、アメリカスポーツなどで「監督」を表す時に用いられる意味でのHead Coachということになる。つまり、リバプールが出した声明は「監督不在」を表すものではなく、「監督」というものの呼称の変化を通じて、組織の在り方や求める資質についての変化を表すためのものだということだ。

 これをより正しく理解するには、ManagerやHead Coachといった言葉のニュアンスの違いは当然として、リバプールの経営を担っている米国資本やアメリカスポーツ文化の影響、ひいてはフットボール部門全体の構造/組織論的問題まで関わってくる。今回の特集テーマは「監督ライセンス」だが、リバプールの発表は監督やヘッドコーチ、フットボール部門といったサッカーの「指導者」に求められる資質や協業関係の再定義といった流れにつながる可能性もある。簡単にではあるが、これらの話題を一つひとつ整理してみながら、指導者の役割のこれからについて考えてみようと思う。

イングランドフットボール伝統のManager型指揮官

 まず、イングランドフットボールにおける「監督」は、長らく“Manager”として表現されてきた。一方で、バスケットボールやアメリカンフットボールなど、アメリカンスポーツの多くでは現場の最高責任者を”Head Coach”と呼ぶ。これらの呼称は文化的、あるいは組織における権力の分配構造の違いからくるものという側面もあるので、実際にはどちらもおおよそ日本語で言うところの「監督」というニュアンスで使用されているに過ぎないという見方もできる。

 とはいえ、使われる単語が違う以上、そこには微妙なニュアンスの違いが存在するのもまた然りだろう。特に今回のリバプールのケースにおいては、同一組織内でManager→Head Coachへと呼称をわざわざ変更したということで、「監督」に求める資質や、あるいは組織構造における権力/権限の境界線における変化を意図したと考えるのが妥当だろう。

 『Football Now』(Coaches or managers: In football, what’s the difference?)に語ったサッカーコーチのPedro Mendoçaによると、ここで言うManagerとHead Coachのニュアンスの違いは以下のように述べられている。

 ”The main difference between the coach and the manager is that the head coach’s main focus is always on the team, in the game, developing the tactical and technical aspects of the game. The coach develops the training strategy and studies of the opponent. It’s more focused on the game and how to win the next game.” Pedro told Football Now.

 ”The manager is more focused on developing the team. Developing the aspect of the training, but also the facilities, the scouting process, and the negotiation with the players. They have a broader role than the coach.” explains Pedro.

 要約すれば、“(Head) Coach”は自チームの戦術/技術的な側面に重点を置き、次のゲームに勝利することを最大の目的とするのに対し、”Manager”はチームをより長期的、あるいはより広い視点で発展させていくことを目的とし、施設やスカウト、選手との交渉といった強化やインフラ整備などより幅広い役割を担うことになる。これは我われ日本語圏の人間にとっても比較的納得感のある説明に思える。

 イングランドフットボールにおいて、“Manager”が現場の最高責任者とされてきたことのロールモデルになるのは、マンチェスター・ユナイテッドを率いたサー・アレックス・ファーガソン、そしてアーセナルを率いたアーセン・ベンゲルの2人だろう。彼らはいずれも長期政権の中で、日々のトレーニングや采配に加えて、明確に強化部門の責任者としてクラブにおける強化の意思決定を担っていた。思い返すと、良くも悪くも「ワンマン」感があり、彼らの好みや考え方によってクラブの意思決定の方向性に「偏り」が生まれている印象があった。

アーセナルを22年間指揮したベンゲルと、マンチェスター・ユナイテッドを27年間指揮したファーガソン

 監督職がManagerと称される場合、直轄のNo. 2としてHead Coachを役職として置くことがほとんどである。監督(=Manager)のキャラクターにもよるが、この場合のHead Coachは上記の違い以上に権限が委譲されない場合が多いように思える。先ほどの説明を思えば、本来的にはManagerは広い視点を持って全体の最終的な意思決定を行い、Head Coachはよりフットボールにおける専門性を備え、チームパフォーマンスに関する権限をかなり握るべきように思える。しかし実際にはManagerはフットボールの現場においても専門家、最高責任者然として振る舞ってきた。仮にHead Coachの方がフットボールにおける専門性や戦術/戦略的判断に長けていたとしても、最終的な意思決定はManagerを担う人物の考え方や傾向が色濃く反映されるケースは実際に多く思える。

 この場合のManeger-Head Coachの関係性は、スペインで言うところの第一監督-第二監督の関係性にも通じるところがある。この記事(監督とテクニカルスタッフの濃密な関係は、 壊れると怨恨に発展することも…第2監督を「裏切り者」呼ばわりしたスペイン代表監督)で述べられているようなルイス・エンリケの指導チームで起きた問題、すなわち旧態依然とした封建的かつ強権的なトップダウンな組織体制によるトラブル、機能不全が起こることはこれまで決して珍しくなかった。

バルセロナB、ローマ、セルタ、バルセロナ(写真)でルイス・エンリケ(中央)の右腕を務めたものの、スペイン代表では衝突の末に更迭されたロベルト・モレノ(右から2番目)

アメリカスポーツの組織構造での指導者の立ち位置

 一方で、監督をHead Coachとして表現することが多いアメリカスポーツでは、上記の説明でもあった通り、「監督」の役割はより「現場責任者」感が強い。これは、アメリカスポーツにおける組織構造にも関係している。……

Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd