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リバプールとGoogleが手を組んだ戦術提案AIの革新性。論文からサッカー分析の未来を研究者と読む

2024.04.16

日本と世界、プロとアマチュア…
ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線
#1

日本代表のアジアカップ分析に動員され注目を集めた学生アナリスト。クラブの分析担当でもJリーグに国内外の大学から人材が流入する一方で、欧州では戦術おたく”も抜擢されている今、ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線に迫る。

初回では東京大学博士課程で自然言語処理とスポーツにおけるAI活用を研究する染谷大河氏が、リバプールが導入した戦術提案AIの論文を切り口に、学術界との協業で変わるサッカー分析の未来を展望する。

 GoogleのAI研究開発組織Google DeepMindとリバプールは、2021年に発表したサッカーにおける人工知能技術(AI)活用の展望論文[1]を発表するなど、数年来共同で研究開発を続けてきている。特に先日、学術雑誌『Nature Communications』に掲載された論文”TacticAI: an AI assistant for football tactics”[2]は一際大きな注目を集め、SNS上でも話題となった(なお、この論文自体は昨年10月にすでに公開されていた[3])。

 国内外においてサッカー分析が大きく注目を集める中、世界トップレベルのサッカークラブと世界トップレベルのAI研究機関の共同研究となれば、注目を集めるのも想像に難くない。ChatGPTをはじめとした生成AIの活用方法が日々議論される中、果たしてAIはサッカーにどのような貢献ができるのだろうか?

 本稿前半部では、AIがサッカーの現場レベルでどのように活用され得るかの1つのユースケースを示した研究として、当該論文の概要を解説する。また後半部では、本論文の内容や近年の動向を踏まえて、サッカー(さらにはスポーツ全体)におけるAI活用の今後について展望する。

コーナーキックの配置を提案する「TacticAI」とは?

 本論文では、コーナーキックを対象に、より良い配置の提案や似た選手配置を持つシーンを検索することなどを通して、指導陣をサポートする「TacticAI」という手法を提案している(TacticAIという一般的な名前がついているが、本論文は基本的にコーナーキックに注目している。ただし、手法アイデアとしては他のシーンにも展開可能である)。

 近年、AIを用いたサッカーのデータ分析に関する論文は多く発表されているが、コーナーキックという試合中での発生回数が多く、かつ得点機会に直結するという意味において戦術的重要性が高いシーンに着目し、その上でより良い配置の提案にまで踏み込んでいる点は本論文の特徴的な点である。

 また、研究機関とサッカークラブが協働することで、本論文が単なる分析手法の開発に終始しないものとなっていることも特異な点である。特に、実際の現場でどのように活用可能かが考慮された上で研究が行われていること、そして実際に現場の専門家の協力を得てその実用性を定量的に評価している点は、この論文の優れた点である。

 本稿の前半部ではTacticAIの中身と、TacticAIを用いて何ができるのかについての直感的な理解を助けることに重点をおいて、時には大胆に単純化しつつ解説を行う。手法の具体的かつ厳密な説明については、論文本文に譲ることとする。

「グラフ」でコーナーキックを表現する理由

 まずは、TacticAIの肝となる、「グラフ」でコーナーキックを表現する方法について説明する。

 TacticAIでは、コーナーキックの状況(シーン)を「グラフ」という数学的な構造を用いて表現している。グラフとは、ノードと呼ばれる点と、エッジと呼ばれる線から構成される図形のことである。ここでグラフを用いるのは、これにより各選手の座標や距離といった情報だけではなく、選手間の関係性に焦点をあてた表現が獲得しやすくなるためである。

図1:コーナーキックを「グラフ」で表現する方法(Wang+`24を一部改変)

 TacticAIの定義するグラフ上では、ピッチ上の22人の選手一人ひとりはノードとして表現され、選手間の関係性はエッジとして表現される(図1)。具体的には、各ノード(選手)はボールがインプレーになった瞬間の選手の位置座標と移動速度、身長、体重、ボールを持っているかの二値表現によって表され、各エッジは二人の選手が味方同士なのか、敵同士なのかという二値表現によって表される。

 次に、グラフを処理するAIであるグラフニューラルネットワーク(Graph Neural Network/GNN)の一種を用いて、各ノードの表現を精緻化していく。具体的には、解きたいタスクを学習していく中で、各ノードが周辺のノードとの関係性を考慮しながら自身の表現を更新していく過程を複数回繰り返すことで、各ノードは周辺ノードを考慮した表現となっていく。

 また、表現を学習する際に、選手の位置や速度を水平方向、または垂直方向に反転させても状態が変わらないという制約を課すことで、TacticAIはサッカーの対称性を考慮したモデル化になっていることも手法の特徴である。つまり、ピッチの左右または上下を反転させても、戦略的には同じ状況であるという知識をモデルに埋め込んでいるのである。

 以上を通して、TacticAIはあるコーナーキックのシーン(実際には動画ではなく、各選手の座標や速度、体重など)を入力した時に、各選手に対応するベクトル表現を出力するモデルになっている。この表現は、選手の位置情報だけでなく、他の選手との関係性や戦略的な文脈を含んだ、高次元のベクトル表現となっている。

 このように、シーンをベクトルで表現することを通して、後述するような様々なタスクが解けるようになる。以下では、TacticAIができること(機能)を①~③まで順に説明する。

機能①「シュートに繋がる確率の予測」

……

Profile

染谷 大河

東京大学総合文化研究科言語情報科学専攻博士1年。主に自然言語処理分野の研究に従事し、国際会議に論文複数採択。近年はサッカーにおける深層学習技術の応用研究やプロダクト開発にも従事。未踏クリエイタ。柏レイソルU-18出身、元U-15/16サッカー日本代表候補。WEBサイト:https://agiats.me