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マスカット体制の横浜F・マリノスが追求してきたアタッキング・フットボールの「継承」と「改善」

2023.12.16

Jリーグ新時代に求められるもの――2023シーズン注目クラブ総括
Vol.3 横浜F・マリノス

30周年を迎えたJリーグ、J1・J2注目クラブの2023シーズンを徹底総括。有望株や実力者の海外流出、人材流動の加速で変化する序列と明暗分かれる新戦力、そしてACLの秋春制移行――環境が激変する新時代を生き残るための戦術&人心掌握術とは? 最終結果だけでは見えてこないチーム作りの方向性と試行錯誤、そして選手自身の成長と物語を専門家と番記者の視点で掘り下げる。

第3回は、ケガ人の続出にも苦しみ惜しくもJ1連覇を逃した横浜F・マリノス。3年目での退任が発表されたケヴィン・マスカット監督の下で「継承」と「改善」を追求してきたアタッキング・フットボールの変遷をたどる。

「継続」と「改善」のバランス

 横浜F・マリノスのケヴィン・マスカット監督が2023シーズンをもって退任することとなった。

 シーズン途中に就任した2021年は、アンジェ・ポステコグルー前監督が作ったチームを率いてJ1リーグ戦で2位に。続く2022年はリーグ優勝、そして2023年は2位と、常にタイトルを争える強いチームを作り上げた。

 「何人かの友人が興味深い情報を送ってくれました。それは私が選手やスタッフとともにマリノスで過ごした2年半のスタッツでした。それによると、我々はこの2年半でどのクラブよりも多くの勝ち点を積み重ね、どのクラブよりも多くのゴールを決め、どのクラブよりも多くの枠内シュートを放ち、どのクラブよりもポゼッション率が高いとのことでした。私はそれを見てすごく嬉しかったです。

 なぜなら、私がこのクラブに来て果たさなければならなかった責任の大部分は、私が就任する前にやってきたものを継続し、改善していくことだったからです。そして、それは私だけでなく、この2年半でチームに関わった全ての人々に求められていましたし、実際に残せた数字を見て、これまでの我々の戦いぶりとみんなで成し遂げたことにはとても満足しています」

 退任にあたってマリノスでの2年半を振り返ったマスカット監督は、自身に託されたミッションと残した成果を誇った。前監督が植えつけたアタッキング・フットボールの哲学を貫き、発展させて結果も残した指導者の功績は大きい。

 就任とともにチームを自分色にガラッと変えてしまうのは簡単かもしれない。だが、偉大な前任者と思考を共有するオーストラリア人指揮官は、「継続」と「改善」の両立に挑んだ。

2017年10月、オーストラリア代表指揮官として当時マスカット監督が率いていたメルボルン・ビクトリーの試合を視察するポステコグルー

 おそらくマリノスにやってきた最初の年は、ほとんどが「継続」を意識したアプローチだっただろう。プレシーズンから準備ができた2022年は、「継続」と「改善」を半々にして3シーズンぶりのリーグ優勝を達成。チームの基盤が強固になった一方、再び追われる立場になった2023年は「継続」よりも「改善」の比重を大きくして、アタッキング・フットボールのさらなる成長を目指していたように思う。

ブライトン式ビルドアップは「適応」の産物

 ただ、誰もが「今年は本当にいろいろあった」と口を揃えるように、2023年はマリノスにとって思い通りにいかないことの方がはるかに多い1年になった。オフシーズンに仲川輝人や岩田智輝ら重要戦力が移籍した上、シーズン開幕直後には昨季までの正守護神だった高丘陽平も海外移籍を決断。ガンバ大阪から一森純を緊急補強することとなった(この補強は結果的に大成功だった)。

 1年を通して負傷者の多さにも悩まされた。とりわけ長期離脱を強いられる選手が多く、小池龍太に始まり、小池裕太、畠中槙之輔、加藤聖、永戸勝也と今季中の復帰が絶望的な重傷者がどんどん増えていった。夏に獲得した加藤が本来のポテンシャルを開花させる前に離脱してしまったのも痛かった。

 一時はCBを本職とする選手が1人しかいない事態にも陥った。最終盤までヴィッセル神戸とリーグ優勝を争えたのが奇跡に思えるほどだ。チームが大きく崩れなかった背景には、やはり「継続」してきた強固な基盤があり、想定通りではないにしろ着実に進んでいた「改善」があったからだろう。

 従来の戦い方が対戦相手に研究・対策されるようになり、その傾向がハッキリしてきたタイミングでマスカット監督はチーム戦術に手を加えた。今年4月、ビルドアップ時の選手配置とボールの流れが明らかに変わったのを覚えている方も少なくないだろう。

 当時の決断をマスカット監督に振り返ってもらうと、意外な答えが返ってきた。

 「まず、何かを大きく変えたとは思っていません。私は『横浜F・マリノスのスタイル』は絶対に変えるべきではないと考えています。変えることなく、見ていて美しいフットボールであってほしい。一方でフットボールは常に進化していくことが求められます。常により良くなるよう『適応』することを繰り返していかなければなりません。我々に関して言えば、今年は若干の調整を加えたに過ぎません。マリノスのスタイルにおける原則は攻撃的であることに変わりはないのです」

 あれは「若干の調整」だったのか? 前線は「0トップ」のようは配置になり、DFラインの選手はボールを持ちながら相手のプレッシャーをぎりぎりまで引きつけてパスを展開する。プレミアリーグで猛威を奮っていたブライトンのビルドアップと比較する見方もあった。

 マスカット監督は先の言葉に「ただ……」と付け加えて、こう続ける。……

Profile

舩木 渉

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。