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快進撃の前半戦と、急ブレーキの後半戦。2023年の名古屋グランパスが過ごした「不思議なシーズン」

2023.12.14

Jリーグ新時代に求められるもの――2023シーズン注目クラブ総括
Vol.2 名古屋グランパス

30周年を迎えたJリーグ、J1・J2注目クラブの2023シーズンを徹底総括。有望株や実力者の海外流出、人材流動の加速で変化する序列と台頭する新戦力、そしてACLの秋春制移行――環境が激変する新時代を生き残るための戦術&人心掌握術とは? 最終結果だけでは見えてこないチーム作りの方向性と試行錯誤、そして選手自身の成長と物語を専門家と番記者の視点で掘り下げる。

第2回はJ1首位を争った前半戦の快進撃から一転、後半戦で6位に後退する急ブレーキがかかった名古屋グランパス。浮き沈みの激しかった「不思議なシーズン」を、番記者の今井雄一朗氏が振り返る。

「今年はユンカー、永井、マテウス。この3人を共存させられるかがポイントになる」(長谷川健太監督)

 いざ改まって振り返ってみると、実に不思議なシーズンだった。試合内容も成績も、サマーブレイク明けの大失速が際立つ数字ながら、順位は3つ落として6位でフィニッシュ。夏以降の13試合でわずか3勝、24節以降の11試合に至っては1勝しかしていないにもかかわらず、である。年間勝点52は決して少ない数字ではないが、優勝したヴィッセル神戸は71、2位の横浜F・マリノスも64とシーズン折り返し地点では上位で競っていた相手には大きく水をあけられた。快進撃の前半戦と、急ブレーキの後半戦。2023年の名古屋グランパスは、タイトルを争う力を間違いなく持ちながら、意外なほどの脆さも同時に見せたチームだった。

 そもそもにおいて、彼らはピーキーなチームだった。前年34戦30得点の攻撃力改善のため、クラブは浦和レッズからキャスパー・ユンカーを期限付きで獲得。来日してからの過去2年間は負傷がちだった北欧の点取り屋に対しては、とにかくコンディショニングを第一に考え、トレーニング負荷と起用時間を徹底的に管理。序盤戦ではルヴァンカップグループステージをほぼ免除する形で週1試合ペースを維持し、ゴールデンウィークのリーグ連戦もベンチスタートを挟んで、ケガ予防にスタッフが目を光らせた。

 時にはトレーニングも一部免除や、ベテラン永井謙佑と一緒にゲームを1本早上がりにするなど、とにかくエースストライカーの年間稼働に心血を注いだ。その甲斐あってのリーグ33試合出場16得点はクラブとしての成功ともいえる。だが彼以外の得点源を生み出せなかったことで攻撃面は頭打ちになったところもあり、それは対戦相手にとっては戦いやすさにつながったことは想像に難くない。

 それでも前半戦はよかった。沖縄キャンプにおけるトレーニング、そして練習試合でも次々とゴールを仕留めるユンカーを確認し、長谷川健太監督は決断する。「今年はユンカー、永井、マテウス。この3人を共存させられるかがポイントになる」。キャンプでは[3-4-3]と[3-5-2]のふたつの布陣を両にらみで育てていったが、練習試合の2戦目、川崎フロンターレ戦で採用した[3-5-2]がうまく機能せず、そこからまずは[3-4-3]の練度向上にチームは没頭していく。

 スピード、パワー、突破力においてリーグトップクラスの個人能力を持つ前線3枚をいかに活かすかが名古屋の至上命題となり、ビルドアップはボール保持というよりも効率よく、スムーズかつスピーディーに前線へと運ぶ手立てとして設計され、そのための選手のポジショニングの目安としての“段差”というキーワードもよく聞かれた。縦にも横にも、選手が5レーンや縦関係においても適度なズレを意識し、パスの角度をつけて判断を速くしていくような意図だ。気づけば昨季にはほとんど指揮官の口から聞くことのなかった「ファストブレイク」という言葉も、頻繁に聞かれるようになった。

好調の前半戦は上位争いのメインキャストに

 かくしてリーグが開幕し、名古屋は夏のリーグ中断までの21試合でわずか3敗と躍進。その要因には3人合わせて19得点と期待の3トップが機能したことも大きかったが、もちろんそれだけが理由ではない。3トップを機能させる上では米本拓司の攻撃的なパスの出し入れや、森下龍矢の走力を活かした“プラス1”の働きも見逃せず、守護神ランゲラックのハイパフォーマンス含めた堅守による勝点確保も言い落とせない要素のひとつ。そして前年からの最も大きなプラスアルファとしてはスカウティング力の大幅アップもチームに強い追い風を吹かせた。

 新任の“マルコ”こと佐藤凌輔分析担当コーチを中心に組み立てられる対戦相手の傾向と対策は実に野心的で、たとえば横浜FMの特徴的な戦い方に対してはオールコートプレスで対抗。「ああいう形にしないとマリノスには勝てないっていうのはわかっていた」と語る稲垣祥は、「スタッフの分析が良くて、それをコーチが提案してくれた。こう回ってくる、ここが変わってくる、と、相手のやることは分かっていたので、クリアな状態で試合に臨めたのが大きかった」と激賞した。昨年のホーム横浜FM戦に0-4と大敗した際には長谷川監督が「ちょっと自由にやらせすぎた」と反省する姿を見たが、3バック研究と並行して戦略面でも貪欲に戦った1年でもあった。

 試合に対する準備の質が変わり出せば、開幕当初は[3-4-3]固定だったシステムも前線を1トップ2シャドーだけでなく、2トップ1シャドーや2トップ2シャドーなど守りのはめ方によってマイナーチェンジできる柔軟性を手にしていく。この頃になると長谷川監督は「やはり1シェイプではいけない」と話すようになり、[3-4-3]の基本布陣にバリエーションを持たせていった。

 試合ごとの明確な戦術の提示、選手の特徴に合わせたシステム構築はターンオーバーを図ったルヴァンカップでも大いに威力を発揮し、名古屋はグループステージ4連勝で予選突破を早々と決め、5節には若手を大量起用する余裕まで作ることができた。チームは自信に満ち溢れ、かつ謙虚に勝点を積み重ねていき、前半戦を2位か3位という好位置で過ごす上位争いのメインキャストに。この頃の充実ぶり、勝点をもぎ取る安定感と対応力の高さについては、当時の稲垣祥の言葉が実にわかりやすい。

 「去年1年やって、このチームの特徴や、何をしてどういう展開の時に良いサイクルになって、どういう展開の時に悪いサイクルになって、という経験の積み重ねがあって。それをスタッフもわかって、僕らもピッチ上の肌感でわかるようになってきた。その上で試合前に『どう戦うか』という準備をしやすくなって、ベースがあるので引き出しもいくつか持てるようになった。準備はスタッフもしているし、配置を変えた時にどこがウィークポイントになる、どこがストロングになるというのも、選手の中ではわかりながらやれている。たとえばホームの(北海道コンサドーレ)札幌戦も、僕が前に行くのはいいけど、その背中のところはすっぽり空く。だけど、マテとヨネくんがしっかり絞っている。そこがちゃんとあるから僕が前に行ける。ポジションの変化に対しても、どうしなきゃいけないというのを理解しながらピッチ上で動けている、それが機能している要因かなと思う」

累積での出場停止となったJ1最終節柏レイソル戦を除いてリーグ戦では今季全試合で起用された中盤の要である稲垣。画像は第13節アウェイでの鹿島アントラーズ戦(Photo: Takahiro Fujii)

 非常に理路整然とした説明だった。説明ができるということは、彼らの頭の中でもきっちり整理ができているという証拠。自らの強みも弱みも理解しているからこそ、試合に勝つための方策が試合前にも試合中にも導き出せる。冷静に考えれば最終勝点の75%をリーグ中断前の21試合で稼いでいるチームのピークはここにあり、夏のウインドウが開くとともに、失速へのカウントダウンは始まった。……

Profile

今井 雄一朗

1979年生まれ、雑誌「ぴあ中部版」編集スポーツ担当を経て2015年にフリーランスに。以来、名古屋グランパスの取材を中心に活動し、タグマ!「赤鯱新報」を中心にグランパスの情報を発信する日々。