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「ゼロトップ」との共通点。「リスク<リターン」がスパレッティ・ナポリの戦術思想

2023.05.23

【ナポリ特集】待ちわびたスクデット奪還の意味#2

2022-23シーズンのセリエAを制したSSCナポリ。第6節以降一貫して首位をキープすると、2月の時点で2位に18ポイントの差をつけ、その後もリードを維持したまま独走。時間の問題だと思われていた優勝決定の瞬間を迎え、世界中のサポーターたちの歓喜が爆発した。ディエゴ・マラドーナ在籍時代以来となる、実に33年ぶり、3度目のリーグタイトル。このイタリア南部のクラブにとって待ちわびたスクデット奪還は、どのような意味を持つのだろうか。

#2では、セリエA独走を導いたルチャーノ・スパレッティのサッカーに光を当てる。第36節時点で最多得点&最少失点――完璧な攻守のメカニズムを山口遼が分析する。

 マラドーナ在籍時以来、実に33年ぶりとなる悲願のセリエA優勝を成し遂げたナポリ。チームを率いるスパレッティ監督にとってもキャリア初のスクデットとなる。このベテラン監督のキャリアに関して最もイメージしやすいのは、やはりトッティのゼロトップを“発明”したローマ時代だろう。その後もゼニトやインテルなどで実績を残していたとはいえ、正直に言えば今回ナポリがこれほどまでに圧倒的な成績を残して優勝するとは予想していなかった。その背景には何があるのか考察してみたいと思う。

「マルチタスク×マルチタスク」が生み出す流動性

 スパレッティ監督のフットボールは、良くも悪くも「攻撃的」だ。

 ローマ時代を思い返しても、キープ力とパスセンスが卓越したCFトッティの「降りてくる動き」に反応してトップ下のペロッタをはじめとする攻撃陣が次々に裏のスペースを突くという非常にダイナミックなフットボールだった。スペクタクルではあるが、それは同時期に世界を席巻していたバルセロナのような緻密な戦術バランスとは大きく異なる。リスク管理よりもゴールへのアタックを優先し、よりバーティカルでスピーディ、すなわち縦に速い。

 これは逆に言えば、ボールを失った時には一気に5人ほど守備に参加できない選手が生まれる危険性も内包していて、カウンターに弱いリスキーさ、脆さなども感じさせたことを覚えている。

 時代は進み、世界のフットボールは戦術的にかつてとは比べ物にならないほど進化した。スパレッティ自身も、現在ナポリで披露しているフットボールは当時に比べてかなり戦術的に洗練されている。しかし同時に、メインアイディアは今でも変わっていないことも感じさせる。現代的にアップデートされた、しかしそれでいてリスクも依然としてはらむ「攻撃的なフットボール」であることは変わっていない。

 ナポリの選手配置は多くの場合[4-1-4-1]で、基本的にはボールプレーを好み、ゲームの主導権を握ろうとする側に回ることが多い。実際、ボール支配率は平均60%を超えている。しかし、実際に試合でのパフォーマンスを見ると、思ったよりも縦に速く、ボールを失う回数も多い印象を持つはずだ。彼らはビルドアップやボール前進を単にゴールに近づくための手段として用いており、そこにはペップのような「守備の準備」という目的意識はあまり含まれていないように見える。ビルドアップや崩しの原則自体は、かなり整理されているのだが、ゴールに向かうチャンスがあれば陣形を整えることよりもスペースやゴールへのアタックが優先される。

今季のナポリの攻撃陣を支えたクビチャ・クバラツヘリア(左)とビクター・オシメーン(右)

 1トップのオシメーンや左ウイングのクバラツヘリアなどが注目されることが多い攻撃陣であるが、構造的にポイントになっているのは、むしろアンカーのロボツカとインサイドハーフのジエリンスキとアンギサで構成される中盤のユニットである。

 特にインサイドハーフの2人はクオリティもさることながら、ポジションの流動性を生み出すポジショニングセンスやフットボールの理解度が際立っていた。「現代的なインサイドハーフ」は、ペップやトゥヘルによる戦術革命の影響でタスクを削減されている傾向にあり、相手の中盤ラインの奥に陣取り、ハーフスペースから崩しに絡む役割が中心になっている。しかし、ジエリンスキとアンギサに求められているのはもう少し“レトロ”なマルチタスクで、彼らは積極的にラインの手前へと降りてボールを引き出すことが多い。前を向くことで相手の中盤ラインを引き出し、ロボツカをフリーにしたり、ウイングやSBの選手がライン間へと入っていくためのスペースを創出したりと、崩しの“準備段階”での貢献も大きい。

 一方で、SBに求められる役割は対照的に“現代的”である。マリオ・ルイやディ・ロレンツォなどは内側に絞ってボール前進に関わる、インサイドハーフが空けたライン間のスペースに侵入する、場合によっては幅を取るなど、求められるタスクは実に多岐に渡る。つまり、インサイドハーフはレトロな文脈で、SBは逆にモダンな文脈で、ともに非常に多くのタスクを要請されており、それに応えることのできる選手たちによる「ポジションの互換性」こそが、ナポリのボール前進の構造的な根幹と言える。……

Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd