ルイ・ファリア
FEATURE

モウリーニョ、史上最大の分岐点。「右腕」ルイ・ファリアの旅立ち。

2018.09.27

勝負の3年目を前にしたプレシーズンの段階から渋面が目立っていたモウリーニョ。振るわない補強、ケガ人の続出、W杯組の出遅れ……そして、2001年から連れ添った名参謀との別れも理由の一つに違いない。あらためてルイ・ファリア、その存在の大きさ。

Rui FARIA
ルイ・ファリア
マンチェスター・ユナイテッド 前アシスタントコーチ
1975.6.14(43歳) PORTUGAL


 「チェルシーとの交渉で要求したのはたった一つ、ルイ・ファリアだ。たとえチェルシーにすでに5万人のスタッフがいようとも、誰もいなくとも、私はルイ・ファリアを連れていく」

 「基本的にはそちらのスタッフを受け入れる。だが、ルイ・ファリアだけは譲れない。彼は私のトレーニング方法には必要不可欠な存在なのだ」

 ジョゼ・モウリーニョが2004年にポルトからチェルシーの監督に就任した際の言葉だ。スペシャル・ワンに「私が知っている中で最高の人材」とまで言わせた右腕が、昨季をもってマンチェスター・ユナイテッドを、そして17年もの長い月日、苦楽をともにしたモウリーニョの下を去った。

 2人の最初の出会いは、1999年11月。ポルト大学スポーツ学部の学生だったルイ・ファリアが、自身の卒業論文のために当時バルセロナでアシスタントコーチを務めていたモウリーニョにインタビューした時まで遡る。

 モウリーニョは2001年に当時ポルトガル1部リーグのウニオン・レイリアの監督に就任すると、ルイ・ファリアをアシスタントコーチとして抜擢。以降、彼はポルト、チェルシー、インテル、レアル・マドリー、チェルシー、ユナイテッドと、モウリーニョの文字通り右腕として世界の第一線で活躍し、ポルトとインテルでのCL優勝を筆頭に数々のタイトル獲得に貢献してきた。


戦術的ピリオダイゼーションも彼のもの

 約20年もの間、トレーニング、試合、スカウト、偵察など、いついかなる時も常にモウリーニョの隣にいたルイ・ファリアの退任は、本人はもちろん、モウリーニョにとってもキャリア最大の分岐点になることは間違いないだろう。なぜなら、「本当に優秀なのはモウリーニョではなく、陰に隠れているルイ・ファリア」という意見も往々にして聞かれるほどに、2人は単なる監督とコーチという関係以上の互いにとって切っても切り離せない存在であり、ルイ・ファリアは“モウリーニョ流”には必要不可欠な人間なのだ。

 事実、モウリーニョ自身が「自分のトレーニングの大部分を実際にコーディネートしているのはルイ・ファリア」と認めている。モウリーニョの練習は「戦術的ピリオダイゼーション」というトレーニング理論の考え方が中心になっているのは周知の事実だが、モウリーニョ自身は戦術的ピリオダイゼーションを学んではいない。というのも、彼はリスボン大学のスポーツ学部の卒業生あり、戦術的ピリオダイゼーションはポルト大学のビトール・フラデによって提唱されたものであるからだ。彼にその考え方を持ち込んだのは、ポルト大学でフラデ本人から直接教授を受けていたルイ・ファリアである。

 トレーニング理論のスペシャリストであり、自身の最大の理解者であるルイ・ファリアとの別れにより、モウリーニョにとってもユナイテッドにとっても、今季は大きな挑戦になるに違いない。イングランドの超過密日程の中で、ケガ人を減らし選手のコンディションをなるべく万全に持っていくのは至難の業だ。疲労からの回復と自チームの改善と対戦相手の対策を同時進行で行わなければならない。各選手の負荷のコントロールと自チーム、相手チームの綿密な分析を基とした極めて効率的なトレーニングプランが必要であり、まさにそれこそがルイ・ファリアの専門分野であったのだ。

 就任1年目のEL決勝前には、疲労の溜まっている選手たちにアヤックスの特徴をシンプルにまとめた負荷の少ない練習を作り、シーズン最終戦にもかかわらずチームのベストパフォーマンスを引き出し、CL出場権獲得に成功した。

 ただでさえW杯により出遅れた選手が多い今季のユナイテッドは、このような的確な組織と戦術の設定、状況に合わせた最適なトレーニングを組むことがチームの命綱である。そうした状況下でモウリーニョ鬼門の3シーズン目を、ユナイテッドはルイ・ファリアなしで迎えた……。選手のコンディション調整がうまくいかなかったりケガ人が続出した場合、もしくはモウリーニョの信奉するサッカーがピッチ上でうまく表現できなかった場合、世界はルイ・ファリアの存在の大きさをあらためて知ることになるだろう。

 退任の際に「もっと家族との時間を過ごしたい」と述べたルイ・ファリアだが、「私のキャリアにおける新しい挑戦を始める前に」との付け加えを忘れなかった。モウリーニョも彼への贈る言葉に「17年の時を経て、少年は今や立派な一人の男になった。あの時の知的な学生は今やフットボールのエキスパートとなり、監督としてのキャリアを成功させる準備ができた」と述べている。

 今季は休養となるルイ・ファリアだが、来季以降に監督として新たな道を進むのはほぼ確実と言っていいだろう。モウリーニョの下から離れたルイ・ファリア、ルイ・ファリアを失ったモウリーニョ。タッグを組んで世界のサッカー界に革命をもたらし、「サッカーとは何か」の問いに新たな答えを導き出した彼らは、今後のサッカー界が注目していくべき存在であることは間違いない。世界最高峰の舞台でモウリーニョvsルイ・ファリアというポルトガルの「サッカーの学問化」が生み出した2人の師弟対決を見られる未来も、そう遠くないかもしれない。

Photo: Getty Images

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。