パリSGはバルセロナをどこで上回ったのか。ルイス・エンリケが制御する「勝負の分岐点」
CL連覇中の王者パリSGと、その対抗馬と目されるバルセロナ。今季序盤戦の欧州フットボールを牽引する両者の対決は、ハイプレスとプレス回避を軸に、現代フットボールの最先端を映し出す一戦となった。しかし、PSGの強さは本当に、流動的なポジションチェンジと高度なボール保持にあるのだろうか。山口遼が注目するのは、むしろカウンターを巡る攻防と、わずかな変化が決定機へとつながる瞬間だ。試合を圧倒し続けるのではなく、勝敗を左右する局面を制御する。ルイス・エンリケが進化させた戦術思想から、PSGの強さの本質と現代フットボールにおける勝利のメカニズムを読み解く。
パリSGは現在、最も完成度が高くモダンなチームであると評されている。CLを連覇し、今季リーグ戦では現在2位と若干つまずいたものの、CLでは依然として3試合14得点で現在まで全勝と、ヨーロッパフットボールの頂点と呼ぶに相応しいパフォーマンスを披露していると言える。
一方で、2連覇中のCL王者の対抗馬と目されているのがバルセロナだ。すでに今季のパフォーマンスを分析した記事(『ロドリ加入とラフィーニャ覚醒だけでは説明できない。3年目のフリック・バルサが辿り着いた左右非対称の「2グループ戦術」』)を執筆させていただいたが、ここまでのピッチ上の質で言えばPSGを凌しのぐ勢いでさえあった。
今季序盤戦における最もハイレベルなフットボールを見せている2チームの対決であり、それに相応しい熱戦が期待されるのも当然である。しかし、一つ留意しなければいけないのは、この試合は万難を排して臨むCL決勝ではなく、あくまでリーグ戦に挟まれた、ミッドウィークの過密日程に行われる「それぞれに文脈がある」リーグフェーズの1試合に過ぎないということだ。
特にPSGはリーグ戦における主力選手の出場割合が他のトップクラブよりも低い傾向にある。例えば『Gradient Sports』によれば、PSGの昨季の国内リーグ戦における出場時間1500分未満のフィールドプレーヤーの割合は70%、すなわちPSGの全選手の実に7割がリーグ戦の半分も出場していないということになる。これはメンバーの固定傾向がやや高いアーセナルの同データが42%である(つまり半分以上の選手がリーグ戦で半分より多く出場している)ことを踏まえると、かなりうまく選手を入れ替え、疲労をコントロールしながらリーグ戦を戦っていることがわかる。
一方、バルセロナはこの試合の直後にクラシコを控えている上に、エリック・ガルシアを負傷で欠き、復帰直後のラフィーニャのコンディションも不透明であるなど、決して悪い状態ではないものの、やはりこの試合にほぼベストメンバーを揃えられるPSGと比べれば制約が多いのは事実だ。実際、バルセロナはロドリをスタメンから外し、アンカーポジションには19歳のマルク・ベルナルを起用。このタイミング、このビッグマッチでロドリをベンチスタートにするのはかなり思い切った采配だが、これも週末のクラシコを見据えての起用なのは明らか。さらに言えば、この過密日程においてこの試合がバルセロナにとってはアウェイであり、国をまたいだ遠征を経ての試合であることも見逃せないファクターである。
保持の完成度だけではない。ルイス・エンリケが変えたPSGの強さの本質
PSGを率いるルイス・エンリケ監督は、かつてバルセロナでもチームを率い、「MSN」と呼ばれたリオネル・メッシ、ルイス・スアレス、ネイマールのトリオを擁してCLを制覇した経験もある。志向するフットボールは基本的にはいわゆるバルセロナの系譜に連なるボールプレー中心のものである。
その影響もあり、就任から3シーズン目となるPSGでも、その最たる武器は流動的なポジションチェンジとポジショナルなアタックが融合したボール保持局面だと考えられることが多い。しかし実際には、巷でささやかれるほど圧倒的なプレークオリティを攻撃局面で常に発揮しているかと言われると、素直にYesとも言えないのも事実だ。
もともとルイス・エンリケのプレーアイディアは、今よりも明確にポジショナルプレーに忠実だった。しかし数多の経験や現代フットボールの進歩のスピードに適応したのか、徐々に彼のプレーアイディアは柔軟性や選手の裁量が大きくなっていった。現代のトップレベルの試合において、ある程度ポジショナルプレーができます、ハイプレスの構造が整理されています、は当たり前であり、戦術がコモディティ化した時代で勝利を積み重ねるために、彼は自身のプレーアイディア、ひいてはその根本にある指導哲学にいくつかの変化を加えたように見える。箇条書きにすると、以下のようになる。
・単一局面の完成度が低下してでも、全局面がバランス良く高い完成度であることを優先する
・カウンターやトランジションに関わる局面にリソースをより優先的に振り分ける
・様々なシチュエーションに対応できるように、ゲームモデルにおける制約を減らす、あるいは緩和した。これによって選手の裁量や柔軟性が増加した。
ここにもう1つ付け加えると、W杯を通じて戦術がコモディティ化したことで、小さな変化の積み重ねが急激に大きな変化につながる、いわゆる「相転移」にゲームの勝敗が左右されることが多くなってきた傾向を主張してきた(過去記事『万能同士の情報戦。ブラジル対モロッコを支配した「メタゲーム」の正体』)。ルイス・エンリケが相転移をそのまま概念として意識しているかはわからないが、少なくとも拮抗したゲームで決定的な差となるのは、目に見えるようなビッグプレーよりも「小さいが、急激に崩壊につながるようなミス」の方である、というようなことは意識しているのではないか。
ここからは実際の試合展開や個々の局面から、どのようにこの戦略が機能しているのかを見ていこう。
戦術的な複雑さか、相手に与える圧力か。2つのハイプレスを比較する
この試合、特に前半のポイントは、やはりと言うべきか現代フットボールのトップレベル同士の試合ではますます重要になってきている、「ハイプレスvsプレス回避」の戦いだった。実際、PSGもバルセロナもボール保持局面が注目される一方で、両者ともにハイプレスの練度も世界トップクラスで、戦略の中核を担っている。
PSGは開始1分にジョアン・ネベスがペドリからボールをかっさらった決定機や、37分の先制点のシーンからもわかるように、ハイプレスからボールを奪い、ライン間で前を向いたような状態を作ってのミドルシュートというシーンが多く見られた。一方で、バルセロナもハイプレス自体は機能していたと言える。決定機こそ13分のスローインを前向きで奪ってからダニ・オルモがシュートを打ったシーンくらいではあったが、ボールを奪う、あるいは前進の選択肢を奪うという意味では、相手陣地でのボール奪取回数だけならむしろバルセロナの方が多かったようにも見えた。
どちらもハイプレスを守備、あるいはボール奪取からのショートカウンターの出発点として重要視しているのは共通しているが、他方でそのメカニズム・構造には少なくない差が感じられた。
まず、戦術的により複雑だったのはバルセロナの方だった。ここでは、守備組織をネットワークとして見て、強いつながり(≒ディアゴナーレ:斜め後方にポジションを取る関係)と弱いつながり(緩いディアゴナーレ、異なるライン同士の連携など)で構造やタスクが決まっていくという、拙著『シン・フォーメーション論』(小社刊)で扱った分析フレームワークを使って考える。
バルセロナの守備で特徴的なのは、[4-2-3-1]や[4-1-4-1]の守備の難しいところでもある1トップの両脇をどう守るかという部分だ。トップ下やインサイドハーフ(IH)を前に押し出して2トップ気味にして守る構造はよく見られるが、ハンジ・フリックは1トップとウイングのつながりを強める方法を採用している。バルセロナについての分析記事でも同様の構造を述べたが、より正確には右ウイングのラミン・ヤマルだけでなく、ラフィーニャが右サイド側にいる場合には左ウイングの(この試合では)アンソニー・ゴードンが対面のCBに対してプッシュアップしてプレッシングを行なっていた。
この構造のポイントは2つ。
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Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd
