なぜ一美和成は愛されたのか。岡山のJ1昇格と残留を支えた「献身」の2年間
2024年夏、J1昇格を目指すファジアーノ岡山に加入した一美和成は、最前線からチームのために走り続け、クラブ史上初のJ1昇格とJ1残留に貢献した。出場機会が減った2026年、東京ヴェルディへの完全移籍を決断。なぜ彼は、シーズン途中の同カテゴリー移籍にもかかわらず、岡山のファン・サポーターからこれほど温かく送り出されたのか。その2年間を、ピッチ上で示し続けた「献身」という言葉から振り返る。
「CFとして、もう一度勝負したい」岡山で始まった再挑戦
2026年9月10日、一美和成がファジアーノ岡山から東京ヴェルディへ完全移籍すると発表された。
シーズン中の同カテゴリーへの移籍にもかかわらず、岡山のファン・サポーターから寄せられたのは温かい言葉の数々だった。
「岡山に来てくれてありがとう」「一美選手の活躍がなければファジアーノ岡山のJ1昇格は実現しなかったと言っても過言ではないと思っています」「J1昇格と残留のために戦ってくれてありがとう」「あなたの存在なくしてファジアーノ岡山のJ1昇格は絶対になかった!」「ファジアーノをJ1に連れてきてくれてありがとう」「ファジアーノにとって大事な2年間を支えてくれた一美選手はいつまでも特別な存在」「とても寂しいですが新天地でのご活躍を応援しています!」「これからも新天地で、一美らしく活躍してほしい!」「ヴェルディに行っても一美の活躍を願ってます」「寂しくなるけどヴェルディでも応援してます!」
これらは在籍した2年間への大きなリスペクトの証である。どんな時もチームのために全力で戦ってきたFWがクラブ史上初のJ1昇格の功労者であることは間違いない。それがクラブに関わる全ての人の総意だから──。
一美が岡山の一員になったのは、2024年7月19日。当時J1昇格を目指していた岡山は、最前線で主力を張っていたグレイソン(現ラーチャブリーFC)が長期負傷離脱し、前線で起点になれて守備でも貢献できるCFを欠くことになった。そんなチームが白羽の矢を立てたのが、J1の京都サンガF.C.に所属していた一美だった。
京都では育成型期限付き移籍で加入していた2019年にJ2リーグ36試合17得点を記録していたが、復帰した2023年からは十分な出場機会を与えられず、本職ではない左ウイングでのプレーを余儀なくされていた。その状況で岡山から2度のオファーが届く。カテゴリーを下げる形だったが、移籍を決断した。
「京都で試合に絡めていない時期が続いた中、岡山からオファーをいただいた。試合に出てないけど評価していただいたことはありがたかった。最初は期限付き移籍という話が進んでいたんですけど、その直後から京都で試合に少しずつ出るようになり、完全移籍でのオファーに切り替えてもらいました。CFとしてプロに入ってきたんで、やっぱりもう一度そこで勝負したいという気持ちがすごくある。岡山をJ1に上げるための得点を取りたいです」
胸で収めて、本山遥へ。昇格プレーオフで見せた「自分が決めない」仕事
岡山からの熱意に、一美は最大限の献身で応えた。
木山隆之監督の率いるチームは[3-4-3]を採用しており、その最前線に位置するCFの役割は多岐にわたる。相手ゴールに最も近いポジションだからこそ得点を狙うことはもちろん、プレッシングの先導と相手陣内でのポストプレー、2シャドーの攻撃力を活かすコンビネーション、ウイングバックの突破力を引き出すサイドチェンジなど、攻守両面でチームが機能するために様々なタスクを遂行しなければならない。幅広く貢献するためには当然、運動量も必要不可欠。非常にタフなポジションだ。
しかも、シーズン途中の加入だった。戦術の理解と高負荷なタスクの体現に加え、チームメイトとの相互理解も深めなければ、力を発揮することは難しい。それでも、長年ずっと在籍していたかのように即フィット。それを可能にしたのは、「良い守備から良い攻撃」というチームに浸透していたマインドをすでに備えていたから。
「自分は得点を取るために体力を温存することをやっちゃうと、他のプレーがお粗末になるところがある。京都の時からですけど、守備から入って、プレスをかけて、足を動かして、自分のやるべきことをやりながら、自分のところにこぼれてきたボールを決めたいという思いがある。もちろん守備に行き過ぎて最後に足が持たなくなるとかもあるんで、そこは考えながらプレーはしているんですけど。『チームのために』という気持ちを一番に置きながらゴール前でも勝負するというところで、うまい兼ね合いを考えながらやっています」
温厚で包容力のある性格からか、先輩や同学年だけでなく年下からもイジられるほどの愛されキャラがすぐに定着し、ピッチ内外で濃密なコミュニケーションを頻繁に行い、連係がどんどん向上していった。
岡山での初得点は、加入から3カ月以上が経過し出場9試合目となったJ2リーグ第36節の横浜FC戦。J1昇格プレーオフ圏内の生き残りを懸けて乗り込んだアウェイゲームの後半開始直後のことだ。センターサークル付近でボールを受けると、相手に囲まれながらも長い距離を持ち運び、鋭いミドルシュートを沈めた。「1点を取れてほっとした」という得点が決勝点となり、プレーオフに向けてチームの勢いが増した。
J1昇格プレーオフでは、2試合連続で先発してチームを牽引した。
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Profile
難波 拓未
2000年4月14日生まれ。岡山県岡山市出身。8歳の時に当時JFLのファジアーノ岡山に憧れて応援するようになり、高校3年生からサッカーメディアの仕事を志すなか、大学在学中の2022年にファジアーノ岡山の取材と撮影を開始。2024年からは同クラブのマッチデープログラムを担当し、現在は様々な媒体にも取材記事を寄稿している。東京のスポーツメディア会社に約2年勤務し、2026年からは地元の岡山でフリーランスとして活動。モットーは、「魂を込めて、クラブや選手の魅力を伝える」こと。
